025.ぶら散歩
6/27の12時以降から、後半にむけて加筆修正部分があります。ひとえに、私の構成力、筆力の拙さによるものであり、読者の皆様には混乱させてしまい申し訳ございません。ですが、12時以前のものより、一層ヒロインを大事に描けているものと自負しております。これからも、影女といく異世界紀行を、よろしくお願いします。
なんだか一仕事終えたつもりだったが、よくよく考えてみればまだ昼日中である。ガルドの試験とその後の酒盛り&一芝居、魔法講習と濃い時間が続いていたので時間感覚が鈍っている。
さて、どうしたものか。とりあえず今日はもう冒険者稼業をやるつもりはない。バガントの肉やツノウサギの毛皮を売った金は丸々残っている。日没まであと四時間といったところ。徒歩四〇分の距離にある森へ往復して、残り時間はいかほどか。そう考えたら、わざわざ行くのもな、と渋ってしまう。
「今日はもう、アレだな。町を散策するか」
「はい、ご主人様」
千影が腕を絡め、俺たちは足がむかうままにぶらつくことにした。
この町にきた当時はまだ金に余裕などなく、どうなるものかと思っていたが。俺たちは出店で売っていた揚げ物を二人分頼み、大きな葉っぱに入れられたそれをかぶりつきながら歩く。薄く伸ばした小麦粉の生地の中にひき肉に玉ねぎにチーズ、ハーブといったものを散らし、包み揚げている。揚げ餃子に近いが、もっと平べったく大きい。溢れる肉汁が生地全体に行きわたり、どこからかじっても美味い。
「なるほど、チェブレキに似ていますね」
千影が中身を覗き、舌で確認するように咀嚼する。
「チェブ……?」
「ロシアとかトルコで食べられてる民族料理です」
……、らしい。俺はどちらにも行ったことがないから知らないが。
いや、千影だって別に海外に行ったから知っている、というわけではないだろう。単純に知識の差か。
「影女ですから。お料理のことならおまかせください」
自信ある分野だからこそ覗かせる、強い微笑み。うん、今日も千影はかわいい。
チェブレキを食い終え、次に足を止めたのは装飾品を扱った出店だ。イヤリングにネックレス、指輪に髪飾りなど。
「どうですか、ご主人様。似合いますか?」
千影がコサージュを付け、何かを求めるように振り返りながら尋ねた。
うーん。
「……ダメだな」
「ダメ、ですか」
千影が少なからずショックを受けたように怯み、ゆっくりと商品を棚に戻す。
「それじゃあ千影に対して余りにも質素過ぎる。出店じゃなくちゃんとした商店に行こう」
「……え、え?」
悪くはないんだが、千影を飾ると思うと、弱い。千影が勝ちすぎる。
というか、逆に聞きたいんだが。千影に似合わない装飾品があるのだろうか。それは装飾品と名乗るのをやめた方がいい。
俺は店主が睨むのも気に掛けず、足早に商店街を目指した。
道行く人に聞けば、町の北側、貴族や商人が住んでいる区画に装飾・貴金属店があるらしい。
足を踏み込めば、そこは確かな上流階級の匂いがした。大理石の床には赤い絨毯が敷かれ、調度品も品が良い。まあ、俺には壺の良し悪しなんて本当はわからないが。こういったはったりに金を惜しまないだろう。
「いらっしゃいませ」
店の雰囲気に呑まれそうになりながら佇んでいると、奥からスーツを着こなした壮年の男がにこやかに近づいてきた。髪に白髪は混じったものの、老いて尚所作に磨きが掛かっている。
「彼女に似合うものを見せてほしい。予算は二〇万ゴルドで」
「かしこまりました」
「ご主人様!?」
さすが教育が行き届いている。どう見てもガキの俺でも、丁寧に頭をさげ下がって行った。
「こちらなどいかがでしょうか。万年亀の甲羅で作ったバレッタでございます。美しい鼈甲色がその御髪によくお似合いかと」
「そうだな。千影はどこに出しても恥ずかしくない美少女だが、やはり髪か。女の命というしな」
「そうでございましょう。そうすると……、そうですね。セットでこちらの指輪などいかがでしょうか。ワンポイントのアクセントとして、白金がきらりと光り、更なる御美しさに」
