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影女といく異世界紀行  作者: ケイン島谷
デイジア王国編
19/34

018.睦言

「おかえりなさい。あら、あんな時間からクエストにいってたんですか?」


 宿屋のドアベルを鳴らしながら帰宅すると、リナールさんが微笑みを返してくれる。泥と埃と傷で化粧した俺の顔を見て、奥に引っ込む。


「少々お待ちを」


 数分後、ぱたぱたとスリッパを鳴らし、戻ってきた。


「お湯です。結構汚れ、すごいですから」

「ああ、ありがとう」

「一回で銅貨二枚になります。貸しタオルは一人一枚無料ですよ。汚い水は中庭に流しちゃってくれて大丈夫です」


 金取るんかい。

 20ゴルド払って木製のたらいに張られたお湯を受け取り、俺たちは取っていた部屋へと向かう。

 今日は疲れた。考えてみれば3時間前後歩いたあとエビルジャガーに遭遇し、ガタゴトと揺れる荷馬車にケツをやられ、町に入るための行列に並び、ギルドで一揉めし、最後に街中で多人数相手にチャンバラである。気ままな旅とはなんだったのか。


「先に入るか?」


 たらいをゆすってみせると千影は首を振った。


「ご主人様より先に入るなどありえません。それに……」


 千影が影に潜り、間を置かず出てくる。


「こうすれば、不純物は全部取り除けますから。お風呂は気分ですね」


 便利なものだ。俺もそうすれば汚れがとれるのだろうが、せっかくお湯を頂いたので入るとしよう。

 俺は服を脱ぎ、たらいにざぶんと浸かる。


 …………。


 なんだろう。

 しょっぱい。

 もちろん塩辛いという意味ではない。

 いや、これでも前世に比べれば余程マシなのだ。あの頃はそれこそ入る時間すらなかったのだから。

 しかし、せっかく入るのなら、もっと熱いお湯がいい。既に若干冷め始めているし、ここからどんどんぬるくなっていく。追い炊きしたい。文明の利器が恋しい。


「次からはちゃんとお風呂ある宿かも調べよう」


 健全な異世界ライフのために、健康にもちゃんと気を使っていこう。

 今度は早世しないように。

 朝の体操とかやっちゃおうかな。


「ご主人様、お背中流しますね」

「……頼む」


 流しましょうか、ではなく、流しますね。

 千影にとってそれは確定事項らしい。

 鼻歌を歌いながら腕、背中、腰、と流す。

 抵抗感は多少あったものの、いざやってもらうと千影のうまさがわかる。痒い所を敏感に察知し、すぐさま掻いてくれるのは絶技といっていい。家事・EXの洗濯効果かもしれない。


「気持ちいい……」

「私はご主人様のママであり三助さんですからねー」


 三助って普通男がやるけどな。

 その気持ちよさに突っ込む気力も溶けてしまいそうだ。自然と目が細まっていく。

 そして気分よく頭も洗ってもらっていたわけだが。


「……おい」

「どうかしましたか、ご主人様」


 どうかしてるのはお前の方だといいたい。

 頭を洗ってる最中、背中越しに柔らかいものを押し付けられている感触がある。小さいながらも主張する張り。

 まず間違いなくアレだ。

 考えてみれば千影の服は服であって服ではない。自分好みにカスタマイズできるのだ。一部分だけを露出させるなんてわけないことだろう。


「千影、そういうのは……」

「私は、ご主人様の何ですか」


 律しようとする俺を、千影の言葉が止めた。


「私は、ご主人様のママであり、妹であり、姉であり、娘であり、幼馴染であり、専属のメイドであり、許嫁(いいなずけ)でありたいと思っています。たとえ実際にはそうではないとしても。他の誰にもその役目を取られたくなんてありません。そこに性奴隷をくっつけても構いません」

