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ハグルマ狩り

作者:たびー
 さっきの黒づくめの客、ようやく帰ったかい。暑いさなかに、大荷物抱えて。ああ、旦那が亡くなって遺品整理で来たのか。
 遠目から見てハグルマ狩りかと思ったよ。奴が来るのは怠け者かハグルマに感染した者のところかだから、うちは場違いだがね。
おや、隠居した爺の戯言と思っているかい? そうだな、質屋をやっていたら、いつか薔薇香碩で作られた時計が持ち込まれるかも知れないから、話しておこうか。用心のために。
少女とハグルマ狩りの物語を。

「ハグルマ狩りを見かけたそうだ」
 香碩を、買い付けの高い窓口に差し出したリラの手が止まった。
「二十年ぶりぐらいか? 法王さまが、ハグルマ狩りを出したのは。前の時には鉄馬を作られたが、こんどは空を飛ぶ船でもお作りになるのか」
 野太い男の声にリラは耳をそばだてた。妙にかん高い声が応じる。
「壊れない機械には、生きた歯車がいるからな。わらべ歌のとおりなら、猫のように耳が良く、猫の目を持つ? 捕まって永久に働かされるのはゴメンだ」
 法王が鉄馬を作って以来、貴族や豪商たちもこぞって鉄馬を欲しがり始めた。良質の歯車はここのところ長らく品不足だ。
 リラの体が震えたのを見たのだろう。不意に男が声をかけてきた。
「ああ、小さなリラ。大丈夫、ハグルマ狩りなんて昔話さ。それに働き者で親孝行したリラは捕まりっこない」
「そうそう、怖がることなはない。何だったら、俺が家まで送っていこう……」
 男の申し出にリラはぎこちなく首を横に振った。霞がかった視界に伸び縮みする大きな影が溜め息をついたことに、冷たい汗が背中を流れた。
「小娘なんぞ相手にしてないで、さっと帰りな」
 店主の女将が怒鳴ると、小さく文句を口にして男たちの足音が去っていった。
「ほら、三百でなら買い取るよ!」
 ふうっと煙草の煙を顔に吹きかけられて、リラはひとしきり咳き込んだ。買い取り店主の意地悪い笑い声と一緒に紅と白粉の濃い香りもして、リラはわずかに後ずさった。
「おや、いらないのかい?」
 かつん、と煙管を灰皿に打ちつける音が鋭くした。
「さ、三百でいいです」
「お願いします、だろ!」
 金切声が響いて、リラは膝が震えて杖にすがった。
「まあ、姐さん。そんなに怒鳴らないで。リラがあんまり可愛いからって、僻まないでよ。みっともない」
 柔らかい手が、リラの肩を支えた。ふわりと甘い香りがする。なめらかな肌触りの生地がリラの頬に触れた。
「さあ、持っておいき。遠くからありがとう、リラの持ってくる香碩は、いつも最高級よ。ほんとうに鼻がいいのね」
 リラの小さな手に硬貨を握らせ、ちょんと、鼻先に指があてられた。
「手伝ってくれる人がいるから」
「それはよかったわ」
「目が見えない分、鼻くらいよくなきゃ使い物になりゃしないよ、元貴族さま!」
 リラは杖をぎゅっと掴んでうつむいた。姐さん、と再びたしなめる声がすると盛大に舌打ちするのが聞こえた。温かな手が、ふるえるリラを導いた。
「今日はなんて素敵な服を着ているのかしら。リラの瞳と同じ青ね」
「……このあいだ、町に来た時にいただいて……パンや果物も」
 リラは手ざわりのよい布をさらりと指でなぞって、薄く笑った。
「それは何よりだわ。路面電車に気をつけてお帰り。次に来た時には、わたしも何か贈り物をしたいわ」
「ありがとうございます」
 店と石畳の歩道までの段差につまずかぬよう、手助けしてもらうと、杖をついてリラは頭をさげた。
 埃に重油や石炭の燃える匂いが混じって、鼻の奥がつんとする。大勢の人が行きかい、町工場の喧騒が響く。
 もしリラの目がもう少し見えたなら、林立する煙突から灰や黒の煙が絶えず空に昇るのを目の当たりにしただろう。
 色を見極め、慎重に歩いていたが何かに足を引っかけて、リラは石畳のうえに転んだ。痛さをこらえていると、忍び笑いが行き過ぎる。リラは無言で立ち上がり、停車場を目指した。

