026.新たな魔法
前話の『025.ぶら散歩』にて、6/27の12時頃、後半部分で加筆修正があります。私の構成力、筆力の拙さに読者の皆様には混乱させてしまい申し訳ございません。
ふう、派手に金を使ってしまった。全く後悔はないが。
いや、一つあった。
「あのバレッタも本当良かったんだ……。絶対欲しい」
「ご主人様、ご自重ください」
俺が新たな野望を胸に秘めると、千影から自制を促される。自分以外のことに金を使うのがこんなに楽しいとは思わなかった。これからも何か見かけたら買ってやろう。
俺たちはクールダウンを兼ねて、噴水の広場で何をするでもなく休んでいた。千影が自分の太ももを軽く叩いたので、疑問を抱かずそこに仰向けに寝転がる。優しい感触。服越しに張りのある肌が俺の頭を支え、小さな手が俺の頭をゆっくりと撫でる。千影の高めの体温が心地よい。目が合うと、千影の顔がほころんだ。なんだ、ここが楽園だったのか。
「重くないか」
俺が問いかけると、緩慢な動作で千影が首を振った。
「ご主人様から頂くものは、全て私の中で愛に変換されますから」
熱く視線が注がれる。俺が腕を持ち上げると、その手に頬を擦り付け、一生懸命マーキングしてくる。なんだこのかわいい生き物。ぷにぷにの手とほっぺたにサンドされた俺の手はさぞ前世に善行を積んだのだろう。
「あ、カズキ先生こんなところにいたっす」
暫く楽園を噛みしめていると、あほっぽい蛇がやってきた。
というかハルギッテだ。回復したのか。先生はお前の方じゃなかったのか。
「もっかい、もっかいあれやって欲しいっす! あれなしじゃ、ハルにゃんはもうダメっす。責任取って欲しいっす」
「意味の分からん寝言を吐くな」
縋りつくな、重い。揺するな、酔う。
とてもじゃないが寛げるような状態じゃなくなり、仕方なく俺は起き上がる。「あ……」と小さく零した千影の髪をわざと少し雑に撫でた。千影が満足げに頷く。
「……で、何がどうしたって?」
「だから、あの魔法陣に触ってなんかする奴っす! あれがもう、めちゃくちゃ気持ちよくて! なんて言うんすかね? 体から濁ってるものがずばばばばーんっと放出されていくというか。例えるならそう、ずっとこもってるのにどれだけ力んでも出なかったのが、四日ぶりにようやく」
「やめろ、本当にやめろ」
俺は寸前で引き止めた。いや、引き止められたか? アウトかもしれない。こいつ本当にお嬢様なんだよな? 近所のクソガキがお姉さんとごっこ遊びしてるわけじゃないんだよな?
「まあ俺も、他の属性魔法見たかったしな。ついでにやっちまうか」
火魔法しか使えないと、森で気軽にぶっ放せない。俺は肩を回しながら、今日三度目の修練場へ赴いた。
☆
火魔法の時のようにMP切れを起こされても困るので、先に三つの属性を見せてもらう。
「まずは風魔法っすね。一番魔法使いの技量が試されるともいわれてる属性っす。掴みどころがなく、目にも映りずらい。エアボールは殺傷力こそ低いっすが、態勢を崩すなら十分っす」
火魔法の時と同じように魔法陣が発生し、手に掌握された。読めた内容は『程よく圧縮した空気を射出するっす』。今回は空中ではなく、誰も近くにいない地面に向けて放つようだ。
「エアボール!」
ハルギッテが魔法名を叫んだが、何も見えない。しかし、十メートルほど先の地面が突如削れ、砂埃を撒き散らした。
「……全然見えなかったな」
「そりゃ、空気っすからね。隠密性はピカイチっす。風魔法にはエアカッターってのもあるんすが、これがまたインチキなんすよ。高位術者にもなれば、目視できない鎌で首を狩り放題っす。もしエルフがもっと短命で、数がめちゃくちゃ多いような種族だったら確実に世界を獲ってたっすよ」
まじ半端ねぇっす、と最後に続け、次の呪文に移る。
