ぜんぶ、ぜんぶ
「……これは君の家の、そしてもしかしたら、この国の根幹に関わることかもしれない。昨日、禁書庫で見つけたものを一語一句そのまま書き写してきた」
蒼は、指先の震えを必死で押し殺しながら、一枚のメモをトパーズの前にそっと差し出した。
隣にいた桃が、息を呑んでトパーズの手をぎゅっと強く握りしめる。
トパーズがその紙面に目を落とすと同時に、蒼の脳裏には、昨日トパーズを医務室へ送った直後の……あの重苦しい部屋の光景が蘇っていた。
――昨日の夜。トパーズを医務室に送り届けた後、桃は蒼とルビーの部屋に集まっていた。
「……信じられるか!? 我々の世界の人間は、かつて『魂を半分に引き裂かれて』この魔法世界と、魔力のない産業世界に無理やり配置された……!」
いつも冷静な蒼の顔から、余裕など完全に消え去っていた。
「そして、そのおぞましい秘密がバレるのを恐れた魔術師の手によって、産業の歴史ごと『禁忌』として抹消された……! こんな胸糞悪い気まぐれのために、どれだけの人間が犠牲になったと思ってるんだ……!! しかも、その都合の悪い後始末のすべてを、インペリアル家に押し付けて逃げやがったんだぞ!!」
ダンッ!と蒼が怒りに任せて机を殴りつける。
次の瞬間――ガシャァン!!!と激しい破壊音が響いた。
ベッドの上のルビーが、血走った目で腕を振るい、サイドテーブルにあったコップや筆記用具をまとめて床へ薙ぎ払ったのだ。喉の激痛など忘れたかのように、全身を激怒で震わせている。
「っ……! ルビー、だめ! 今の私たちがどれだけ怒ったって、どうにもならない……! もう、どうしようもないんだよ……っ」
悲愴感に耐えかねた桃が、涙をポロポロとこぼしながらルビーを押しとどめる。
「自分の身勝手な好奇心のために、拷問して、魂をふたつに引き裂いて……そんなの、許されるわけないよ……っ」
ギリッと奥歯を噛み締め、目を伏せる桃。
「非現実的だけど……こんな奴には、もうとっくに恐ろしい天罰が下ってると思うしかないよ……」
ルビーは荒い息を吐きながら、床に転がったペンとメモ用紙を拾い上げると、猛烈な勢いで文字を書き殴った。
『まだトパーズには言わないでくれ』
紙に押し付けられた文字には、ルビーの溢れんばかりの怒りだけでなく、真実を知ったトパーズが傷つかないようにと願う、痛いほどの労わりと優しさが込められていた。
――そして、現在。
「……これが、二つに分かれた世界の全容、ですのね……」
メモを静かにテーブルへ置き、トパーズは天井を仰ぎ見た。
ふぅーっ、と長く重い息を吐き出す。その表情には、激しい動揺を超えた、深すぎる静寂が落ちていた。
桃は震える手で、トパーズの手を握りしめる。
ルビーもトパーズの隣でその様子を見守っている。
「お茶が、冷めてしまいましたね。淹れ直しますわ」
トパーズは静かにニッコリと微笑むと、そっと席を立ち、湯沸かしの魔道具に火を点け始めた。
あまりにも重い沈黙が、部屋の中を静かに満たしていく。
誰も言葉を発することができないまま、ただトパーズの後ろ姿を見つめていた。
――ピーーーーーーー。
沈黙を切り裂くように、湯沸かしの魔道具から甲高い警告音が部屋に響き渡る。
「……なにが……何が、稀代の魔術師だ……っ!!!!」
トパーズの悲痛な叫びが、突如として響き渡った。
「お前の……っ!! お前のせいでっ!! わたしの家も、お父様も、おばあちゃまも……っ!!
お前だけが世間から賞賛を受けて、わたしたちの家はお憧れだけではない、底知れぬ恐怖の目で見られていたのも……ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶっ……ぜんぶ、ぜん…ぶっ……!!ぜんぶ、ぜんぶッぐ……っ!!!! お前のせいだったのか……っ!!!!」
ビクッと、その場の全員が体をすくませた。
いつも気高く、気品に満ち溢れていたトパーズが、感情を剥き出しにして激昂している。
「……一人に、させてください」
ぽつりと漏らした言葉は、張り詰めた弦が切れるかのように掠れていた。
トパーズは部屋を飛び出し、足早に去っていく。
――ピーーーーーーーッ。
取り残された部屋で、なおも鳴り続ける魔道具の甲高い音。
「っ……!」
桃が慌てて駆け寄り、魔道具のスイッチを切った。
ピタリと音が止み、静寂が戻る。
ガタッ!!
大きな音が響いた。
ルビーが身体の激痛も意に介さず、鬼気迫る表情でトパーズの後を追おうと立ち上がったのだ。
だが、桃がその肩を強く制する。
「私が行く……!」
桃は固い決意を秘めた瞳で、ルビーをまっすぐに見つめ返した。
「大丈夫、絶対……間違いなんて起こさせないから!!」
そう言い残すと、桃はトパーズの後を追って部屋を飛び出していった。
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さよなら。