 法王の鉄馬は知っているだろう。ああ、博物館に飾られている。法王の世が終わって、もう乗る者はいなくなった。今は、鉄馬は珍しくもなんでもなくなったが。
 さて、リラは家に帰ることを急いていた。だから、同じく終点で降りた男が後をつけてくることに気づかなかった……。

 リラは不意に腕を掴まれて悲鳴を上げた。
「なあ、いつまであのボロ屋で暮らす気だ。一人きりで大変だろう」
 若い男の声だった。リラの頭のはるか上から声がする。
 リラは腰が抜けそうになった。喉が干上がり、奥歯がカチカチと鳴った。
「お、お金ならあげます、はなしてください」
 やっとのことで、しぼりだした言葉を男は聞き流した。
「あんたの目、きれいだ。嬉しいなあ、みんなから好かれているリラさんと一緒に住めるなんて、夢みてえだ」
 まるで熱に浮かされるように、リラの腕を掴み半ば引きずるようにして歩き出す。
「このあたりも、あんたの家の土地だったんだろう。なに、俺が働いてすぐに買い戻してやるよ。リラは家にいて、ゆっくりしていたらいい」
 いつの間にか砕けた口調になってきている。まるで、リラが自分の伴侶であるかのように。
「はなして!」
 唐突にリラは金切声をあげた。しかし、それは「声」ではなかった。二人の周りの木々の葉が細かくこすれざわめいた。リラを中心にしてさざ波が起きているかのように、草も木も震えていった。まるで金物を思いきり叩いたような耳に突き刺さる音だ。
 男の足が止まった。木々のざわめきに戸惑い気味悪く思ったのか、リラを乱暴に突き飛ばした。いや、男が突き飛ばされたのだ。
「なんだ!」
「レー!」
 自由になったリラは高く叫び、走りだした。
 駆けだした方向から、ひゅう、とも、ぎゅうともつかない鳴き声がした。

 え? 魔物じゃないよ、いつの話だと思ってるんだい。路面電車も走っているころのことなんだよ。今は飛行船も飛んでる? 星まで行く船もある? 確かにね。そう意外と最近のことだ。この話しはね。ほら、さっきの荷物の片づけは後でいいだろう。話半分に聞かないでおくれ。
 リラを助けたのは、立派な角を持つ牡鹿だったんだ。牡鹿は男を追い払った。

