033.アホの壁
あのアホのハルギッテがセレスニア王国の第二王女。
いや、確かに。メイファさんという従者を引き連れ、幾度となく千影から注がれた圧にもどこ吹く風と奔放なあの態度。更に俺を魔法の先生にしようとした際、爵位をやるとか言ってたような。仮に貴族だとしてもそこまでの権力はないだろうし、口から出まかせだと思っていたが。
そもそもセレスニアってどこだったっけ? 東にある多民族国家とかいう話だったか? ほぼ何の情報もない。
俺はハルギッテの顔をちらりと見た。締まりのない顔である。本当に王族なのだろうか。俺の解析眼が間違っていたと言ってくれた方がまだ信じられるぐらいだ。それはそれで困るのだが。
「……なあ、ハルギッテ。話は変わるんだが、セレスニア王国って知ってるか?」
埒が明かないので本人に直接聞いてみる。流石にこれだけで俺がハルギッテを王族と看破したことはお釈迦さまにもわかるまい。この世界にお釈迦さまがいるかは知らないが。
「ええ、勿論っすよ。私の祖国っすからね。メイファの生まれもそこっす。おっと、ハルにゃんの生まれは明かせないっすよ、それは事務所を通して欲しいっす」
いっそ憎たらしいほどのどや顔をするハルギッテ。
こっちとしても出来れば知りたくはなかった情報である。王族と知り合いとか迷惑を掛けられる予感しかしない。
「いや本当、メイファは良い子なんすよ。代々魔王の血筋に仕える家系ってのが本人も誇りに思ってるんすけど、私としてはもうちょっとこう、砕けた感じでやっていきたいんすけどね……。自分で言うのもなんですけど、はるにゃんは肩肘張るほどの相手じゃ……。あれ?」
秒で秘密をぶちまけるハルギッテ。メイファが魔王の血族の従者ならその主であるお前は何なんだよ、と俺にツッコませたいのか? なんでこいつが今まで襲われなかったのか本当に不思議である。あとセレスニアの国王ってまんま魔王なのか、世界を滅ぼす画策とかしてないよな?
「……先生。ハルにゃん今、変なこと言ったっすよね?」
「……あー。いや、そんなことは、ないぞ? うん、気のせいじゃないか?」
少し震えるハルギッテに対し、そちらを見ないように顔を逸らした俺。しかしそれに誤魔化されるわけもなく、俺に掴みかかってきた。
「嘘っす嘘っす、絶対嘘っす! 私がセレスニア王国第二王女なことも、今は王族の掟に従って色んな経験を積むために諸国漫遊をしているってことも、本来なら十五歳でやるはずのそれを『ハルギライトはちょっとこうアレだからもう二年ぐらい伸ばしてやるか』と生温かい目で見られていたこともきっと気づいてるはずっす!」
「全部自分で言ってるじゃねぇか!」
まさかセレスニア王国について聞いただけで全部漏らすとは、アホを甘く見過ぎていた。アホを常識で測ることはできない。あと本名をしれっと口に出さないでほしい。偽名を使うなら徹底してくれ。
…………。
最近。口が悪くなった気がする。いや、余り口には出していないが。
少なくとも社会人のときはこれほど相手のことをアホアホ思ってなかったような。そんなことを考える余裕すらなかったこともあるだろうけど。精神が肉体に引っ張られてる……?
いや、もっと単純に。
ハルギッテがアホなせいだな、うん。
本人もアホって言われて嬉しいみたいなこと言ってたし。俺も気にしないことにしよう。
「ここまで知られてしまった以上、仕方ないっすね……」
一人自分で納得している傍ら、ハルギッテが目を伏せ苦虫を噛むような表情をする。
いや、全部お前がばらしたせいなんだが。
全く仕方なくないんだが。
「先生には、本格的に魔法の指導をお願いしたいっす!」
ハルギッテがプロもかくやというほど美しい所作で土下座をした。
……土下座のプロってなんだ。
王女があっさり頭をさげるんじゃない。アホとはいえ精神的にしんどい。見る人が見れば俺の首なんて簡単に消し飛ばせるんじゃないだろうか。
「今までと何が違うんだよ……」
頭痛を抑え、いやいやながら聞いてみる。何も聞かずに突っぱねられたらどれほど楽なものか。
ハルギッテは頭をあげ、滔々と語りかける。
「諸国漫遊で培うべきものはもちろん、仁、義、忠、考、礼といったものっす。しかし、腐ってもセレスニア王国は魔王の治める土地っす。最後にものをいうのは力っす。力なき正義は無能であり、民を導く王族には力が必要なんっす。要するに、これは武者修行の旅でもあるということっす。なので、実際に魔獣を狩るお手伝いをしたいっす! 多少なりとも戦力になるつもりっす!」
「結構だ」
「決断早くないっすか!?」
ハルギッテの渾身の願いを俺は即座に否定する。
目を剥くハルギッテだが、知ったこっちゃない。
実際いらないし。
現状、Cランクのエビルジャガーすら千影一人で倒せるのだ。当初の目的であるこの世界の観光と、それに付随する路銀稼ぎには十分だろう。俺と千影で対処できないような相手が出れば影収納でやり過ごせばいい。それ以上に、他国のお姫様のお守りとか、胃痛の未来しか見えない。精神耐性・EXはきっとそういうのをなんとかしてくれない。
メリットに対してデメリットが大きすぎる。
そりゃ、運が悪い方に向けばこいつらとパーティを組んでいればと後悔をすることもあるかもしれないが。だからといってなぁ。
「いやいや、そんな直ぐに決めることはないっすよ! とりあえず今は訓練場に行くっす! それはいいんすよね!」
旗色が悪いと悟ったのか、この流れのままで俺が魔法の練習に付き合うことまで難色を示すのではと危惧したハルギッテが無理やり話題を変える。まあそれは元より了承していたことだ。
「はるにゃんとしては、先生には王族がどうとか気にしないで、素のはるにゃんとして扱って欲しいところっす。先生の前ではハルギライトではなく、不肖の弟子、ハルギッテっす!」
「弟子にしたつもりは毛頭ないんだが……」
ともあれ、俺たちは漸く宿を後にし、ギルドの訓練場へと足を向けたのだった。俺もスキルの練習とかしたいしな。
なお、部屋を出たところで、
「お嬢様がご無理をいって、本当にすみません」
とメイファさんがこちらが恐縮してしまうほど腰を折って謝罪したことをここに追記しておく。




