呼吸するようなもの
コンコン、とドアを叩く音。
「ルビー、入るよ」
桃と蒼が、トパーズを挟むようにして部屋に入ってくる。
トパーズは迷うことなくルビーの元へ歩み寄ると、ぎゅっと無言でその手を握りしめた。
ルビーは何も言わず、ただ身体を起こすと、手元の紙にペンを走らせ始めた。
(テレパシーだって魔力使うだろ。そんなのオレは許さない)
その文字を見たトパーズは、一瞬目を丸くした後――
「っ……ふふ、あははは! そんなことを……私にとっては呼吸するようなものなんですのよ?」
いつものように、鈴を転がすような可憐な笑い声を上げた。
『ちぇっ。普通科と魔法科のエリート様じゃ、こんなにも違うんか……ほんと、不釣り合いだなぁ〜』
はぁぁぁ……と超えられない壁を感じて落胆するルビー。
「あら? 一人であの人形からの服薬を終わらせられたのですね?」
トパーズは、ベッドサイドに置かれたあの不気味な色の瓶をふと見つけた。
『あいつ、今日は昨日より苦くない薬を出してきたぜ。やっぱり昨日の薬、苦味マシマシにしてやがったんだ』
「……ふふ、ルビーの反応を楽しんでいただけのようですわね」
昨日、かなりの我慢をして無反応で飲み干した甲斐があったようだ。
「じゃあじゃあ、恒例の朝ごはんタイムだよー! ちょっとずつ見た目も普通のごはんに近づいてきたね……うふふ、美味しそう……」
テーブルに料理を並べながら、桃がじゅるりと口元を緩める。
『桃に伝えてくれ! オレのご飯を横取りするな、って!!』
「ふふふ、桃、大丈夫ですよ。今日はたくさん持ってきてくれましたから」
慌てているルビーの様子を見て、蒼はやれやれと息を吐いた。
「じゃあ今日は、僕が食事介護を担当しようかな」
『桃からオレの飯を守ってくれるなら、お前でも歓迎だ!』
「ほら、座っていいって言われてるんだから。辛くないなら、みんなでテーブル囲もう」
いつもの賑やかなやり取りを見つめながら、トパーズの心の中には、じんわりと温かいものが溜まっていくのだった。
シャリ……シャリ……と、軽やかな音が部屋の中に響き続ける。
作業が進むにつれて、桃の彫刻刀を滑らせる手つきは驚くほど滑らかになっていた。最初は迷いがあった刃の入れ方も、今では迷いなく木肌を捉えている。
「あら……桃、手つきが急激に良くなっていますわね。最初の頃の迷いが嘘のようです」
トパーズが感心したように目を細めると、ベッドの端で見守っていたルビーも、すっかり炎症の引いた穏やかな息を吐きながら満足そうにうなずいた。以前のように血の混じった荒い咳き込みや苦しげな呼吸はなく、喉の回復は目に見えて順調だった。
『筋がいい。力みが消えて、音の響きを聞きながら削れている』
トパーズがルビーの伝言を通訳すると、蒼も手元の図面から顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。
「うん、刃の入る角度も深さも誤差ゼロだ。桃、すごいよ」
仲間たちに認められた誇らしさと、もともと一人で黙々と作業を続けてきた桃の粘り強さ。そして、この3週間で4人が培ってきた圧倒的な連携――そのすべてが重なり合い、ついに最後のパーツが組み合わさる。
繊細な彫刻が施された共鳴箱の中に、精密に噛み合わさった歯車と弁歯が収まった。
トパーズがそっとネジを回すと、ポーン……と澄んだ美しい音色が部屋の中に広がっていく。
魔法なんて一切使っていない。自分たちの手と知恵だけで作り上げた、世界に一つだけの本物の音。
その優しい音色の余韻と引き換えるように、作業台の端では不気味な砂時計の最後の赤砂がさらりと落ちきりそうになる。
長い時間の集中から解放され、ルビーをゆっくりとベッドへ身を預ける。トパーズがすばやくその体を支え、優しく横たえた。
やり遂げた達成感の余韻を残したまま、部屋の中にしんとした静寂が戻ってくる。
道具を片付け終えた蒼が、静かに振り返った。その瞳には、これまでの和やかな空気とは違う、鋭く固い決意が宿っている。
いちゃいちゃが足りない




