007.巨大な影
早速のブックマークありがとうございます! とても嬉しいです!
「さて……」
俺はようやく後ろを振り返った。助けた少女は、呆けたようにうつろな表情をしている。五歳ぐらいだろうか。少しアンモニア臭いのは、致し方ないことだろう。
「千影、介護をしてやってくれ」
「なりません! ご主人様の手当てが先です!」
「俺は後でいい。こんなのはかすり傷だ」
「~~っ……はい」
二度俺に反抗するのは躊躇われたのか、千影はしぶしぶ少女の口元に手をやり、呼吸の反応を見ている。俺はやることもないので、どっかりと座らせてもらおう。
こういう手合いは慣れている。
子どもは俺の顔を見ると基本泣くか逃げるか漏らす。
そんなに怖い顔かねえ。
確かに千影が俺の姿になった時は、何もしてないはずなのに殺気を感じたが。
「うあ、あーっ、あーっ」
「はーい、泣かないの、よしよーし」
後ろではどうやら無事少女が意識を取り戻したらしい。
どうすっかな、さすがにずっと顔を背けとくのも変だしな。一度顔を合わせて、耐性をつけてもらうぐらいしか……。
その時、かすかに聞こえた。
強く羽ばたく音。
まだ大分遠いだろうことはわかるのに、全身が粟立ち、体の奥から危険信号が鳴り響く。
「千影っ!」
「はいっ、ご主人様!」
俺は千影から少女を受け取り抱えると、地面に沈み込んでいく。
女の子が暴れるから強めに抱きしめた。我慢して欲しい。怖いのはわかるが、説明している時間はないのだ。
影収納は、生きたものでも収納できる。道具や死んだ生物のように一瞬では呑み込めないので、戦闘には使いにくいが。
これが、『負けない』策。
対バガント戦では最悪、俺が少女に覆いかぶさりながら収納されるつもりであった。千影は受肉状態を解除すれば攻撃をうけることもない。
そういえば、肉体をもたないのに何故千影の影はできるのだろう。虹に影はできない。これも影女ならではなのか。
そうこうしているうちに俺は影の中に完全に収納された。遅れて、千影も影のなかに入る。やはり原理はわからない。
一応、影収納時に俺が入っていても少しは動けるようなのだが、消費が激しいらしい。今は女の子もいっしょなのでまともに動くのは無理だろう。
影の中だというのに、全くの暗闇というわけではない。間接照明をさらに弱くしたような光が、ぼんやりと世界中に広がっている感覚。
どこまで続いているのだろう。ゆらぎのような空間に、果てがあるようには思えなかった。
見上げると、1メートルほど頭上に光が射していた。直径3メートルぐらいの少しいびつな円が、外界の様子を見せてくれる。
木の葉が宙を舞った。近くで地響きがおき、それの重量を遺憾なく発揮する。
「ひっ」
少女がそれを見て小さな悲鳴をあげた。問題ない、こちらの音は向こうには漏れない。俺は自分の胸で少女の視界を遮り、改めてその姿を見る。
「でかいな」
そしてブサイク。
豚のような顔に、翼の生えた恐竜。ところどころ苔むしている皮膚には鱗はないが、たるんで分厚そうだ。尻尾も含めて20メートルといったところか。
フゴフゴと鼻を鳴らしながらこちらに近づいてくる。バガントの死骸には見向きもしないのは、生きた動物しか食わないのだろう。
俺は解析眼を使う。
ボラギノックス:Lv24
HP:223 MP:30 腕力:250 体力:235 知力:45 魔力:22 敏捷:185 器用:65
スキル:咆哮 威圧 吸い込み のしかかり ドラゴンテイル ドラゴンクロウ ブレス 再生
ああ、これはダメな奴だ。ステータスの時点で勝てる気が全くしない。パワー特化の上に再生なんて字が見える。いや、竜種だ。生きているだけでチートか。痔によさそうな名前の癖に。
そのブサイクが直上に顔を覗かせる。どうやらここが怪しいと睨んでいるらしいが、影の世界へはどうやっても入れやしない。
すぐそこには目ヤニをいっぱいつけ、裂けた口から涎を垂れ流す巨大な豚の顔。気持ち悪いことこの上ない。
「ご主人様、私の影撃ちで仕留めましょうか?」
「やめておけ」
この体格差だ。
いくら先ほどの戦いでは見事な刺突を誇った影撃ちも、そう簡単にこいつを屠れはしないだろう。
しないよな?
たっぷり1時間近く俺たちの周りを探っていたボラギノックス。その間千影は警戒を解き俺の手当てを始めていた。思えば異世界にきて数時間と経たないうちに結構怪我をしている。これからもそうなのだろうか。痛いのはいやだな。
結局何も出なかったことに苛立ったのか木に蹴りを入れている。へし折れるのが俺たちの骨じゃなくて本当によかった。
盛大な屁をかましたあと、不恰好にボラギノックスは飛び立っていく。念のため、さらに10分ほどおいてから俺たちは影収納から外へとでた。
「まだ臭うな……」
風の通りは悪くないはずだが、まだ異臭がする。どんだけ臭いんだあいつ。
「さきほどのバガントの遠吠えに気づいてやってきたのでしょうか?」
「たぶんな」
となると、半分は俺の責任か。しかしやらなかった場合、更に多くのバガントが大群で押し寄せただろう。ああいう奴もこの世界にいると知れた分収穫か。この臭いなら、バガントもそう安易にこちらにはこないだろう。
千影が倒したバガントを影に収納したのを見届け、女の子に声を掛ける。
「自分の住んでいた場所、わかるか」
「……うん、たぶん」
九死に一生を得たのがまだ現実感がないのだろう、夢遊病患者のような足取りで女の子は歩いていく。
無理もない。こんなに小さい子が大型犬サイズのバガントに追い詰められ、息つく間もなく巨大な化け物に手を伸ばせば触れる距離まで接近したのだ。受け答えができるのも奇跡といっていい。
千影が少女の手を握ってやると、少しだけ足取りに力が入った。まだふらついてはいるが、きっと回復するだろう。
森を抜け、更に30分ほど歩くと、小さな村が見えた。木でできた塀に囲まれ、浅いが掘りもある。入り口に立っているのは守衛だろうか。
俺たちの姿を見とがめ、更に手を繋いだ少女に視線が移ると、守衛は大声をだした。
「ミーナちゃんが帰ってきたぞーっ!」
途端、わらわらと人が集まってくる。そういえば名前を聞いていなかったと今更のように気づいた。周りの男たちが良かった、良かったと口々に言う。
人垣をかき分け、女性がミーナの前に立った。たぶん母親だろう。顔を汗と泥でいっぱい汚し、息は切れ、結んだ髪はほつれてしまっている。ミーナは居心地悪そうに視線をさ迷わせた。
女性は振りかぶると、パアンっ! と高い音をたて、ミーナの頬を叩いた。
「あんなに……っ、あんなに、森には入るなと、言っておいたでしょう……! 私たちが、どれほど心配したと思っているの……」
ぼろぼろと涙をこぼし、崩れるようにミーナを抱きしめる母親。つられ、ミーナは赤くなった頬とともに大声で泣いた。
「うっ……ふえっ……ごべんなさああぁあいいっ!!」
その熱い涙を見て、俺と千影はうなづき合う。
あそこで助けることを選んで本当に良かった、と。
少しでも気に入ってもらえれば幸いです。
感想・レビュー・ブクマ等作者のやる気に直結します。よろしくお願いします。




