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坂の下の家  作者: 紙絵
野呂美恵子 パート店員

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6/10

ピアス

 私は以前、化粧品の案内員をしていた。結婚し、息子が産まれ、仕事も変えた。

 スーパーでのパートをしている自分も、嫌いではなかったのに。


 いつからか夫の行動が不審に思えてきた。きっかけは、香りだ。

 家で香水を付ける文化はないはずだが、夫のスーツから鼻につく香りがした。


 それでも、うちの主人がそんな事をするとは思えなかった。いくら怪しくても、そのときの私は付き合いで飲みに行ったのだろうと思い込んでいた。


 ある時、友人とランチへ行った。

「最近、ママ友が離婚してさ。理由が旦那の不倫らしいんだけど、その不倫相手が別のママ友だったんだって! 信じられないよね」

「うわ〜。それはキツイね……」

「それも何年も前かららしくて、そんなパパに見えなかったのに。人って分からないわぁ」

 友人はストローで、アイスコーヒーを思い切り吸い込んだ。

「不倫かぁ」

「なに、美恵子の旦那さん、怪しい所でもあるの?」

 噂話は大好物である友人の目が光る。

「うちの主人は小心者だし、そんな事できないって!」

 顔の前で手を振る。しかし内心不信感はあるのだ。あの鼻につく匂いは、決まって毎週水曜日にしている。もう何年もである。

「意外と分からないよ? 今、探偵に頼むのも簡単だから、怪しいなら試しに依頼してみるのもアリだよね?」

 その言葉に、美恵子は心が揺れた。



 夫はもうすぐ定年になる。

 それを機に熟年離婚する事も最近では珍しくないが、家は息子がまだ学生だ。しかし……

 私はスマホで探偵事務所を検索していた。


 ◇


「ただいま〜」

「お帰り。ご飯用意するね」

 私はソファから立ち上がる。


「父さんは?」

 息子は家族思いだ。必ず夫の帰宅について聞いてくる。

「今日も遅いみたい。忙しいのね」

 私はそう答えた。


 夫は、退職間近で移住するにあたって以前勤めていた会社を辞めた。私は、その決断の意図が分からず夫を問い詰めたが、結局は夫の仕事であり退職金である。言いなりになるしかなかった。

 しかし、もしかして会社にリストラされたのではないか? と不審に思い、探偵に依頼する事を決断したのだ。


 田舎は静かだ。移住して良かったのは、この静けさかもしれない。交差点に近くて、昼間は車の音もするが、夜は車通りもまばらである。


 ◇


 私はお風呂からあがり自室へと戻る。

 ドアを開け、ベットへ腰掛ける。机の上に置いてある、写真たてが伏せられているのが目に入った。


 あれ?

 私、写真たて伏せたりしたっけ?


 最近、年齢のせいか忘れっぽい。いけないなぁと思いつつ、何かが光ったのが分かった。伏せられた写真立ての上で、それはとても小さい光を放っている。


「ピアス……」


 私はピアスをあけていない。しかも、こんなに分かりやすく堂々と置いてある。

 見つけてくれと言っているようなものではないか。


 ガチャ

「ただいま」


 夫だ。


 私はティッシュでピアスを包み込み、急いで階段を駆け降りた。


「ちょっと、あなた」

「どうした?」

 私の剣幕に気押された夫が、驚きの顔で私を見る。

「ねぇ、何か私に隠してる事ない?」

「何のことだ?」

 夫はソファに座って動かない。

「私の部屋にピアスが落ちてたの。ほら、これ」

 ティッシュに包んだピアスを夫へ見せる。

 誰のかわからないピアスを、直に触るなんて、気持ち悪くて出来そうにない。

「そんなの知らな……」

 夫はそのピアスを見て、顔色を変えた。

「これは、何でここに、今更俺に付き纏っているのか?」

 夫の挙動不審な態度に確信した。このピアスは、夫が誰かに送った物だ。

「あなた、誰か連れ込んでるんじゃないでしょうね?」

「そんな事するわけないだろ? むしろ健じゃないのか、高校生ならなくもない……」

 この男、息子のせいにするなんて最低だ。

「健だとしたら私の部屋には入らないでしょ! 何よこれ、本当気持ち悪い!」

 私は一気に頭に血が上った。そのピアスをゴミ箱に捨てると、自分の部屋へ向かった。

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