008.情報交換
「ありがとうございました。えっと……」
ミーナちゃんの母親が抱擁を解きこちらを見上げる。
「…………」
「…………」
沈黙が気まずい。なんか男衆から「盗賊じゃないのか?」「後ろのは奴隷か? ずいぶんかわいい子を連れているようだが」とか聞こえているんだが?
千影の方に視線を移すが、にこにこ笑うだけで特にアクションを起こすつもりはなさそうだ。見た目10歳の子どもに説明させるのもかっこ悪いか。
どうしたものかな。不安になっている連中に刺激を与えたくはないが、豚竜のこともある。俺たちもこの世界にきたばかりで、何よりも情報が欲しい。
そこに、白髪混じりのおっさんが現れた。
「儂はこの村の村長、ドギドです。孫娘がお世話になったようで。よろしければ、お話をお聞かせ願えませんか。食事の用意に、風呂も準備させましょう」
風呂?
……ああ。
臭うのか、あいつの屁が、まだ。
それでなくとも結構な距離を歩いてへとへとだ。
「……わかった。こちらも伝えなければならないことがある」
もう昼を大分過ぎている。今更のように鳴る腹に、弛緩した空気が流れた。
村長宅で出されたのは黒パン、ステーキ、豆のスープに付け合わせのサラダ。随分と歓待を受けているようだ。俺と千影は手を合わせ、我慢できなかったミーナちゃんはステーキソースを口いっぱいに付けたあと、俺たちの真似をして手を打った。
現代食に慣れた俺達には薄味に感じるが、悪くはない。肉には多少臭みは残っているが、野性味というのだろうか。それもスパイスとして良いアクセントになっている。
この葉っぱ、見覚えがあると思ったらナバモドキか。ポピュラーなハーブとして用いられるらしい。
食事中で結構ですので、と前置きをされ、ミーナちゃんの父親から話を聞く。村長は仕事があるといって部屋に引きこもっていった。事務は村長が、実務は息子が担当しているらしい。
「私は、クーガーと申します。妻のミモリから、貴方達が娘を助けてくださったと」
「カズキです。この子は千影」
お互いに会釈をしあい、何があったのかを語っていく。
「ミーナは朝摘みに出かけたまま帰って来ず。村のあちこちを探しましたが見つからず、捜索する範囲を村の外へ広げました。ようやく、ミーナの籠が森の傍で落ちているのを見かけて。そこを重点的に探しましたがやはり姿はない。森に入るためのパーティを募っていたところ、ロドノス……守衛が、ミーナ帰還の報をくれたのです」
どうやら森の出口は微妙にずれていたらしい。そういえば最後まで獣道で、舗装された様子は全くなかった。この距離で、さすがにそれはないだろう。
俺は頬を掻きながら、できるだけ顔を見ないようにしていきさつを話す。
「森の傍で、バガントの群れと追い詰められたミーナちゃんを見かけました。なんとかそいつらは全部倒せたのですが、今度はボラギノックスというでかい竜が出まして。幸いにして戦闘をせずに済み、ミーナちゃんの案内で命からがらここにやってきました」
足で木を蹴り倒した事などをちょいちょいと補足しておく。
クーガーさんが不思議そうな顔をした。
「そう……ですか。あの……」
「なにか」
「失礼ですが、あなたのお国は……」
国? 何かおかしかっただろうか。言語・全で言葉に支障はないはずである。もしかしたら訛って聞こえるぐらいはあるかもしれないが。
顔か?
顔なのか?
この国では受け入れがたい顔をしているのか?