「水魔法は風魔法ほどじゃないっすが、やっぱりそこそこ隠密性があるっす。質量がある分、目に見えないとまでは言わないっすけど、景色には透過するっすからね。魔族の試験には風と水のどちらを使った方がいいかって問題があるぐらいっす」
魔法陣が浮かび手に収束。『殺傷力がないとまでは言われない程度で水の球を出すっす』
「ウォーターボール!」
今回はちゃんと見える。十五センチほどの水球が、まっすぐ地面にぶち撒け、辺りを濡らした。
「思い通りに操作できるなら、相手の頭に直接纏わりつかせて溺死させたりとか可能っす。八十年ほど前に恋人を殺されたサハギンがその手で七十二人殺したのは、今なお本当にあった怖い話として語り継がれてるっす」
最後にハルギッテが土の魔法を見せる。
「土魔法は他の三魔法と比べて地味っすね、やっぱり。砂で目つぶしとか石投げとか、それその辺の石でやれよって話っす。ゴーレムの術式はまだマシっすけど、単純で緩慢な動きしかできないっすからね、壁と同じっす」
言いながら、三度目の魔法陣構築。『かりそめの命で最低限のゴーレムでるっす』とは、やる気ないにも程がある。
「いくっすよ、ゴーレム召喚!」
足元に二〇センチほどの土人形が現れ、こちらに首を垂れると、その辺をうろつき始めた。特に何も指示されていないからだろう。一分と経たず、それは土塊に戻った。魔力が尽きたか。
…………?
「と、こんなもんっす。もういいっすよね? 早く私の魔法を改造して欲しいっす」
「ああ。ちょっと待ってくれ」
我慢できない、と俺の腕を取ろうとハルギッテを寸でのところで止める。
何か引っかかる。
何だろう。
「この世界には魔法は四属性しかない」「恋人を殺されたサハギン」「ミミズがぎょえーってのたうった感じ」「土魔法は地味」「目視できない鎌」「かりそめの命」「インチキ」「研究者の間でも頭を抱えている」
今まで聞いていた魔法についての知識が走馬灯のように駆け巡る。
……ああ、そうか。
「ハルギッテ、一つ聞きたいんだが」
「ん? なんっすか? っていうかハルにゃんでいいっすよ」
誰が呼ぶか。
「魔法は、本当に四属性しかないんだよな?」
「そうっすね、それ以外では観測されたことがないっす」
「じゃあ、例えば」
俺は自分の歯で指をかみ切……ろうとして、うまくいかなかったので素直に雷鳴剣で浅く切る。
改めて、イメージする。
引き算の魔法。
ゴーレムの召喚から、土の部分をプログラム操作で削り取る。
後に残るのは。
「命の、魔法」
魔法陣が一つに纏まり、魔法が発動する。切った指は、みるみるうちに患部の傷が塞がり、まるで何事もなかったかのようだ。眠そうにしていたハルギッテの目は驚愕に開き、俺の手を無造作に触る。
「な、なんすか、今の。人間が魔法を使うのだってびっくりするのに。傷が。え、手品っすか? どこかに回復アイテムを忍ばせてたんすよね?」
手を裏返したりつねったり。どこかにあるタネを探してハルギッテが奮闘するが、そんなもの最初からありはしない。
「回復をアイテムではなく魔法でやってみた。今までこういった研究はされなかったのか?」
俺が問いかけると、ハルギッテは音がするぐらい全力で首を振った。
「ないっす。私、実は大分いいところのお嬢様なんすけど、一度も聞いたことないっす。そもそも、そういう発想がないんだと思うっす。魔法は四属性、それ以外には存在しない、ってのが絶対不変のルールみたいな。え、もしかして先生って神さまだったっすか? 先生に祈りを捧げるとなんかご利益があるんすか?」
ハルギッテの想像が明後日の方向へ走り出した。めっちゃ怖い顔の人から一日で随分とランクアップしたものだ。
二〇〇年ぶりの人間の魔法使いであった俺は、未知の魔法まで作ってしまったらしい。
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