016.買い取りと洗礼
エビルジャガーをDランクからCランクに変更しました。
からんからん、とカウベルが鳴った。
一斉に振り返る目に少しだけ怯む。さすがに出張所とは違って人が多い。もうすぐ陽が暮れるからか、クエスト報告にきて、そのまま併設された酒場で飲む奴も少なくないようだ。あから顔が大半を占めている。
新顔の俺に吟味するような視線を投げる者、すぐに話の続きに戻る者、後ろに控えた千影に反応する者。最後のはなんだ、この世界はロリコンばっかりなのか。
俺は気にせず、受付嬢の一人に話しかける。
「買い取りカウンターってどれですか?」
「買い取りカウンターは一番右の受け付けですね。基本的に向かって左がクエスト受付カウンター、中央にクエスト報告カウンター、右が買い取りカウンターとなっております。その他緊急の報告やそれらに該当しない質問等は最寄りの職員にお申し付けください」
「なるほど、ありがとうございます」
俺は頭を下げると、指示に従い買い取りカウンターへと向かう。
前に並んでいた二人をやり過ごし、俺の番が回ってきた。
「ギルドカードと、何を売りに来たのかの提示を」
顔に傷のあるいかつい男が聞いてくる。俺は胸ポケットからギルドカードをとりだした。
「バガントの革と、魔石。あとエビルジャガーですね。バガントの肉は既に売ってしまったのでありません。じゃあ千影、出してもらえる?」
「はい、ご主人様」
俺に応えて千影がニセ収納袋からそれぞれの品を取り出した。ギルド職員達がざわつく。
「おっと、そうだ」
俺はプログラム操作を起動させた。エビルジャガーを見ると、
威圧、黒炎、天眼のスキルが白く表示される。狂顎は残念ながらもらえないようだ。俺はすぐにコピーして、自分のスキル欄に貼り付ける。カットして万が一魔石の値打ちが下がっても困るし。
バガントの遠吠えも奪えないようだった。叫んで他のバガントが集まるのを防いでみたが、あれではスキルが増えなかったし、ただ同じようなことができればいいというわけでもないのだろう。
いや、そもそもアレがうまくいっていたのかはわからない。直後にボラギノックスがきたわけだし。
「こいつをどこで?」
エビルジャガーを指さす職員。
「東にある村からここにくる途中の街道で。商人の荷馬車に襲い掛かっていたのを俺と千影で助けた」
二人で倒したとはいっていない。華奢な千影だけで倒したといっても鼻で笑われるだろうし。
「簡単に言ってくれるな。奴の肉は硬く、黒炎は熟練の冒険者でも手を焼く。煙どころでは敵を見失わないあの眼に、相手を竦みあがらせる強い威圧感。そしてあの大顎からの噛みつきで、遠近に隙がなく、巨体から想像できないほどの素早さを持つから逃げることも難しい。そんなエビルジャガーを、他に傷つけることなく一度の斬撃で倒すとは。
正直、信じられんな。見たところ若い個体のようだが、それでもだ。他に誰かベテランの協力者がいたのではと勘ぐってしまう、それぐらいヤバい案件なんだ。ランクアップしてE、いや二段階アップのDも十分あり得る」
「要するに、買ってはいただけないということですか?」
これが売れないとなるとちょっと困るんだが。多少の日銭稼ぎなら吝かでもないが、ランクによっては買ってもらえないなんて効率が悪い。俺はこの世界を旅したいのであって、ギルドでコツコツ頑張ってランクを上げたりとかってのはどうでもいいのだ。
「どんな素材でも買う、それは間違いない。問題は、これを受け付けちまうと今後お前さん達にとって不都合なことも起こり得るという話だ。例えば、緊急クエストなんかはギルドに加入していれば、余程のことがない限り拒否できない。千を超すオークの群れが町を襲っている、Dランク以上の冒険者は速やかに排除にあたれ、とかな。EやFはオーク一匹倒すのにも難儀するから最初から数には入れん。
お前たちがこのエビルジャガーを売るといえば、そういった面倒ごとにも巻き込まれるという話だ。これを知らせた上で聞くが、これはお前たち二人で倒したものか?」
「はい、間違いなく、俺たち二人で倒しました」
実際そうなのだから他に言いようがない。
