罪
「ただいま〜」
息子が帰ってきたのにも気が付かず、私は報告書を再び凝視していた。
「母さん、帰ったけど」
「母さん!」
息子が呼ぶ大きな声に驚き、私はビクッと身体を震わせた。全く気が付かなかった。
「あ……健、おかえり」
「ただいま。母さん大丈夫?」
「うん、何が? 夕飯用意するね」
「……父さんは?」
「えっと、お風呂入ってるよ。あれ、そういえば長いかも?」
時計を見ると、どのくらい呆然としていたのか分かって驚いた。
「どのくらいお風呂入ってるの?」
「えっと、一時間位かな……」
「俺見てくる」
浴室へ向かう息子を見送り、自分の父親の死体を見つける役目にしてしまって……悪い事をしたと罪悪感が押し寄せる。
「父さん?」
息子が驚いて叫ぶ声が聞こえる。
「父さん!」
「か、母さん!」
息子が私を呼んだ。私は救急車を呼ぶ準備をする。それが今の私の役目なのだろう。
救急車が到着して、救急隊員が夫を手際よく運んでいく。
「父さん……」
息子が呆然と救急車を見つめている。
「母さん病院に一緒に着いてくから、健は寝てなさいね。また連絡する」
私も救急車に乗り込むと発車した。夫は寝かされたまま動かない。しかし、まだ生きていたのか……私の心はそれしか思わなかった。
病院に運ばれて、処置される夫を冷たい目で見ていると、警察がやってきた。
「野呂美恵子さんですね。警察署までご同行願えますか」
「……警察」
私は捕まるのか。
頭になかったが、人を殺そうとすれば捕まるに決まっている。家には私と夫しかいなかったのだから、当たり前である。
「旦那様は首に絞められた後があります。詳しくお話しを聞かせてください」
「……息子に連絡させてください」
「はい。少しならいいですよ」
私は息子へ連絡をする。こんな時間に起こしてしまうのは可哀想だ。
「もしもし! 母さん?」
「もしもし健、ごめん、寝てたよね? 父さん一命は取り留めたんだけど、まだ意識は戻ってなくて……」
「そっ……そっか。あの、母さん」
「健、ごめん母さん、警察に行く事になって、父さん誰かに首を絞められた可能性があるみたいなの。あの時、家にいたのは母さんだけだったでしょ? 疑われちゃって……」
「そんなこと!」
「事情聴取だってさ。終わったら帰るけど、いつ帰れるか……健、ごめんね」
私は心から息子に謝った。
「母さん! 俺、多分……」
「美恵子さん、そろそろ」
息子が焦って何か言っているが、警察が割ってきてよく聞き取れなかった。
「え、どういう事? あ、もう電話切らないといけないみたい……」
警察官は電話を受け取り、息子に簡潔に伝えた。
「もしもし、息子さんですね。警察の金城です。ご用のある場合は警察署へ」
「え!」
電話を切って、スマホを私に返す。
「ご協力ありがとうございます。では、参りましょう」
警察の取り調べ中、不意に息子が言っていた不審者の情報を思い出した。
その女の特徴に、私は冷や汗が出ていた。
写真で見た、夫の不倫相手に似ていないだろうか……
もしそうだったら、あのピアスも、ネクタイも、あの女の仕業かもしれない。家に忍び込んでいた?
今も家の周辺にいるのだろうか……
◇
「野呂美恵子さん、家へ帰っていただいて結構です。ご協力ありがとうございました」
唐突に帰宅を言い渡され、私は戸惑った。
「息子さんから通報がありました」
「え?」
「家に侵入していた者に襲われたと、怪我はないようです」
「家に侵入!」
もしや、あの女では?
「それと、ご主人の意識が戻ったそうです」
「あぁ」
これで私は捕まる。夫が私がやったと証言するだろう。病院へ到着すると、意識が戻った夫がベットで横になっていた。
「美恵子……」
「意識、戻ったのね」
「あぁ」
「……犯人、本当に見てないの?」
「あぁ」
私は答えた。
私は自宅へ戻ることができたのであった。
◇
ガチャ
「ただいま」
夫が帰ってきた。
今日も三人で食卓を囲む。
鍵も変えて、この家にいるのは三人だけだ。そのはずである。もうあの女はいない。いつもの日常が戻ってきたのだ。




