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坂の下の家  作者: 紙絵
小林哲志 コンビニ店長

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12/13

味方

 あの交差の近くの家や田んぼは、以前台風で全て浸水している。本当に稀な事ではあるが、地元の人々には周知の事実で、あの場所に新しく家を建てるなんてあり得ないのである。


 一体どんな業者があそこを勧めたのか?


 コンビニ店長の小林は、苦い思いでその家が完成するのを密かに見守っていた。

 しばらくして、その家の前に車が停まり、人が住み始めたのが分かった。

 最近入ったバイトの子が、あの家の住民だと知ったのは最近だ。


「野呂君、上がっていいよ」

 俺はバイトの野呂君に声をかける。こちらに移住してきた学生で、とても真面目に働いてくれる。

「お先に失礼します」

 コンビニの時計は夜九時を指していた。


 ◇


 俺は昔から人が良かった。そして人を受け入れる懐も大きかった。

 小学生のとき、友達が俺の持ち物を隠しても怒らなかった。

 中学生のとき、友達に漫画を貸したまま返ってこなかったときも、それを売り払われていたと知った時も。

 高校生のとき、初めて出来た彼女が友達に取られたときも。俺は怒らなかった。


 ◇


 翌日


「お疲れ様でーす」

「野呂君、お疲れ〜」


 俺は手を挙げて挨拶する。


「どうした? 元気ないじゃん?」

 野呂君はあまりはしゃぐタイプではないが、今日は雰囲気が暗い気がする。


「いや、何だかよく分からない事があって……」

「なに? 聞いてもいいこと?」

 少し躊躇した。

「それが昨日、俺の布団の枕の下に口紅があって、しかも母の部屋にはピアスが置いてあったみたいで……母ピアス開けてないんですけど、ちょっと気持ち悪いなって」

「……それ、お母さんのか聞きずらいね」

「そうなんです。昨日父親と言い合ってたし、母のじゃなかったら、また喧嘩になるし」

「逆にお父さんに聞いてみるのは?」

「父にですか」


 父親の不倫なんて事もありそうだ。なんて不謹慎な事を内心考えてしまった。

 野呂君は父に聞いてもなぁ、という顔をしている。


「あ、もう時間だね。上がっていいよ」

 時計を見ると九時を少し過ぎたくらいだ。

「ありがとうございます。お先に失礼します!」


 時計を見ると九時を少し過ぎたくらいだ。


「ありがとうございます。お先に失礼します!」



 店は野呂君が帰った後も暇だった。

 レジに呼出用のベルを置き、バックヤードで夕飯を食べる。


 しばらくすると、ベルが鳴らされた。急いでレジへ向かう。

 髪の長い女性のお客さんがレジを待っていた。


「いらっしゃいませ〜〜。いつもありがとうございます」

 俺はその女性に気さくに話しかける。ほぼ毎日来る常連さんだ。この田舎には珍しく、いつも徒歩で買いに来る。家が近所なのだろう。


 俺は四十過ぎの独り身を貫いてきた。別に何か信念があるわけではない。気が付いたらこんな年齢になっていただけである。

 俺は密かにこの常連さんに好意を寄せていた。ミステリアスな雰囲気の、俺の周りにはあまりいないタイプの女性なのだ。


「今日は遅い時間に珍しいですね」

「はい。ちょっと締め出されちゃって……」

 そう言って、彼女は俯いた。

「ええ! こんな夜にですか?」

 女性を一人で締め出すなんて、誰かは知らないが非常識である。

「私が悪いので……じゃあ」

 女性が立ち去ろうとするのを、俺は急いで止める。

「どこか行く当てがあるんですか?」

「え? いいえ、特には」

「しばらくバックヤードにいてもいいですよ。夜中は俺一人なので」

 俺は親切心で女性を引き止めた。

「いいんですか? 助かります」


 女性をコンビニのバックヤードに案内する。食べかけの焼きそばを急いで片付ける。

 畳引きで、机とテレビが置いてある。女性に毛布を一つ渡す。

「俺は店にいるのでゆっくりしてください」

「本当にすみません。ありがとうございます」

 女性は頭を下げた。


 あんな女性を、夜中に一人で放り出すなんて、非常識極まりない。


 朝方、女性はバックヤードから出て来た。

「ありがとうございました。私、そろそろ行きます」

「大丈夫ですか?」

「ええ」

 そう言って、口が弧を描く。

「また困った事があったら来てくださいね」

 女性は礼をしてお店を去って行った。


 ◇


「お疲れ様です」

「野呂君、お疲れ〜」


 バイトはいつも通り、適度に来るお客さんの間に品出しをしていく。

 客足が途切れたタイミングで、自然と会話が始まる。


「この前の夜に、締め出されたっていう女の人が来てさ」

「ええ! それは大変ですね」

「そうだよねぇ。夜中に一人で来たんだよ、しばらくバックヤードにいてもらったんだけど……」

「それがいいですよね。事件になってからじゃ遅いですし」

 野呂君が頷く。

「ああいうのって、警察に連絡した方がいいのかな?」

「難しいですよね。大ごとにしていいか、ダメかなんて分からないですもんね」

 二人で真剣に悩んだが、答えは出ない。


「野呂君の家って、あの交差点の横の所だっけ?」

 俺は話を変えた。

「そうです」

「あそこ遮る物ないし、景色良さそうだよね」

「確かに景色いいですね。移住する時に、景色も決め手になったって父が言ってました」

「そうなんだ……」

「どうしました?」

「いや、ううん。時間だね、お疲れ様」

「お疲れ様でした」


 洪水とか浸水とか、言っても困らせるだけだよな……

 俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。


 ◇


 今日は休みだ。コンビニの店長は休みも少ない。人が多い所なら、もっと従業員雇って楽できるのかな〜。

 俺は部屋でゴロゴロしていた。


 喉乾いたな……


 飲み物買うついでに、お店に差し入れでも持ってくかな。

 俺は車に乗り、近所のドーナツ屋に向かった。コンビニへドーナツを持って行き、店員と話していると再びあの女性が来店した。なんだか汗だくで、いつもより化粧が濃いような気がする。


「どうかされました?」

 思わず聞いてしまった。

「私を匿ってもらえませんか?」

「ええ!」

 俺はあまりのお願いに、大いに怯んだ。


 匿う? 隠すって事? 誰から?


「……俺、もう帰るだけなので、こっち来てください」


 俺は急いで女性のもとへ急いだ。何だか切羽詰まった様子である。理由は後だ。車に乗り、自宅へと向かう。

 しかし今日は警察が多い、何かあったのだろうか?


 俺は隣に乗っている女性に気を遣いながら、自宅のマンションへと帰ったのだった。


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