 リラは牡鹿の首に抱きついた。
「レー……」
 鼓動はいまだ早鐘を打ち、リラは息をするたび喉が苦しかった。それでも、レーの腹に耳をよせ体の温かさを感じると、少しずつ落ち着きを取り戻していった。レーの中から聞こえる音と、リラの心臓の音が重なる。リラはゆっくりと息を吸った。
「レー、逃げなきゃ」
 リラは顔をあげて、レーの顎をなでた。
「ハグルマ狩りが」
「呼んだかい?」
 不意に背後から女の声がして、リラは身をかたくし牡鹿の首につかまったまま、ぎこちなく振り返った。ゆらめく黒い影がリラの目に映る。
「娘、それを渡してもらおうか」
 冷たい指がリラの手首に触れたとたん、リラは足が萎えて崩れ落ちた。
「レー!」
 レーの唸り声が森に響いた。風を切り裂く音、何かにぶつかる鋭い音が何度もする。逆さになった視界を、黒い影と白いレーの体が幾度も横切り、砂粒や細かい石が顔にあたる。
「太古の遺産、上物じゃないか……!」
 狩人は歌うように叫ぶ。
「やめて!」
 リラの声は荒々しくぶつかり合う音と、レーの威嚇の声にかき消される。闘いはわずかの間だった。
 どう、と地響きがして、とたんにリラは何からか解放されるように足に力を取り戻した。リラは杖も持たず、わずかな乳白色の光をめがけて地面を転げるように走った。
「レー……」
 リラはぐったりと地面に倒れたレーの首を抱きしめた。ぎゅう……とレーの唸り声とともに、リラの服に生暖かい液体がしみ込んできた。潮と鉄の匂いがした。レーの体に何が起こっているのかを、リラは知った。
「そいつはハグルマだ」
「ちがう、大切な家族よ」
 リラは涙声になった。
「香碩の見つけ方を教えてくれた。レーと暮らすようになってから、みんなが親切にしてくれるようになったのよ」
「それがハグルマの力だ。手のひらを反すように親身になったのだろう」
「悪い? 今は歩くだけで、みんなが声をかけてくれるわ。前は誰も見ないふりしていた。父さんがけがをした時も、母さんが病気になったときも。落ちぶれ貴族って指さして笑うだけだった」
 両親はとうに土地を手放し、それでも先代から積み重なった贅沢への代償へは十分ではなく、壊れた屋敷を直すこともできずに崩れるに任せるしかなかった。
「そいつは太古の遺産だ。かつての大貴族・グレーナ家が保有していると、こちらの記録にあった」
「レーは渡さない」 
「一介の者がもつには、ハグルマの力は大きすぎる。小さくても渦を巻き起こす。今は小さな幸福とわずかな嫉妬で済んでいるかもしれないが、いずれ大きく抗えない流れになって世を乱す。早晩、お前は加速する信奉者に祭り上げられるか殺されるかのどちらかだよ」
 リラは従わず、レーに強く額を押し付けた。目の奥がキリキリときしみだした。視界から徐々に濁りが消えていく。リラの体のそこかしこから、軋む音がした。
「……娘、おまえそれと交わったのか」
 光が矢のように感じられた。あまりの明るさにリラは目に鋭い痛みを感じ一度固く閉じ、ゆっくりと開いていった。
 目の前に、黒服の女がいた。
 漆黒の腰をすぎる長い髪をかきあげ、丸めた鞭を手にしていた。革の短いパンツに、膝まである踵の高い長靴(ブーツ、むき出しの肩にマントを羽織っている。人形かと思うほど整った顔立ちだ。豊かな胸を編み上げの革のビスチェに押し込め、蜂のようにくびれたウエスト。そして透明な腹部に歯車がぎっしりと詰まっていた。女の見開いた瞳が猫のように虹彩が細くなった。
 リラは腕のなかのレーを見つめた。青白い半透明の体、透けて見える歯車が透明な体液のなかで不規則な動きをしていた。切り裂かれた腹から流れ出た体液は空気に触れると深紅に変わり、リラの体を朱に染めた。
「レー……ようやく見られた。なんて、なんてきれいなの。だいすき……」
 レーの舌がリラの頬の涙をぬぐった。
「ハグルマは対を成したなら」
 毒々しいまでに赤く塗られた唇が動いた。
「終わりだよ」
 リラは体の奥、胸のあたりで何かが折れる音を耳にした。
 二つの体は見る間に硝子のように透明になった。そして薄い氷が崩れるように、リラとレーは瞬く間に砕け散った。ただ微小な歯車だけを残して。

 それから、どうなったかって? 一人と一頭の歯車生きた歯車は絡み合った。そして永遠の時を刻む時計になった。法王の宝庫に納められたが行方知れず。あれに魅入られたら、歯車と鼓動が重なったら危険だ。
 どうした、さっきから静かだな。まて……それは何だ……おい、お前、目が! 離せ、その時計を!
 ああっ、すみません、お客さん。いま……、今は……。
 ハ、ハグルマ狩り……?

 リラとレーの歯車は手を取り合い永久に回り続け時を刻む。

苦しんだ。

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