ぐつぐつぐつ
グツグツグツと何かが沸き立つような音がする。
男は台所へと向かうが、コンロには鍋も置かれていない。
だが、台所はどこか湿気が高く温かかった。
さっきまで誰かが鍋料理でも作っていたように。
その証拠にガラス窓の内側だけが湿気で曇っている。
そしてそれが、今まさに乾いて行くのを男は気づいてしまう。
何かがおかしい。
男はそう感じる。
いつの間にか、グツグツグツという音も聞こえなくなっている。
けれど、台所にはある種の匂いが漂っている。
嫌な臭いではない。
この匂いは……
うどんだ。
茹でたうどんの匂いだ。
小麦の香ばしくも独特のほのかに甘い香り。
それがどこからともなく匂ってくる。
匂いの元は、やはりコンロの方からだ。
流しを見ると、ゆで麺の袋だけが捨て置かれている。
その袋は、冷蔵庫に常備してあるゆで麺のものだ。
やはり誰かがうどんを茹でて食べたのだ。
ただ茹でた鍋や食器などの跡はないが。
男はなんとなく、死んだ爺さんがうどん好きだったので食べたのだろう、そう思うことにした。
それから男は数日に一度、仏壇にうどんを備えるようにした。
そんな男を家族は不思議そうな目で見るが、男は気にしなかった。
それ以降、男が何かを茹でる音を聞くことはなくなった。
これはただそれだけの話だ。
ぐつぐつぐつ【完】




