くちのなか
男は入院していた。
バイクの事故で手ひどい大怪我を負ったせいだ。
右の手足の骨は折れ、左足も酷い打撲となっている。
さすがに自宅療養もできないので入院となったのだ。
自由になるのは左手だけだが、利き手でもない。
なにかと不自由だが、自分で招いたことなので男も受け入れていた。
命があっただけマシだったと。
男ができることもなくベッドの上で、寝ていると看護師が男の病室にやって来た。
時刻は夕方くらいだ。
夕食の時間にはまだ早い。
しかも、見かけない女性の看護師だ。
その看護師は表情がなく疲れたような顔をしている。
大変な業務らしいので、そう言うこともあるだろうと、そう思っていた。
男の病室は大部屋で、六つのベッドがある。
そのうち埋まっているのは四つで、二つのベッドが空いている。
その看護師は空いているベッドを無視し、男の向かい側のベッドで、中年の男性が寝ているベッドへと向かった。
中年男性も眠っていたが、看護師が近づいてきたことで目を覚まし、看護師に声をかける。
だが、その声に看護師は答えない。
その後、中年男性の短い悲鳴が聞こえて、その後、ガタガタと音が聞こえて来る。
何が起こっているのかちょうど向かい側のベッドで看護師自身が邪魔になって、男には分からない。
が、男の隣のベッドにいた、まだ若い男性にはその様子が見えたようで、悲鳴を上げる。
すぐにその看護師が若い男のベッドにやってくる。
男は何が起きていると、その様子を見る。
看護師はその無表情の顔から、口を大きく開く。
すると、口の中から茶色いホースのような出てくる。
男には最初、口から蛇が出てきたように見えた。
だがそれは、蛇というよりは内臓のような表面をした管だった。
それが看護師の口から伸び、若い男の肩辺りに噛みついたのだ。
若い男はうめき声を上げるが、すぐに大人しくなる。
男はその様子を呆然と見ていた。
そして、しばらくしてその管が若い男の肩から離れる。
その管、蛇で例えるなら口のようになっている場所には血が滴っていた。
それを見てしまった男は悲鳴を上げる。
悲鳴に反応して看護師が男の方を見て、近寄ってくる。
何とか逃げようとするが、怪我をした男はうまく逃げられないし、未だに自分では歩けないような状態だ。
無表情な看護師が男の枕元に立つ。
そして、大きく口を開ける。
そして、それが男に向かって垂れ下がってくる。
男はなんとなくそれがヒルなんじゃないかと、そう思えた。
実際それがヒルなのかどうかは分からないが。
逃げるどころか動けない男に向かい、そのヒルのようなものが垂れ下がってくる。
男が恐怖で息もできないでいると、急にそれが看護師の口の中へと戻り、看護師はスタスタと歩いて部屋を出ていった。
入れ違いになるようにいつもの看護師がやってくる。
そして、一目散に一番奥の患者の元へ行き、どうしました? と、声をかけた。
それで、男も理解する。
一番奥の患者がナースコールでいつもの看護師を呼んでくれたのだと。
その後、血を吸われた中年の男と若い男は別室へと移動された。
死んだわけではないが、血を吸われ貧血状態になり、意識も朦朧としているとのことだ。
事件があった後男は看護師全員と顔を合わせたのだが、あの無表情の看護師の顔は見かけなかった。
あの口からヒルのようなものを出す看護師が何者だったのか。
誰も知る由もない。
くちのなか【完】




