010.優しい手
今回の話で、私が描きたかったのは大体描けました。あ、続きますよ?
「なるほど……」
「できそうか?」
用意してもらった部屋に引きこもって千影に説明してみる。クーガーさんは微妙な笑みを浮かべていたが、取りあえずなかったことにしてくれるようだった。
「確約は致しかねます。タッチパネルは使ったことがなかったので。触ったとき、私で反応するでしょうか?」
「それなら、確かマンションのどこかにモバイル用のタッチペンがあったはずだ。それで問題なくいけるだろう」
「そういうことでしたら」
マンションのどこか、というあやふやな情報なのに全く問題なさそうにする千影。家と俺に憑く妖怪として、部屋のことでわからないことなどないのだろう。
生前の最後の記憶はマンションだった。なので、こちらとよほど時間の差が流れていない限りは、あの部屋にまだ俺の死体が残っているはずだ。財布から金や銀行のカードも抜けるだろう。
「二時間で呼び戻す。一番近い銀行の場所は覚えたな? 今は最悪金を引き落としてくるだけでいい。使い道は後で決められるが、死んで口座を凍結されるとそれもできなくなる」
「はい。では、ご主人様。暫しのお別れです」
千影が腰を曲げ、俺は断腸の思いで送還する。
千影は淡い光と共にその場から溶け、瞬く間に消えてしまった。
影の中にいるわけでもない。理外の感覚として、いない。それがひどく寂しい。俺はこんなに心が弱かっただろうか。精神耐性・EXは本当に仕事しているのか?
とにかく、俺は俺でその二時間を消費しなければならない。随分と暇な時間になりそうだ。
クーガーさんに頼み、本を借りて目を通す。質はあまりよくない紙だが、それでも随分と貴重品らしい。村では村長宅にしかないのではないか、とまで言われた。
転載技術がなく、紙はそこそこ貴重で、文字の読み書きできる人がわざわざ別の紙に書き直す作業。30ページほどの薄い本でも銀貨数枚は飛ぶと言われた。娯楽の一種でもあるわけだしな。
手荒に使うつもりはないが、それでも身が引き締まる思いだった。今の手持ちで払えるわけがない。というか無一文だ。先に千影に冒険者ギルドへバガントの素材を売りにいってもらえば良かったか。興奮して全く思いつきもしなかった。やはり精神耐性・EXは仕事していない。
この国の成り立ちの本、童話を数冊、それから小説を借りた。
童話はまだしも小説は金貨まで手が届くらしい。結構です、大丈夫ですよというやり取りを5分ほど続けたが結局折れた。
文字は、予想通り言語・全が働き、すらすらと読めた。日本語ではないという感覚はあるが、それだけだ。これもしかしたらマシン語もいけたのでは。生前にこのスキルがあればと夢想してしまう。
いや、あの会社のことだ、仕事が増えただけか。なんとなく白けた。
二時間と言いはしたが、こちらに来てから時間は千影頼りだった。実際今何分経ったのかわからない。腕時計を付けて眠ればそれもこちらに持ってこれただろうか。しかし過労死はまだしも異世界に飛ぶなんて誰が予測できただろう。
いや過労死はまだしも、って。
まだしもじゃないわ、まさか三十そこそこで死ぬことすら思ってなかったわ。
国の成り立ちと、三冊目の童話を読み終えたところで千影を召喚する。俺の予測が正しければ、MP消費が多いほど千影はレベルが高い状態ででてくるはずだ。一度召喚すればMPは必要ないのだし、全力でやろう。
俺は目を閉じ、体内からこそぎ取るイメージで召喚する。二度目だし、千影が影から出てくるのもそれほど驚きはしな……。
あれ?
血の気がすっと引いていく。地面が近い。千影の悲鳴が聞こえた気がした。
目も開けていられず、俺は重力に従い崩れ落ちた。
☆
「ん……」
「気が付かれましたか、ご主人様」
ゆっくりとまぶたを開く。
頭が痛い。二日酔いを起こしたようだ。向かい酒が欲しい。それか水。
目の前には、最初に召喚したときより少しだけ大人びた少女がいた。後頭部に体温を感じる。これはもしかして、膝枕というのをされているのだろうか。
堪能したいところだが、先に確認したい。
俺は気合いを入れて鑑定眼を発動させる。
千影:Lv.4
称号:おけsrのいjg こ;わえあいjは
職業:妖怪・影女
装備:なし
HP:15→25 MP:10→24 腕力:3→8 体力:7→14 知力:9→21 魔力:20→35 敏捷:8→18 器用:10→23
スキル:影収納 影撃ち 影分身 分裂 模倣 家事・EX
状態:召喚(魔力不足)
スキル等に変わりはないようだし、称号も相変わらず読めない。そういえばこれ言語・全でも読めないのか。よっぽどだな。
レベルは予想通り上がっていた。やはり俺のMP消費に比例して千影のレベルも上がっていくようだ。レベルを一つあげるのに対してMP10か。召喚術師はMPの伸びも良いし、俺がレベルをあげると千影も同じようにあがっていくだろう。それでなくとも数値操作がある。
「驚きました。召喚されたかと思うと、目の前でご主人様が倒れてしまって。二時間と言っていたのに三時間も待たされて、私すごく不安になったんですよって怒りたかったのに、全部ふっとんじゃいました」
すねるように千影が言う。
「金は、どうだった」
「大丈夫でしたよ。今は私の影の中に収納されています」
そうか。
それなら、死亡保険も掛けとくべきだったな、と俺は小さく笑った。残していく人間はいなかったので、病気での保険しか掛けていなかった。
「そんなことより、ご主人様は先ほどまで気絶なされていたのですから。寝起きに頭を使わず、ゆっくり休んでください」
千影の手が優しく俺の髪を撫でる。
気持ちいい。
母親のようだ、と思うと同時に、さて俺の母親がこんなことをしただろうかと記憶を漁る。小学生時代まで遡ってみたがそんなことは皆無だった。
「いいんですよ。私、ご主人様のママになります。ご主人様を産みます」
「もう産まれているのにか」
千影がくすくすと笑う。
「ええ。そして、うんとご主人様を甘やかしてあげるのです。私から離れていかないように。影分身や分裂、模倣も使いましょう。ご主人様のママも、妹も、姉も、娘も、幼馴染も、専属のメイドも、許嫁も、全部私です。私は私のまま、誰にでも変われるので。ご主人様と出会う女性は、全部私なのです」
嬉しそうにいう千影だが、そこに若干の狂気を感じた。どこまで本気なのか、と聞く度胸は俺にはない。
前世では童貞だった俺が、愛が重い、なんてことで悩むことになるとは。人生は本当、何がおこるかわからない。
今はとりあえず、この優しい手に、身を任せることにしよう。
これにて一章は終わりです。
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