017.男のメンツ
とりあえず、相手のステータスを確認しよう。情報は戦いを有利にする。まだ戦うと決まったわけではないが。
ベノム:Lv.7
年齢:21歳
種族:ヒューマン
職業:戦士
装備:オークの革鎧 ショートソード
HP:35 MP:10 腕力:34 体力:27 知力:12 魔力:8 敏捷:19 器用:9
スキル:剣術・弱 一刀両断 筋力上昇・弱
ディル:Lv.6
年齢:20歳
種族:ヒューマン
職業:スカウト
装備:バガントの革鎧 ツノウサギの手甲 ショートソード
HP:22 MP:18 腕力:17 体力:20 知力:15 魔力:17 敏捷:33 器用:32
スキル:短剣術・弱 身躱しのステップ 逃走術
ベノムの方はそこそこガタイが良い。わかり易く筋肉を誇示するチンピラだ。ディルは俺と比べてもそんなに変わらないな。ひょろっとした感じだ。
それでも、エルフのリナールさんよりよほど弱いが。本当何者なんだろうあの人。
うーん。
金で解決するなら払ってしまっていいか、とも思うんだが。
どうにも、他の目が「あいつが払うなら便乗して俺の分も奢らせよう」と語っていてね。今手に入った金も一瞬で溶けてしまいそうだ。まだ装備だって包丁のままなのに。
あと、真面目に返してくれるかな? 酒の席だお前のことなんて知るかと言われると泣き寝入り一直線だ。借用書をつくったところでそんなの知らんと一蹴されるだろう。
……考えるのがめんどくさくなってきた。そのままいうか。
「俺にあんた達の酒を奢る理由がない。俺はこの町に居つくわけでもないから、立て替えなら明日明後日には返してもらいたい。だが、一度の勘定すら困窮してるようじゃ厳しいだろう。回収できない恩を売るほどお人よしでもない。他を当たるか素直に謝ってコキ使われてくれ。じゃ」
「じゃ、じゃないんだが? 良いから黙って払えばいいんだよクソガキがっ!」
一方的にまくし立ててみるが、相手も簡単に通してはくれない。こっちは理路整然と伝えたはずなのに。これだから酔っ払いは。
「見てたぞ? 三十万ゴルドなんて大金、お前なんかには贅沢過ぎるんだよ!」
「そうそう、金とそこの娘置いてとっとと失せな!」
「え、いや……金だけでいいんだが。ガキとか邪魔だろ」
「そこは兄貴、育てる楽しさというのがですね」
途中で漫才を挟む余裕があるのか。
俺にはなかった。
千影を置いていけ、と言われたときには既に頭の中が赤く滾っていた。若い体はよく動くが余裕がなくていけない。
俺はベノムの拘束を払いながら逆に掴みかかり、懐に潜り込むとすぐさま腰に乗せ、腕を引きながら床へと打ちすえた。
背負い投げである。この身長差から更に一歩分内へと侵入したのだ、見失えば投げられるのに対処できるはずがない。酒を飲んだ覚束ない足取りなら言うに及ばず、だ。十年以上ぶりにやったので少しおかしかったかもしれないが、試合でもあるまい。
俺はベノムの胸を踏みながら、ディルを睨む。
「まだ酒場のちょっとした諍いで済ませられる。三度目はない。他をあたってくれ」
眼力を強めると、ディルはたたらを踏んで足を滑らせる。呼吸もうまくいかないようだ。
他の連中はというと、ディルのように気当たりする者もいるが、椅子を蹴って臨戦態勢を取る者も多い。気付かずに『威圧』を発動してしまったか。
俺はベノムから降りると千影と連れ立って今度こそギルドから出る。残された男たちは、動けないまま俺たちの姿を見送った。
「それにしても。千影が我慢できるとは思わなかった」
宿屋に向かう途中、何気なく言葉が口をついて出た。
千影なら、俺の首根っこ掴まれたタイミングで二人の首に影で作った刃を這わせてるぐらいのことは想定していた。
しかし実際には、千影は全くの静観の構えを取っていた。ギルドを出るまで、俺の背後でニコニコ佇んでいただけだ。
「ご主人様があのような連中にやられるとも思えませんので」
そうだろうか。
ステータスなら、確かに勝っている。数値操作・弱で適応していっているのだから、単純なレベル差が1しかない相手には負けないだろう。
1対1なら。
相手は最低でも二人、しかもホームだ。呼びかければもう少し人数を増やして圧することもできただろう。俺があいつらをいなせたのは、ひとえに先に手を出し威嚇したからだ。これ以上手を出せば、そちらも相応の手傷を負うぞ、と。
酒代が実際あったのかはわからないが、冒険者は危険な魔獣と戦うことを基本的な生業としている。怪我をすれば治療費はもちろん、その間狩りに出かけることもできない。天秤にかければ、俺とこのまま喧嘩するのと矛を納めるの、どっちに傾くかわかるというものだ。
「余程の馬鹿じゃなければな」
そして余程の馬鹿だったようだ。
俺たちは6人の男たちに囲まれた。ベノムとディルの姿もそこには見える。
「悪いが、俺たちにも面子ってもんがあってよ、新人のFランクごときに舐められてちゃおしまいなんだよ!」
それぞれが武器を抜いた。周りの住民が悲鳴を上げる。
ああ、これはダメだ。論外だ。
喧嘩で武器を抜いちゃいけない。それは道理に反する。