「俺の国は、ここからずっと遠くにあります。この国の言葉は、俺の知人から教わりまして。何か違和感がありましたか?」
嘘はついていない。詳細を伝えなかっただけだ。
「いえ、きれいな大陸語だと思います。私などよりよっぽど。そうではなく……」
「なんでしょう」
なおも渋るクーガーさんだったが、ようやく続けた。
「ボラギノックスが出た、と」
「はい」
「豚鼻の、鱗がない竜?」
「そうですね」
「戦うか迷いましたか?」
「いえ、かないそうにないので、身を隠してやり過ごしました。それが何か?」
クーガーさんが頭を押さえた。やめてくれ、何かやらかしたみたいな空気をだすの。
「えーっとですね。ボラギノックスは、益竜なのです。人を襲ったりはしません」
「……は?」
クーガーさん曰く。
ボラギノックスは、古い盟約によって人間や亜人は食べず、際限なく増え続ける魔獣を狩ってくれるのだと。その見返りに、見かければ体の世話をしてやるらしい。
「私は見たことがないのですが、結構きれい好きらしくて。どうでしたか? 薄汚れてはいませんでしたか?」
「あー……そうですね。体表に苔が生えて、目ヤニとかもついていましたね」
そういえば豚はきれい好きだと聞いたことがある。
よかった、影からヒット&アウェイしようとか言い出さなくて。
「だからですね。食料である生きたバガントも食べれず、人間の匂いはするが姿は見えないから体を洗ってもらえない。それに癇癪を起こし、木に八つ当たりをしたのではないかと」
「なるほど……」
俺もこの顔でよく誤解を受けていた。見た目で判断するなと声高に言ってきたのに、情けない。
……いやいや、全長20メートルだぞ? 身長はわからないが9メートルはあっただろう。いってみれば空飛ぶ3階建てのビルが猛突進して迫ってくる。見た目どうこうじゃなく普通に怖いわ。
「その……えーっと。……においも、ボラギノックスから?」
「ええ、まあ」
言葉を選ぼうとして結局諦めた様子のクーガーさん。早く風呂に入りたい。
「マーキングの一種と言われています。周辺から魔獣が一定数以下に減り、その匂いがするうちは繁殖しにくくなる効果もあるとか」
掃除完了の合図みたいなものか。思い返してみれば、あの後一度も魔獣と遭遇しなかった。魔獣避け効果もあるのかもしれない。
「王国、帝国、その他この大陸中の国々を随時回っているらしく。見かければ吉兆の証と言われており、体を洗ってやるのも大変名誉なことだと」
そうか、そんな有名な竜のことをこれほどビビっていたことに違和感を覚えていたのか。ミーナちゃんは知っていたのかもしれないが、5歳の子どもにあれは無理だ。
「俺の国は島国で、そいつの話も知らなかったので。とはいえ、次会うときは体を洗ってやろうと思います」
「是非そうしてやってください」
そういえばパワータイプのステータスで見落としていたが、知力も普通に俺を上回っていた。知力と知能は違うと思うが、あの姿の怪物より頭が悪いと言われたようで何か悔しい。
食事が終わったころ、風呂が沸いたと告げられて千影を促す。
「ミーナちゃんと一緒に入ってこい」
「ですが」
「いくら恩人とはいえ、知らない男と一緒は親御さんがいやがるだろう。俺はまだ調べたいことがいっぱいある。模倣のスキルでも、まだ言葉は完璧じゃないんだろう?」
「……気づかれていましたか」
「さっきな」
俺が盗賊とかいわれて、千影が切れないはずがないし、会話にも関わろうとはしなかった。主人を立てているのかと思っていたのだが、あれは何を言っているのかわからなかったのだろう。
「クーガーさんに、この国の金とか、主要都市とか、常識とか聞いとく。本があれば借りたいな。読み聞かせれば千影も模倣が働いてじきに言葉を話せるようになるだろう」
「すみません、ご主人様。何から何まで」
「気にするな、必要なことだ。それに、楽しいんだ。新しい知識が増えることが」
あんな怪物がいて、人間の味方をしてくれるなんて。世界は広い。そして、もっと広がっていくのだろう。
「俺の背中を押してくれてありがとう、千影」
「っ! はい!」
うれし涙とともに千影は抱きついてきた。ツンと鼻を刺す臭いに、どちらともなく笑いあうのだった。
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