味方
あの交差の近くの家や田んぼは、以前台風で全て浸水している。本当に稀な事ではあるが、地元の人々には周知の事実で、あの場所に新しく家を建てるなんてあり得ないのである。
一体どんな業者があそこを勧めたのか?
コンビニ店長の小林は、苦い思いでその家が完成するのを密かに見守っていた。
しばらくして、その家の前に車が停まり、人が住み始めたのが分かった。
最近入ったバイトの子が、あの家の住民だと知ったのは最近だ。
「野呂君、上がっていいよ」
俺はバイトの野呂君に声をかける。こちらに移住してきた学生で、とても真面目に働いてくれる。
「お先に失礼します」
コンビニの時計は夜九時を指していた。
◇
俺は昔から人が良かった。そして人を受け入れる懐も大きかった。
小学生のとき、友達が俺の持ち物を隠しても怒らなかった。
中学生のとき、友達に漫画を貸したまま返ってこなかったときも、それを売り払われていたと知った時も。
高校生のとき、初めて出来た彼女が友達に取られたときも。俺は怒らなかった。
◇
翌日
「お疲れ様でーす」
「野呂君、お疲れ〜」
俺は手を挙げて挨拶する。
「どうした? 元気ないじゃん?」
野呂君はあまりはしゃぐタイプではないが、今日は雰囲気が暗い気がする。
「いや、何だかよく分からない事があって……」
「なに? 聞いてもいいこと?」
少し躊躇した。
「それが昨日、俺の布団の枕の下に口紅があって、しかも母の部屋にはピアスが置いてあったみたいで……母ピアス開けてないんですけど、ちょっと気持ち悪いなって」
「……それ、お母さんのか聞きずらいね」
「そうなんです。昨日父親と言い合ってたし、母のじゃなかったら、また喧嘩になるし」
「逆にお父さんに聞いてみるのは?」
「父にですか」
父親の不倫なんて事もありそうだ。なんて不謹慎な事を内心考えてしまった。
野呂君は父に聞いてもなぁ、という顔をしている。
「あ、もう時間だね。上がっていいよ」
時計を見ると九時を少し過ぎたくらいだ。
「ありがとうございます。お先に失礼します!」
時計を見ると九時を少し過ぎたくらいだ。
「ありがとうございます。お先に失礼します!」
店は野呂君が帰った後も暇だった。
レジに呼出用のベルを置き、バックヤードで夕飯を食べる。
しばらくすると、ベルが鳴らされた。急いでレジへ向かう。
髪の長い女性のお客さんがレジを待っていた。
「いらっしゃいませ〜〜。いつもありがとうございます」
俺はその女性に気さくに話しかける。ほぼ毎日来る常連さんだ。この田舎には珍しく、いつも徒歩で買いに来る。家が近所なのだろう。
俺は四十過ぎの独り身を貫いてきた。別に何か信念があるわけではない。気が付いたらこんな年齢になっていただけである。
俺は密かにこの常連さんに好意を寄せていた。ミステリアスな雰囲気の、俺の周りにはあまりいないタイプの女性なのだ。
「今日は遅い時間に珍しいですね」
「はい。ちょっと締め出されちゃって……」
そう言って、彼女は俯いた。
「ええ! こんな夜にですか?」
女性を一人で締め出すなんて、誰かは知らないが非常識である。
「私が悪いので……じゃあ」
女性が立ち去ろうとするのを、俺は急いで止める。
「どこか行く当てがあるんですか?」
「え? いいえ、特には」
「しばらくバックヤードにいてもいいですよ。夜中は俺一人なので」
俺は親切心で女性を引き止めた。
「いいんですか? 助かります」
女性をコンビニのバックヤードに案内する。食べかけの焼きそばを急いで片付ける。
畳引きで、机とテレビが置いてある。女性に毛布を一つ渡す。
「俺は店にいるのでゆっくりしてください」
「本当にすみません。ありがとうございます」
女性は頭を下げた。
あんな女性を、夜中に一人で放り出すなんて、非常識極まりない。
朝方、女性はバックヤードから出て来た。
「ありがとうございました。私、そろそろ行きます」
「大丈夫ですか?」
「ええ」
そう言って、口が弧を描く。
「また困った事があったら来てくださいね」
女性は礼をしてお店を去って行った。
◇
「お疲れ様です」
「野呂君、お疲れ〜」
バイトはいつも通り、適度に来るお客さんの間に品出しをしていく。
客足が途切れたタイミングで、自然と会話が始まる。
「この前の夜に、締め出されたっていう女の人が来てさ」
「ええ! それは大変ですね」
「そうだよねぇ。夜中に一人で来たんだよ、しばらくバックヤードにいてもらったんだけど……」
「それがいいですよね。事件になってからじゃ遅いですし」
野呂君が頷く。
「ああいうのって、警察に連絡した方がいいのかな?」
「難しいですよね。大ごとにしていいか、ダメかなんて分からないですもんね」
二人で真剣に悩んだが、答えは出ない。
「野呂君の家って、あの交差点の横の所だっけ?」
俺は話を変えた。
「そうです」
「あそこ遮る物ないし、景色良さそうだよね」
「確かに景色いいですね。移住する時に、景色も決め手になったって父が言ってました」
「そうなんだ……」
「どうしました?」
「いや、ううん。時間だね、お疲れ様」
「お疲れ様でした」
洪水とか浸水とか、言っても困らせるだけだよな……
俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。
◇
今日は休みだ。コンビニの店長は休みも少ない。人が多い所なら、もっと従業員雇って楽できるのかな〜。
俺は部屋でゴロゴロしていた。
喉乾いたな……
飲み物買うついでに、お店に差し入れでも持ってくかな。
俺は車に乗り、近所のドーナツ屋に向かった。コンビニへドーナツを持って行き、店員と話していると再びあの女性が来店した。なんだか汗だくで、いつもより化粧が濃いような気がする。
「どうかされました?」
思わず聞いてしまった。
「私を匿ってもらえませんか?」
「ええ!」
俺はあまりのお願いに、大いに怯んだ。
匿う? 隠すって事? 誰から?
「……俺、もう帰るだけなので、こっち来てください」
俺は急いで女性のもとへ急いだ。何だか切羽詰まった様子である。理由は後だ。車に乗り、自宅へと向かう。
しかし今日は警察が多い、何かあったのだろうか?
俺は隣に乗っている女性に気を遣いながら、自宅のマンションへと帰ったのだった。