俺だって二人相手に素手で立ち会っていたのに、何故それがわからないんだ。人数を集めた上に殺傷性のある道具を持ち出すとなると。
相応の覚悟はあるんだよな。
俺は6人の男たちを片っ端からスキルを奪っていく。コピーじゃない、カットの方だ。
剣術・弱、一刀両断、筋力上昇・弱、短剣術・弱、身躱しのステップ、逃走術、斧術・弱、筋力上昇・弱、弱肉強食、剣術・弱、刺突術、ヒット&アウェイ、剣術・中、盾術・弱、棒術・弱、乾坤一擲、大車輪。
それらを全てカットし、俺のスキル欄に貼り付けた。人間の使うことができるスキルは、俺も全部使えるようだ。
悪いとは思わない。俺は三度目はないと忠告したし、暴力でむしるための面子など知ったことではない。刺されるまでは誤解かもしれないなんて偽善者もいいところだ。
レベルだけなら、元々剣術・中と盾術を持っていた男が一人だけ二ケタの10。あとはどんぐりの背比べでしかない。
俺は千影を背にし、包丁を抜いた。男たちが面白いものをみたように笑う。
「なんだそりゃ、武器用の短剣すら買えないのかよお前。それでよくエビルジャガーを狩ったなんてフけたもんだぜ」
だからエビルジャガー狩ったのは俺じゃないんだって。
構えると、にたにた笑いもやめ、男たちが次々に襲い掛かってくる。6人集まろうがせいぜい一度に戦えるのは三人までだ、歯を食いしばれ俺。
俺は先ほど頂いた身躱しのステップを踏み、息つく間もない荒れ狂う洪水の中を流れるように捌いていく。押されず、揉まれず、ただ水の流れに逆らわない。
すると、一人がその足をもつれさせた。俺は掌底で顎を抜き、昏倒させる。まず一人。
包丁を抜きはしたが、まだ牽制と攻撃をいなすことにしか使うつもりはない。甘さが残っているだろうか。まだ人を殺しうる武器にそれほど信用していない。
短剣術の効果だろう、思ったより体が動く。逆に相手はどこかぎこちない。俺がスキルを奪ったから。攻撃はするが、そこに重さのようなものを感じないのだ。武器を跳ね上げて包丁の腹で顔をぶっ叩く。二人め。
だが俺の猛攻もここまでだ。盾術の男が立ちはだかると、大きめのラウンドシールドが包丁を阻む。単純に隙を突きにくく、どうにも相性が悪い。穴を探すうちに疲れもあり、他の男からの攻撃も入る。いてぇな畜生。
後ろから膨れ上がった殺気に気づかないようにする。俺が譲れば待ってるのは惨劇だ。どうやら相手も命までは取るつもりないようだ、千影には堪えてもらおう。最悪でも数か月の千影の看病だ、悪くない。
俺は強がって笑って見せた。先ほど転がした男からレイピアを奪い、しならせながら盾で防ぎきれない足元をぶっ叩く。薙いだ攻撃に流石にもんどり打つ男。三人目。
まさか盾術の男まで倒されると思っていなかったのか、交代する人員も浮き足立った。続けざまに横っ腹を叩くが、さすがに革とはいえ鎧の上からでは効果が薄いらしい。レイピアじゃあ顔を薙ぐとそのまま穴を開けそうだ、落ちていた剣を拾い、その腹で額を打つ。四人目。
「そこまでだFランク!」
あと一人、あれ、六人いなかったか? と思った刹那、呼び止められる。
千影が、あろうことかディルに短剣を突き付けられていた。
「馬鹿、よせ!」
俺は本気でディルを止めた。千影がその気になればその腕からミリ単位で切り刻むことなど容易だ。死に急ぐことはない。
しかし千影は、なんでもなさそうに微笑んだ。
「すいません、今回は私、お邪魔なようですので。自重させて頂きますね」
「うえっ!? あれ、腕が透けて……」
千影はその体を透過させると、ディルは目を白黒させながら空を切る自分の手を見た。
自重を覚えるとは。千影も日々成長している。
いやそんなことに感心している場合ではない。俺はまだ呆けたディルを剣で打ちすえ、最後に残ったベノムを睨む。
「まだやるのか」
「くそっ……そんな強いなんて聞いてないぞ! なんでFランクなんかでいるんだ!」
さっき強くなったからな。Fランクなのはまだクエストとやらを通したことがないからだ。
俺は発奮して襲いかかるベノムを冷静に受け、返す刀で首筋に剣を詰める。
「頼むからこの辺にしといてくれ。本当に死人が出る前に」
「ち……っくしょうっ!」
さすがにベノムも勝機がないと悟ったようで、他の男たちの尻を蹴飛ばしながら這う這うの体で逃げ出した。
戦いが終わるとどっと疲れが沸いて出てくる。もう動きたくない。
「お疲れさまでした。ご主人さま、かっこよかったですよ」
「……よく、我慢できたな。えらいぞ」
千影が俺の頭を撫でる。どうやら最初から千影はバックアップに回るつもりだったようだ。俺がエビルジャガーに対して動けなかったのを気にしているのは筒抜けだったようで、今度は矢面に立たないように動いていた。
千影なら、あいつら程度あくびをしながら無力化できるだろう。
しかし、それで俺が売られた喧嘩を買うのはよくない、と自分を律し、最悪の事態以外は動かないつもりだったのだ。
俺のメンツの為に。
本当に、よく気の効く従者サマだ。
そうして、俺は多少の傷を負いながらも、男たちの襲撃を辛くも阻止したのだった。
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