「そこは構ってくれ」

「でしたら」


 千影が前に回り込み、俺をまっすぐに見つめる。肌色が見えた。


「でしたら、私を愛してください。私を必要としてください。何度でもいいます。私にはご主人様しかいりません。ご主人様が全てで、他の塵芥など必要ないのです。

 先ほどのゴミには、本当にうんざりしました。ご主人様の情けなど、露ほどにも感じず、数だけを集めて調子に乗り、やるだけやっておいて最後には逃げ出すなんて。傷つくご主人様に、何度縋(すが)りつきたかったことか。ご主人様は頑張りました、心配いりません、ここからは私が全て薙ぎ払ってみせましょう、と。首を折り、三枚に下ろし、なますにし、ミキサーで撹拌し、ぶち撒いてやりたかった。抉(えぐ)り、穿(うが)ち、捻(ね)じり、砕き、唾棄(だき)してやりたかった。私はご主人様と心穏やかに過ごしたいだけなのに、どうして邪魔をするのかと」

「千影、どうどう」


 俺は千影の頭を撫でる。目を血走らせていた千影が、嗚咽を漏らしながら俺にもたれかかる。


「私は心配なのです。ご主人様に、いつか好きな人ができて。それは私ではなく、もっと美人で、明るく、スタイルの良い子で。そんな子が出てきたら、私、無理じゃないですか。こんなにご主人様に執着するような重い子。でも私はご主人様の召喚獣だから、傍で見続けるんです。ご主人様とその子の睦言(むつごと)を。そんなの、私耐えられません。ですから」


 千影が、俺を突き飛ばした。俺はつんのめり、ベッドに倒れかかると、すかさず、千影が馬乗りになった。むさぼるように唇を奪われる。


「性奴隷でもいいんです。私にご主人様が一度でもお情けを下さるのなら、それを糧に生きていけます。悠久の時を超えても、確かに抱いていただいたことを胸に。ですから、どうか、どうか……」


 頬に涙が掛かる。

 あのな、千影。


「そんなかわいいこと言われて、男が我慢できると思うなよ?」


 思い返せば、千影からしかキスをしたことはなかった。なら今度は俺からしよう。

 俺は千影の頭を抱いて自分の唇へと合わせる。がちんと歯から音が鳴る。こんなときまで締まらないが、構うものか。そのまま千影ごと周り、マウントポジションを奪う。


「悠久がどうとか、重いからとか。やめてくれ。千影は俺の母親でも、妹でも……ああ! なげぇ! とにかく、お前が俺の一番だ! それを今から刻む!」


 だから、性奴隷でいい、なんて泣くな。忘れたくても忘れられないほど、俺がお前を愛するから。


   ☆


 空腹を感じ目が覚める。6の鐘はとうに過ぎてしまっているだろう。そういえば昼間は簡単なものしか食べていなかった。夜には着き、その土地の物を食べると思っていたから。


「まさかこの年で男になるとは……」


 ここ最近で何度も思ったことだが。

 人生何が起こるかわからない。


「お目覚めになりましたか? ご主人様」


 ぼんやりと窓を眺めていた千影が、こちらに向く。白い裸体が月に浮かび上がり、天女が舞い降りたようだ。


「これ、厨房を借りて作っておきました。どうぞ」


 千影は収納からシチューとスプーンを取り出し、俺に渡す。

 具材は俺が好きなゴロゴロ系だ。一口食べると、濃厚なクリームと丁度いい塩加減が後を引く。うまさと空腹の相乗効果で、俺は舌の火傷も恐れず一気に掻きこんだ。そんな俺を、微笑ましいもの見るような目で眺める千影。

 かわいくて、料理ができて、少しえっちで、泣き虫で、嫉妬深くて。

 そんな千影が、俺の召喚獣で、大切な恋人だ。

少しでも気に入ってもらえれば嬉しいです。


感想・レビュー・ブクマ・ポイントは作者のやる気に直結します。よろしくお願いします。

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