022.戦士の休息
総合評価100ポイントに加え、なんとレビューまで頂いちゃいました! ありがたや〜
「乾杯っ!」
俺はDランクカードをギルド職員から受け取り、ほくほく顔をしていたところ、何故かガルドに捕まってエールを飲んでいた。ここでは15歳で成人だし、酒も飲める。千影は、初めて召喚した当初よりは成長したとはいえ、それでも見た目はいいところ13歳。流石にオレンジ色したジュースを出されていた。
「あ、これ美味しいです、ご主人様もどうぞ」
「どれどれ」
千影からジュースを受け取り一口飲んでみる。見た目はオレンジだが、味はザクロに近い。酸味とほのかな甘みが心地よく、果実の瑞々しさが際立っている。一緒に注文した白インゲン豆に牛肉とソーセージを煮込んだ料理ともあう。甘ったるく高カロリーなそれを、ジュースがさっと流してくれるのだ。
「美味いな」
「でしょう?」
俺が言うと千影は心底嬉しそうに目を細めた。若返ったからか舌が繊細になった気がする。かといって、酒の苦さにもまた味があって面白い。
「おいおい、白けるぜ。酒飲んでる席でいちゃついてるんじゃねえよ」
ガルドの方はつまらなそうに頭を掻いた。
「ご主人様に負けたモブの分際で大きな態度を取らないでくれますか?」
「ああ? あの試験が俺の全力だと思ってんならもう一度勝負してやってもいいんだぞ?」
卓上で千影とガルドがにらみ合う。君たち本当喧嘩っぱやいね。
「千影、そう煽るな。あんなのは奇襲以外の何物でもない。タネが割れればすぐ対応される、そういう類のものだ」
「おう、アレな。すげえじゃねぇか。最後の一瞬まであのスピードを隠してるなんざ、並大抵の度胸がなきゃやってらんねえぜ」
ガルドが手放しで褒めるが、そんな上等なものじゃない。
実際、もう一度試合して勝てるとは思ってないのだ。初戟で、俺を動きは遅いが一撃に賭けるパワーファイタータイプだと思わせる。剣術・強とステップで時間を稼ぐ。敏捷に再度ステータスを振り、対処し切れない速度で相手の背後に立つ。その緩急に望みを託した作戦でしかない。あまりにもステータスで水をあけられているのだ。俺はほとんどを腕力に振っていたからスタミナも長続きするはずなく、短期決戦にしか勝負を持ち込めなかったこともある。ガルドがどっしりと迎え撃つ形だったなら、勝敗もまた変わっていたかもしれない。そもそも、最初に二十分も練習時間を貰えていなければ二度目のステータス変更はできなかった。
こんな、敗北する理由をあげればきりがないほど綱渡りだったのだ。できれば勝ち逃げしたい。
「おう、ガルド。お前Fランクに負けたんだって? ヤキが回ったんじゃないか?」
「うっせえな、新人に華を持たせてやったんだよ」
見知らぬ男に笑われ、ガルドが不機嫌そうにエールに口を付けた。
「その傷がなきゃな」
「…………」
ガルドの視線から圧が上がり、男は「おーこわ」と言うだけ言って立ち去った。
知らず、俺はガルドの眼帯を見ていた。
「……やはり」
「あ?」
「やはり、強大な魔獣との戦いで失ったんですか、その目」
ガルドの言葉がリフレインする。長生きするためには臆病者になった方が良い時もある。どんな気持ちであのセリフを吐いたのだろう。
「……くはっ、ハッハッハッハッハ!」
しかしガルドの方は、おかしくてたまらないと腹を抱えた。訳もわからず、俺は呆然とするしかない。
酒場の大将から「うっせぇぞガルド!」と怒鳴られるまで笑い続け、ようやく涙を拭きながら俺の方を見た。お前涙出るほどってどれだけ笑ってるんだ。
「あのな。お前、俺が無鉄砲やってこの目を失くしたとでも思ってんだろ」
「違うのか」
俺が言うと鼻を強かに指で弾かれる。千影が立ち上がり「ずるいです!」と叫んだ。何がだ。座れ。
