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魚の夜の歌  作者: f
7/7

7.

April is the cruellest month,


 いよいよ現実との折り合いをつけねばならない。

 空想や幻は、まだある程度その場しのぎとして機能するが、まったく役に立たなくなるのも時間の問題だろう。私がずっと没頭してきた素晴らしいものたち!それらはまったく役に立たず意味も持たず、別にそれでよかったが、ただ私は現実を無視できない。もっと狂ってさえいれば!


 画廊に行くのをやめた。どんな場所でも。私は友だちを作っても、遅かれ早かれその存在に耐えられなくなる。ではもはや友だちを作る意味がない……私は疲弊している、どうにもならないことに使う時間はない。しかし、誰にも会わないというのも、それはそれで滅入るということが分かった。私は自分の考えていることを語らないと、自分の中がパンクしてしまうらしい。もしかするとこれは、ただネットに繋いで誰も聞いていない空間に向けて語ることである程度改善するかもしれない。それだと面白みに欠けるしあまり発展的な考えに繋がらないから、ある程度人付き合いに労力を欠けるのはやむを得ないかもしれない。

 美術館に行けなくなった。人がたくさんいるのは言うまでもなく、自分でいっぱいの私の中には情報を置く場所がなくなってしまっている。やはり人付き合いの必要はあるようだ……。本物を見なければその場しのぎの空想すら薄っぺらくなる。それに、私は自分がこれ以上愚かになることに耐えられないし、ある程度教養で人生を乗り切ってきた節がある。学ぶことをやめてはならない。

 映画も億劫になりつつある。これは人と関わらずに住むのであまり疲れないし、勝手に流れていくから楽といえば楽だ。問題は時間だ。それだけの時間をかけるに値するのか?それに疲れすぎていて流れていく出来事が素通りしてしまう。映画館という非日常的な空間にいることが重要なので、後から家で観るのも良くない。しかしある程度選別する必要はあるだろう。


 私は家族愛が嫌いだ。ただの血の繋がり、そして長年の付き合いという情、それが理由で断つことができない人々。私は彼らになんの愛着もない、厳密に言えば嫌いですらない、私は彼らにまったく面白みを見出せない、それなのに関わらなければならないのが憎い、そういう理不尽な感情を抱いている。彼らは友人ほども私を理解しないし、私も彼らを理解しようと思うほどの興味を抱けない。なぜ彼らが生きていられるのか分からない。きっと私には分からない人生のやり過ごし方を持っているのだろう。


 私は自分が愚かでずっと間違ったことを繰り返していることをを知っている、それを悪だと思っている、そして悪であることを悪いとは思っていなかった。しかし、この先何十年もこの、どうにもならない、受け入れがたい社会で間違ったことを繰り返し続けるという展望が見えてくると、いよいよ自分の愚かさが憎く感じられる。

 私の確かな味方は私だけであり、決して自分自身を責めないことでなんとかやってきたことを考えると、自分を憎むのは危険だ、ただでさえ現実が耐えがたいのに自分の中にすら居場所がないということは。あるいは私は鎧を分厚くしすぎたのか、その中で窒息しようとしているのか。というよりも、鎧が思ったよりも薄く、生身での闘い方を得ぬままにそれを剥ぎ取られようとしている。



 「死に至る病」とは己に集中しすぎること、しかし私はずっと自分の内面を現実から切り離すこと、少なくとも切り離そうと努めることでやり過ごしてきた。内側にはまったく何もない、とりあえず守るに値するものは何もない。私はガラクタでできていて、私はそれで構わないが、現実はそれを許さない、だから私も自分を憎み始めている。

 きっと役に立つのは、クレー流に言えば「縄や毒の瓶」ということになる。死ぬにあたって覚えておかなければならないのは、他人や現実のことなど一切考えてはならない、ということだ。他人も現実も私が存在する役には立たなかったのだから。

 少なくとも秋までは死ぬことができない、気温が高いと肉体の腐敗が早い、腐乱死体を見つける人がかわいそうだ、などと考えているうちは死ぬことはないだろう。




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