032.聞いてた話と違うんですけど
目を覚ますと、千影の顔がそこにあった。いつから見ていたのか、俺と目が合うと微笑みを返してくる。
「お目覚めですか、ご主人様」
「……さっきのは、夢か?」
千影が目を閉じ緩やかに首を振る。
…………。
結局、疑問が解消された分だけまた新たな疑問が浮かんでしまったな。二百年前の人間から魔法を奪った理由。千影に対し異常なほど低姿勢な職員。このタイミングでの介入に謝罪以外の意図は本当にないのか?
「……そういえば、召喚魔法を使えるようになったと言っていたが、誰か喚んだか?」
顔合わせぐらいはするべきだろう、千影の友人という話だし。しかしこの場合、俺の立ち位置はどうなるのだろう。千影の友人であり従者なのはいいとして、俺との距離感がわからん。従者の従者なのだから俺の従者でもあるのか、独立した立場なのか。わからんぞ召喚獣システム。別に偉ぶるつもりはなく、最低限ぎくしゃくしなければ文句ないのだが。
しかし俺の不安は、余りにもくだらない理由で事なきを得た。
「確認してみましたが、魔力不足なのか使えませんでしたね、召喚術」
どこかで聞いたような状況である。
なんだかどっと疲れた。
「そうか」
俺は短く答え、千影の頬に手を伸ばす。
千影はされるがまま、俺の指に身を委ねた。
暫くそのまま千影の柔肌を堪能していたが、疲れはさほど取れていなかったらしく、俺は意識を緩やかに手放した。
小鳥のさえずりによって意識が覚醒していく。まだ鈍る視界に映るのは、少し派手な意匠のベビードールと、すっと細く線を入れたような浅めの谷間。
「ご主人様。朝になりましたが、お目覚めになられますか?」
千影の声が頭の上から聞こえる。いつの間に抱きしめられていたんだろう。千影が少し力を入れ、胸に優しく触れた。
その蕩けるような心地よさに自然と意識がまどろんでいく。
「んー……。あと十分」
「はい、承知しました」
千影の嬉しそうな声が響き、頭を撫でてくれる。
撫で、撫で、撫で、撫で。
「ご主人様。十分経ちましたが、お目覚めになられますか?」
「んー……。あと十五分」
「はい、承知しました」
千影のほころんだ声が響く。
撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で。
「ご主人様。十五分経ちましたが、お目覚めになられますか?」
「んー……。あと三十分」
「はい、承知しました」
千影の幸せそうな声が響く。
撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で、撫で。
「いやいや、いい加減にするっすよ!?」
扉を勢いよく開け、やかましい声が乱入してくる。薄目を開けはしたが、見なくてもわかる。昨日の今日で随分復活したものだ。
「ハルギッテさん。ノックもなしに私たちの部屋へ突入とは。これはもう、敵対行為と捉えられても仕方ありませんよね?」
千影はと言うと、闖入者の来場にずいぶんご立腹の様であった。その場を動かず腕を文字通り伸ばし、ハルギッテの両の瞳へと寸止めしている。
「ご、ごめんなさいっす! でも、先生がどっか別の町に行く前に少しでも魔法の練習がしたかったんっす! 朝一番に魔法を限界まで使えば、夕方にはもう一度全力を出せるまで回復するっすから、それのお願いにきたっす!」
縫い付けられたまま動けないハルギッテはひたすら謝罪の言葉を繰り返している。こちらを見る千影に俺も頷くと、仕方なさそうにその腕を下ろした。ハルギッテが安堵のため息を吐く。
「それはそれとして、この部屋鍵掛かってなかったか? どうやって開けたんだ?」
千影がそんな凡ミスをするとは思えないのだが。
「こんな安宿に上等なものあるわけないじゃないですか。扉ぐいぐいやったら閂が勝手に外れるっすよ」