ガルドが眼帯を外すと、そこには空洞が。などということはなく、普通に目があった。ちゃんと見えてもいるらしい。
「これはただのフェイクだ。こいつをしていると、みんなこぞってこっち側から殴ろうとしてくるんだよ。実際には網目状でそこそこ見えてる。ま、お前には効かなかったがな」
ガルドの話は結構有名らしく、知らないのは俺みたいにこの町にやってきたばかりの冒険者だけらしい。跳ねっ返りも多い冒険者連中だ、新しい町でいかに自分が凄いかと吹聴する。なら俺が一丁揉んでやろう、といかにも酔っ払い風にガルドが立ち上がり、調子に乗った冒険者の鼻っ柱を折るまでが一連の流れらしい。
なんだそれは、他校の不良から学校を守る番長か。
「あいつが言ってた傷ってのはこっちだよ」
ガルドが服をずらすと、鼠頸部に大きな古傷があった。もう完治はしているのだろうが、走る爪痕は生々しく災禍を伝える。
「一年ほど前か。そこそこデカいヤマに当たった時な。幸い俺を含め全員生き残りはしたが、俺は長時間戦闘できなくなった。後悔はないがな。無理を無理とわかって推し通ってきた道だ。以来俺は後進の育成が本業になりつつあった。そこへきて、後輩六人倒したガキだ、気にもなるさ。挫折も知らないだろう。どれ、たまには運動しますかねと立ち上がっておいてこのザマだ。泣きたくなるね」
口ではそういうものの、ガルドは嬉しそうに笑った。
「…………」
何を言うべきか迷う。
挫折か。勿論知らないわけじゃない。もしかしたらガルド以上の苦しみも味わってきた。
しかしそれはあくまで前世の、命のやり取りとはほとんど無縁の世界の話だ。今世では、千影の助けもあり、苦しい局面こそあれど、何かに怯え、撤退するという経験はなかった。あるいは、精神耐性が俺を鈍感にしているのか。
いつか千影も言っていた。生きてさえいればいい。そのためなら、どれほど恥をかいてもいいと。
俺はいっそ、一度打ちのめされた方が良かったのかもしれない。命の掛からない戦いに勝ったところで増長し、大事なところで判断を誤る。そうならないためにも。
「ま、先輩からのありがたい忠告だ。まだいけるってのは毒だ。まだいける、もう少しなら大丈夫、そう思ってみんな死んでいく。まだいけるはもうすぐ余力を使い果たすのと同義。俺がこの傷で学んだことはその程度だが、気がついたときにでも思い出してくれや」
「……はい」
酒場にしんみりとした空気が流れた。
ガルドは立ち上がり、おもむろに傷を露出させた。
ビリビリ。
「……え?」
きれいさっぱりなくなった傷に、俺はガルドとその指先についたシールを見比べる。
「だーッハッハッハッハッハッ!!」
先ほどから輪を掛けてガルドが笑い、それどころか他にいた冒険者達も爆笑の嵐だった。
どうやらここまでがガルドの演出だったらしい。初心者冒険者に強烈な楔を打ち付け、金より命を大事にしろと。それが自由を生きる冒険者であると。それを伝えるための、先輩からの長ったらしい芝居。そう理解した俺も、つられて笑ってしまった。
「頼もうっす!」
酒場の大将がまた怒鳴り、今回もいい芝居だったぜ、お前本業役者になれよ、とガルドが叩かれながらもお開きの空気になった頃。一人の女の子がギルドの扉を勢いよく開いた。千影とはまた別のタイプの美少女。見た目は16歳前後か、大胆に胸元を開け、紫色の髪からは拳ほどの角がくるりと渦巻いていた。魔族って奴か?
その子はギルドでクエストボードをみていた連中を眺め、次に酒場の方を覗きこむ。そして俺と目が合い、その背に負った雷鳴剣を驚きの表情で指差した。
「あったっす、あたしの剣!」
……は?
明日の更新は作者出張のためお休みです。申し訳ありません。
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