日常のはじまり
俺は高校を卒業し、都内の大学に進学した。今日は久しぶりに実家に帰省する。
駅に母が車で迎えに来てくれた。父は家で留守番らしい。
「健、久しぶりだね。元気でやってるの?」
母の質問に前を向いたまま答える。
「まぁね」
「あ、ちょっとコンビニ寄ってもいい? パンと牛乳切れてて」
以前バイトしていたコンビニへ立ち寄る。あの不審者騒動で、バイトを辞めてから始めて来る。
「いらっしゃいませ〜、あれ。野呂君?」
店長が元気に出迎えてくれた。
「はい。お久しぶりです」
「大学生になったんだよね? いやぁ、垢抜けちゃって〜」
親戚のおじさんのような距離感に心が和む。
「店長は相変わらず元気ですね」
母が牛乳とパンを持ってレジに来た。
「はいはい〜」
店長がレジへ向かおうとすると、もう一人の店員がバックヤードから出てきた。
「哲志さん、私やりますよ」
俺はその店員さんをチラっと見た。長い黒髪を一つに縛り、コンビニの制服を着て、マスクを着けている。
「380円です」
「はい。健、母さん車に行ってるね」
俺は、その店員に見覚えがあった。
「そういえば、野呂君は知らないよね。俺、結婚したんだ。この人と」
その店員は、ゆっくりマスクを外す。その赤い口元が、弧を描く。俺は目が離せなかった。
それは、俺の家に住み着いていて、俺を追いかけたあの女だった。
その女性がゆっくりこちらを向いた。口元は弧を描いたまま。隣に並ぶ店長は、とても幸せそうだった。
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