防犯意識低いにも程があるんじゃないかおい。
しかしハルギッテはわかってないなーと指を振り、「ちっちっち」と舌を打つ。大分イラッとする。
「普通に目立つんで犯罪目的でやる人はいないっすよ。安宿に泊まる人が金持ってないのは自明の理っす。夜中にやれば言い逃れができず即お縄、日中は金目の物は本人が握って外出なりしてるっすから。ま、こうして温いのも、良くも悪くも平和な証っすよ」
物は言いようである。
「それより、ハルにゃんも気になってたんすけど。千影さんって何者っすか? 少なくとも私の知ってる魔族にはそれっぽい人いないんすけど。影の中に引きずり込むし、さっきも腕がぐにょーんって伸びてましたし」
「目の錯覚ですよ」
笑顔で嘘をつくな。それだと影の中に閉じ込めた説明ができないだろ。
俺が突っ込むと、何気ない振りで千影が頭を下げる。
「失礼しました。改めまして、私はご主人様の奴隷にして妖怪の千影。妖怪と言うのは……なんと説明しましょうか。東方の、不思議な力を持った、種族の総称……?」
「つまり魔族っすね!」
魔族らしい。
「遠く東の国には未知の種族や呪法、文化があるとは聞いているっす! なるほど、だから私でも知らなかったんすね!」
「しかし千影は、ハルギッテのように魔法を使えないが。魔族はみんな魔法を使えるんじゃないのか?」
「誰がそんなでたらめを言ったんすか?」
俺の疑問にしかし、ハルギッテはきょとんとした顔で答える。
「四属性の魔法を使えるのは魔族の中でも魔人と呼ばれる者だけっす。じゃないと、サハギンやエルフだって魔族なんすから全種類使える筈っすよね?」
そのサハギンとやらを見たことがないから何とも言えないが。当たり前のように言われても困る。人間と魔族間での情報共有がまるでできてないんじゃないか?
「そもそも、魔族っていうのは人間サイドが考え出した分類だったはずっすけどね。本来、人でも獣人でもなければいっしょくたに魔族っす。ごった煮っす。ちなみに、魔獣であるかそうでないかは他種族間での最低限のコミュニケーションを取れるか、といったことが主な分かれ道になってるっす。リザードマンとか完全に見た目爬虫類っすけど無暗に暴力とか振るわないんで魔獣ではないっす。この場合獣人族に入るっすね。逆にバガントなんかはその種以外を見ればとりあえず襲うんで魔獣っすね。そこから更に竜種とかまた別枠であるんすけど、まあ基本はこんなもんっす」
…………。
えーっと、つまり?
四属性の魔法を使えるのが魔族だと聞いていたがそれは間違いであり、魔族はもっと大ざっぱな分類。そして四属性使える魔族のことを魔人という、と。
……随分人間から聞いた説明と乖離しているな。
「その辺もやっぱり、人族が魔法を使えなくなったことに原因があるとは思うっすけどね。まぁでも、結局魔人やエルフとかをひっくるめて亜人と呼んでたりもするんで、分類がどうのこうの考えても疲れるだけっすよ、そういうのは学者センセーが考えたらいいことっす」
その亜人とやらも、どれだけ見た目が人間と離れるかで「この種は亜人だろう」「いやいや、獣人だ」と学会でも割れたりするらしい。
……なるほど。頭痛くなってきた。
やめよう、俺には解析眼がある。相手の分類に困ればそれに頼ってしまえばいいのだ。そう、例えばハルギッテに向かってちょちょいっと。
ハルギライト・セレスニア:Lv.7
年齢:17歳
種族:魔人
職業:セレスニア王国第二王女
装備:布の服 短剣 王族のコイン
HP:22 MP:43 腕力:15 体力:20 知力:41 魔力:46 敏捷:22 器用:16
スキル:火魔法・中 水魔法・弱 風魔法・弱 土魔法・弱 逃走術 柔術
…………。
見なかったことにしよう、うん。




