013.街道の魔獣
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半日ほど西を歩く、なんて簡単にいってくれるものである。
俺は二時間ほど歩いて既にバテバテだ。体は若かろうが運動不足なのだ、基本的に。
一応五日に一度乗りあい馬車が出ていると聞いたが、丁度昨日がそうだったらしい。
半日のために四日は待てない。
そう思い、えっちらおっちら歩いていたわけだが、勇み足だっただろうか。まだ行程の半分も行ってないとは、軽くゲロ吐きそうである。街道がある分森の中をさ迷ってる時より随分楽なのだが、きついもんはきつい。
俺は道の脇に大きな石にしゃがみ込み、千影から革袋を受け取った。水を流し込み、一息。丁度荷馬車が俺たちを追い越していった。羨ましい。乗せてってくれ。
「休憩いたしますか?」
千影が顔を覗き込む。
「いや、大丈夫だ。ステータスもようやくまともに戻ったしな」
実は、昨日の時点で気づいたことがあったのだ。
俺のステータスをMP全振りして、千影を最大までレベルアップさせればいいんじゃね? と。
結論から言おう。
世の中そんな甘くなかった。
MPを121まで振り、あとは一応HPに、残りは全部1にして召喚を行おうとした。MPがぴったり120じゃないのは、その前の気絶で懲りたからである。
そして召喚しようとしたが、術が発動する気配は微塵もなかった。
この後判明したのだが、どうやらMPだけに振っても意味がないらしく、最低限知力と魔力もその1割ないとダメっぽい。
そこで改めて、MPを101、知力と魔力を11ずつ振ったのだが、出てきたのは同じレベル4の千影だったのだ。
思うに、術者以上のレベルで召喚することはできないのだろう。これで旅ももう少し楽できるかと思ったが、そううまくはいかないようだ。
そしてここで俺を悩ませたのが数値操作のクールタイムだった。
一度の使用で三十分使えなくなる。昨日レベル10の千影にならなかったのがどっと疲れを呼び、そのまま寝てしまったのがよくなかった。朝起き、クーガーさんに別れを告げ、ギルドと雑貨屋に行き、さぁ次の町だというタイミングで思い出したのだ。
極端に低い体力ではすぐに尽きてしまうと、慌てて振ったのだが、一度の数値操作でいじれるのは現在39。体力には多めに振るが、街道で魔獣と遭遇することも考えればそれだけでは足りない。結局、今ようやくまともな数値に振り終わったのだった。
HP:30 MP:1 腕力:30 体力:45 知力:1 魔力:1 敏捷:25 器用:6
うーん、脳筋。
召喚術師とは、プログラマーとはいったい何だったのか。知力も魔法に関わるステータスで、思考力が落ちているわけじゃないようなので思いきって1である。レベルをあげた戦士と、全くあげたことのない学者先生、どちらが頭がいいのか、という話だ。
「千影も、俺に付き合わなくていいんだぞ」
俺の影の中に入っていれば、わざわざ歩く必要はない。
「ご主人様を歩かせて、自分は楽をしようなどという従者がいますか?」
ごもっとも。
俺は千影に水筒を返し、立ち上がった。
腰に佩いた出刃包丁と、バガントの手甲が俺の装備である。歩きにくいのでまな板は返した。荷物が少なくて済むのは本当に楽だ。これで3日分の水と食料も担いでいればもっとはやく弱音を吐いていただろう。
そこから更に三十分ほど歩いただろうか。遠目に、荷馬車が見えた。およそ、先ほど俺たちを抜いていった奴だろう。
「……様子が変だ」
最初は俺たちのように休憩していたのかと思った。馬だってずっと走ってはいられないだろう。
しかしその荷馬車は、馬が繋がれっぱなしのまま、御者が逃げてしまったのだ。さすがにおかしい。
俺たちは駆け足で近づくと、御者の方も気づいたのか俺たちに呼びかけてくる。
「エビルジャガーが出た! この道は無理だ、引き返した方がいい!」
荷馬車の先には、なるほど、灰褐色の巨大な魔獣がいた。
エビルジャガー:Lv3
