005.スキル検証と森からの脱出
千影のスキルに家事・EXが追加されました。
すいません、完全にケアレスミスです
「一応、ここから離れとくか。血の匂いで別のバガントが寄ってこられても困る」
「そうですね。少々お待ちいただけますか」
「ん? ああ」
俺の了承を聞くと、千影は小走りでバガントに近づく。一度立ち止まったあと、首をひねる動作もかわいい。危険な扉を開きそうだ。千影は空を見上げると「あ」と小さく声を漏らし、バガントの体を飛び越え向き直ると、獣だった肉塊は瞬く間にどこかへ消えてしまった。
何かスキルを使ったのだろうか。影収納という項目があったしそれだろう。
用事を終わらせた千影は同じように駆け戻ると、ほころぶような笑顔を見せ、自然な動作で俺と手をつないだ。何かいう間もなく歩き出す千影に、別にいいかと俺は森を歩き始めた。
自分のMPを確認してみると、9減っている。Lv.1のとき既にMPは9あったので、1は自然回復したのだろう。寝たりアイテムを使ったりしないと回復しない、といったことはないようだ。少し安心。
歩きながら一つずつ疑問を潰していこう。
「装備はしてないのか?」
俺でも装備は布の服と判定されていた。千影は相変わらず黒いドレスを着ているのだから、例えば影のドレスと表記されていてもおかしくない。
「これは私のイメージで作られていますので。体の延長のようなものですね」
ドレスは割烹着、ワンピース、水着、ナースと千影が回るたびに様々な衣装に早変わりする。模倣スキルの効果だろうか。
「こういうのもできますよ」
いうと最初のドレスに戻り、幅広の剣と丸い盾を出す。剣はともかく盾は体の延長ならあまり実戦では使えないのでは。どうなのだろう。
「くっ、殺せ!」
「そういうのいいから」
それは嬉しそうに言う言葉じゃない。どこで覚えてくるんだそういうの。
考えてみれば水着やナースも現代風だった。どこかで情報収集していたのだろう。
「影収納とか影撃ちとか影分身とか、どういうやつだ?」
やたらスキルに影が入るのは影女だからだろうか。家事・EXについてはさすがの一言である。
「影収納はそのままですね、私の影の中に物を入れておけます。取り出すたびにしゃがまないといけないのが難点です」
千影は腰をおろし、包丁やまな板を取り出した。さっきの包帯や絆創膏もここから出したのだろう。
「影でいいのなら、こう、手を重ねた状態から抜けないのか?」
言われて千影ははたと止まり、一度影に包丁を戻し、言われた通りやってみる。
普通にできた。
「えっ! 嘘っ! こんな簡単に?」
言いながら千影は右手で左の手のひらから包丁を出し入れする。遠目から見れば自傷しているようにしか見えないだろう。心臓に悪い。
「さすがに、影を超えるものを出し入れすることはできないようですが、十分ですね! ありがとうございます!」
途中でつっかえた大きめのまな板を戻し、腰を強く曲げる千影。
影に入るのは千影が映す影の分だけか。影が伸びる夕方や、影がなくなる夜はどうなのだろう。落ち着いたらそこも検証したい。
「影撃ちは私の影を固定化する能力ですね。斬る、薙ぐ、突く、払う、打つといったことができます。影分身は実体をもたないもう一人の私をつくる能力です。ちなみに私自身も実体をもたなくすることができます」
言うと千影の体がわずかに歪む。蜃気楼を見ているようだ。手を伸ばすと、確かに触れない。
ん?
じゃあ分身しなくても相手の攻撃は当たらないのでは?
いや、攻撃するなら陽動役は必要か。
「分裂は分身と違い、両方が私そのものです」
言いながら鏡映しのように双子の千影が現れた。10歳ほどだったのが更に幼くなっている。8歳前後だろうか。
「分裂なので少々小さくなりますが」
「それ以外大きな問題はありません」
「今はまだ二人が限界のようですが」
「いずれ更に多く分裂ができるかと」
二つの口から言葉が交互に紡がれる。双子のようだ。いや、全く同じなら、双子以上か。
「最後に模倣ですが、これは見てもらったほうが早いですね」
分裂状態を解除し、一人になった千影は一度体が波打つと、溶けるように再構成する。
次に現れたのは、やたら目つきの悪い少年だった。高校生ぐらいだろうか。殺気を振りまいている割に、シャツはズボンにきっちり入っている。
「今のご主人様の姿ですよ」
「…………は?」
理解が追い付かずいつもより長めにフリーズしてしまった。こういう驚きなどに対しての精神耐性は働かないらしい。
俺は自分の姿を見下ろす。確かに、今目の前にいる男と同じ服装だ。それにその顔は、確かに左右逆転した状態でよくみた覚えがある。
「あの、こちらを」
千影が手鏡を差し出すと、思わずひったくるように奪い取る。
確かに、そこに映っていたのは目の前にいる男とうり二つだった。
転移したときに気を効かせたのか?
いや、あの職員にそこまで気が回せるとは思えない。マニュアルがどうのと言っていたし、もしこれが事前に決まっていたことなら伝えておくはずだろう。伝え忘れていた、となればありそうだが。
プラスかマイナスかで言えば……まあプラスか。三十路の肉体でバガントのような獣とガチンコするのもしんどそうだ。若い体なら筋肉も付きやすい。
「私としては、過去のご主人さまのお姿が見れただけでもプラスなのですけれどね」
そういうかわいいこというのは元の姿に戻ってからにしてくれ。
千影はもう一度揺らぐと、元の10歳の姿になる。先ほどまでのギャップに思わず「かわいい」と声を漏らしかけた。手鏡を返し、改めて歩き出す。
称号については今はいいか。
森は相変わらず代わり映えがない。進むしかないのはわかっているが、ぐるぐる回っている、なんてことはないだろうか。
「こう、どうにか方角がわかればいいんだが」
「ずっと南に向かってはいますよ」
「わかるのか」
「はい、太陽光と影の長さで、おおよその時間も。今は十時前ですね。人里があるかはまだわかりませんが」
千影は太陽を指さす。これも影に造詣の深い影女ならではなのだろう。おばあちゃんの知恵袋的な?
「…………」
千影の笑顔が少し強張った。ぶしつけなことを考えたのがばれたか、反省。
☆
歩いてもう二時間ほど経っただろうか。普段運動していなかった分足にきているが、ようやく森の出口が見える。木々の切れ目がこんなに嬉しいと思ったことはない。
千影から出してもらった二杯目の水を飲み干し、やる気を再燃させる。気がかりだった別のバガントに遭遇することもなく、本当によかった。
そう考えてしまったのがまずかったのだろうか。
「きゃあっ!」
絹を裂くような悲鳴に、俺と千影は目を見合わせる。
急いで声のした方へ向かうと、五匹のバガントの群れと、脚を負傷したらしくうずくまる女の子がいた。バガントは徐々に女の子の周囲を狭め、いつ襲い掛かってもおかしくない。
ああ、なんでこうトラブルは向こうからやってくるのか。
少しでも気に入ってもらえれば幸いです。
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