むむっ、商売上手な。確かに契約時に結婚式もどきをしておいて指輪がないのはどうかと思っていたのだ。しかしそうなると、同時に買うのはな。結婚指輪は一生ものだ、セット感覚で買うのは間違っているだろう。
「どうでしょう、今ならそれぞれ十八万ゴルドと十一万ゴルドのところ、二揃えセットで二十五万ゴルドでお譲りしますが」
「……いや、それも悪くないが、単品で指輪を見たいな。見繕って貰えるか」
「それでしたら……」
傍らの棚から展示用の宝石を恭しく開け、三つほど台座に並べる。
シンプルなリング一点と、小さな宝石をあしらったものが二点。
「これらの品は、どれも職人が手ずから造った逸品。どのようなお召し物の際にもよくお似合いになるかと」
「なるほど……」
俺はその中から、透明なハート型の宝石をあしらった物を手に取った。
「さすが、お目が高い。それは別名『愛の精霊石』とも呼ばれるピュアライトクリスタルを嵌めたリングですね。まず、送り主が魔力を流し、受け取った側が付けると、その愛の量から石の色が変わるという大変貴重なものでして」
「ほう、それはそれは……」
それは……。
「あまり売れないのでは?」
俺が真顔になって問いかけると、店員も困ったように眉を下げた。
「はい。物はとても貴重なのですが。『愛の量が目に見えて減っている』のは、大変傷つくものでして。元は赤く染まっていたものが、数年経ち薄いピンクになったときなど……」
それは確かにきつい。
「ただ、マジックアイテムとしても効果はありまして。赤く染まれば染まるほど、その身を守る力が強くなる、と」
「へぇ……」
千影の防御に一抹の不安がないといえば嘘になる。あまりにも強い敵と遭遇した場合、千影は身を呈して俺を守ろうとするだろう。その際、俺への愛で致命傷が防げるなら。
だがまあ、そんなことは後付けだな。
愛を感知するなんて、まさにファンタジーで、素敵だ。
「いかがでしょう、本来は五〇万ゴルドの品ですが、先ほどと同じ二十五万ゴルドで」
「よし、買おう」
「そんな即決で買わないでくださいご主人様!」
俺が早速商談に入ろうとすると、千影に待ったが入る。
「予算が二十万ゴルドというのも驚きましたが、それよりも更に上がっていますよ? 私めにこのようなもの、不似合いです」
「いや、とっても似合うと思うぞ?」
「そうではなくてですね!」
「千影」
俺が呼び止めると、千影は小さく肩をすくめた。
「俺は千影に感謝している。この金も、半分以上は千影の活躍で得た金だ。でも、千影は俺のためにだけ使おうとするだろう。千影には取り立てて装備らしい装備もいらないから、そこで返すこともできない。じゃあ俺はどうやって千影に還元したらいい? 優しく抱きしめ、愛を囁くのも大事だ。けど、それだけで金の大半を受け取るというのは間違っていると思う。だから、ここは黙って頷いてくれ」
「ご主人様……」
「それとも、千影の愛を計れば、いつかこの指輪も透明に戻ってしまうのか?」
「それはっ! ……ご主人様は、いけずです」
少しふてくされる千影を尻目に、俺は店員から指輪を受け取った。小さな手をとり、千影の目を見ながら話す。
「俺が言えば、千影は最後には受け入れるしかないと思うが。できるなら、笑って受け取って欲しい。その方が俺も嬉しい」
「ご主人様……」
千影は顔を伏せ、小さく「……はい」と頷いた。俺はまず指輪に魔力を込め、千影の左手薬指に指輪を通してやる。指輪は、その色を透明から桃色、朱色、赤へと変え、ついに真っ赤な紅色に染まった。千影は驚きながら、矯めつ眇めつ指輪を宙にすかした。
「大変お似合いでございますよ、奥様。その輝きが永久に失われぬよう、我々従業員一同祈っております」
「奥様……ママで奥様……」
陶然としながら、千影はその言葉を噛みしめるようにつぶやいた。千影にとっては、やはり母親であることが第一前提のようだ。
母性本能で生きている千影は、いつまでもその指輪を愛しそうに眺めていた。
少しでも気に入ってもらえれば嬉しいです。
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