HP:67 MP:58 腕力:45 体力:50 知力:52 魔力:53 敏捷:67 器用:33
スキル:威圧 黒炎 天眼 狂顎
レベル3の割にずいぶんなステータスである。これが種族差か、泣きたくなるね。こっちは他を絞り出してようやく体力ぐらいなら同等だというのに。
エビルジャガーがこちらに気づく。まだ距離はそこそこ離れているのに。天眼スキルの効果だろうか。
猫科特有の体を伏せ、尻尾を振る動作をする。完全に捕食者の目だ。逃げることは叶わないだろう。
千影の影収納の中にいれば、やり過ごすだけなら可能だ。あいつがその後馬や御者を食い散らかしていくのを見続けることになるだろうが。
あー。なんだってこうなったのかなあ。
俺、この世界に来るまでは「主人公の器じゃない」とか言ってたハズなんだけど。
俺は出刃包丁を抜き、千影は三人に分身した。
エビルジャガーが跳びかかりながら炎を吐く。気持ちの悪い、真っ黒な炎だ。
「遠距離攻撃はずるい!」
力の限り横に跳ねると、なんとか回避に間に合った。体のすぐそばを熱が過ぎていくのがわかる。見れば、触れただけで草原部分の一部が禿げ上がっていた。触れれば骨まで焦げ付きそうだ。
千影が三方から囲むが、エビルジャガーは一人の千影しか見ていない。あの目は真贋もわかるのだろうか。
エビルジャガーが強く吠える。遠くで御者の悲鳴が聞こえた。これが威圧か。精神耐性のおかげでなんともない。間近で聞いて動じない俺たちに、エビルジャガーの方が驚いたようだ。
しかしすぐさま牙を鳴らすと、今度は千影に向かって襲い掛かった。今度は火炎放射ではなく、火球を矢継ぎ早に飛ばしている。やたらめったらな攻撃に、迂闊に近寄れない。
「千影!」
いくら千影でも、この隙間を埋めていくような攻撃には手を焼きそうだ。MP切れを起こすまで影分身で攪乱しようにも、あの目にそれは効かない。
そう思ったのも束の間。
唐突に火球が止まったかと思うと、エビルジャガーの4メートルを越そうかという巨体が沈んだ。
その首は鋭利な切り口で刎ねられている。
「ふう……。中々てこずりましたね」
そういう千影だが、汗の一つもかいてはいなかった。影から出ているのを見ると、どうやら半身を出したり引っ込めたりしながら戦っていたらしい。
しかし、それでも、どうやって。
エビルジャガーにはまだMPに余裕がありそうだった。
「隙間を埋めていくような攻撃でしたので、隙間を縫って攻撃したのです」
…………。
どんな理屈だ。
ああ、俺も薄々感じてはいた。
俺は召喚術師っていうチート職業をもらったのではない。
千影っていう最高のパートナーをもらったのがチートなのだ。
俺たちはエビルジャガーを影収納に押し込むと、気絶していた御者のおっさんを叩き起こした。
「え、エビルジャガーは!」
「俺たちが倒した」
正確には千影が倒した。俺は何もやってないも同然だ。ぐぬぬ、主人としてのプライドが。
俺が答えると、御者のおっさんは驚愕に目を開く。どうやら奴はランクCの魔物で、とても成人には見えない俺たち二人で倒すなんてありえないと豪語した。あまりにもうるさいのでエビルジャガーを買い物袋から取り出したように見せると、更に驚いていた。この買い物袋は収納袋に似せてアレンジした奴だ。村を出る前にちゃっちゃと作ってもらってよかった。
実物をみるとようやく信じる気になったようで、御者は喜び俺たちに握手を求めてきた。忙しい奴である。渡りに船だ、頼んでみよう。
「俺たち、この先にある町に行きたいんだが、載せていってくれないか?」
「いいとも、馬も商品も、私の命すら危なかったぐらいだ。子ども二人増えたところでどうということはない」
御者は商人だったらしい。商人としても、あと数時間の移動でまた別の魔獣に遭遇しないとも限らない。俺たちの戦力が欲しいのだろう。
こうして俺たちは、馬に揺られのんびりと次の街を目指すのだった。
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