職員のおっさんは頭をがりがりとやりながら、諦めたように紙にペンを走らせた。なんかすまん、おっさん。
「明日またきてくれ、ランクアップしたギルドカードを渡そう。今日中にはちょっと無理だ、ギルドマスターと相談しなくちゃなんねえしな」
それぐらいなら待てる。
おっさんは次にバガントの革を手に取った。
「エビルジャガーに目をやりがちだが、こいつもすごいな……。みごとな革だ。よく鞣されてる」
「それはこっちの千影が……。あ、そうそう、普通に売るのと鞣してから売るのってやっぱ買い取り額違いますか? そうならエビルジャガーのもやっちゃおうかと思ってるんですが」
職員が目を見張っていたが、すぐに顔をあげる。
「手数料は確かに発生しているな。下手に素人がやると皮も肉も傷付くし、そんな技術を覚えるよりもっと先にやることがあるだろう、と怒鳴るところだが……。こいつを見ると、そんな心配もなさそうだ。奥に作業場がある。ついてこい」
俺と千影は連れ立って奥へと向かう。
奥の部屋には作業台が4つあり、職員がせっせと皮を剥いでいるところだった。
「ここを使うといい。道具も一揃いある」
「大丈夫です、自前がありますから」
そういうと千影は収納袋から5種類ほど包丁と、様々な調理器具を取り出し、あっという間に皮を剥いでしまった。その後、塩や水、油等を使い、見る見るうちに巨大な革を仕上げてしまう。
「ふう……お粗末様でした」
十分も掛からなかったのではないだろうか。千影は見事エビルジャガーを鞣し終え、周りにいた他の作業員から拍手を送られている。
「いやあ、若いのに大したもんだ。その手際のよさ、ほれぼれするぜ。どうだ、本格的にここで働かないか。冒険者なんてヤクザな仕事をするより安全で、実入りも安定しているぞ」
「バカ野郎、この子はトップ受付嬢にもなれる器だ。こんな汗臭いとこより、どうせなら花咲くギルド嬢でやっていく方がいいに決まってるだろ! どうだ!」
「いえ、私はご主人様さえいればそれでいいので」
作業員からの勧誘も笑顔で躱す千影。
「くーっ。なんていい子なんだ! おいそこのFランク! こんないい子を奴隷にできるなんて羨ましいにも程があるぞ! ちゃんと面倒見てやれよ、じゃないとぶっ飛ばす!」
「……うっす」
好きに言ってくれるが、まあ俺だって千影を手放す気など毛頭ない。俺たちは作業場から引き揚げて、改めて買い取りカウンターでやり取りする。
「こっちのバガントの革だけが二千だな。それ以外が五千。魔石は一律で千ゴルドだ。エビルジャガーは、作業代分含めて革と肉で二十五万、魔石が八万ってところだ。いいか?」
さすがのCランク、桁が違う。
四人でパーティーを組むのが一般的らしいし、それなら一人あたま約8万ゴルドだ。10ゴルドでリンゴっぽい果物一個分売っているのを見たので、日本円で大体80万円ぐらい。生活費に直せば4か月分ほど。4か月のためにあのレベルの魔獣と戦わなければならないとなると、確かにヤクザな仕事と言われても仕方ない。
……ん? この世界、ヤクザいるのか?
言語・全が翻訳してくれている言葉はあくまで「俺がそう聞こえているだけ」だ。そもそもギルドカードに書かれたランクだって実際にFの文字というわけではない。それに標準語に聞こえたクーガーさんだって俺ほど大陸語はきれいに喋れないと言っていたし。
しばらく考えていたが、ボロが出ないのならそれに越したことはない。俺は36万3千ゴルドを受け取り、ギルドを後にした。
「まあちょっと待てよ」
訂正、後にしようとしたタイミングで、首根っこを掴まれた。
下卑た男たちが、いかにもな顔をして俺を囲む。
「ちょいと飲み過ぎちまったようでな、金が足りないんだわ。先輩に恩を売ると思って立て替えといてくれよ」
驚いた。
こんなテンプレートなチンピラがいるのか。
前世も現世も、底辺には変わりがないようだ。
他のギルドメンバーも、関わりあいになりたくないのか、それともエビルジャガーを持ってきた俺たちの実力を見たいのか、静観の構えだ。
さて、どうしたものかね。
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