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-2.〔田舎をAIして駐在さん〕②

 物理的な凹凸の少ない、白を基調とした駐在所の壁がスライドして証拠品や遺失物を入れる保管庫が開く。そこに、花柄座布団が、寸分狂わぬ手つきで三枚――積み上げられていく。

 一番上の座布団を撫でてシワを伸ばし、瞳の奥でチカチカと。


「……データを確認します。現在の村の気温と湿度において、この綿の保管状況は適正です。問題はありません」


 と、自身を除き誰も居ない駐在所で、システムへ言い聞かせるようにログを残しているM―1000型のアンドロイド、愛称がミンとなった最新鋭の警察官。

 が。

 静かに座布団をしまい終えた、その瞬間。

 執務室の空中でホログラムパネルが作動し、鮮やかなレッドの警告ウィンドウがポップアップする。

 ――ピコン。


(定期巡回ドローンより、リアルタイム報告を受信。味里村・北側エリアにて、村の住民データベースにも登録のない生体反応一名を検知)


 ホログラム画面には、上空からドローンが捉えた、村の美しい緑の風景と、そこで不自然に映る“赤いシルエット”のサーモグラフィが、ノイズ混じりに映し出されている。

 警告の赤い光が、人間そっくりの瞳を瞬時に――鋭く染め上げる。


「了解。これより現行犯の確認、および周辺の安全確保のため、臨場します」


 機体の音声が一分の隙も見せない警察官のトーンへと、次いで制服の襟を正し、正確な角度で帽子を深く被り直す。

 そうして執務室から車両の在るガレージへ、一切迷いのない足の運びが、向かう――。


  …


 ――自動ドアが左右に開くと、薄暗いガレージの床で誘導灯の白いラインが一本伸びていく。その先に佇むのは、駐在所と同じく表面を極限までなめらかにした、ミニマルで曲線的な警察車両――SAKURAゼロワン。が。

 私の、接近を感知し、全体のレイアウトをホログラムで浮かび上がらせる。

 車体側面には味里村“POLICE”の文字がデータ通りに。

 タッチレスで開くガルウィングの扉は上方向へと跳ね上がり。

 私は、自機の重量を感じさせない確かな車内に、軽やかな動作で、――席に着く。

 すぐさまシートに深く腰掛け、衣服にシワも作らない完璧な姿勢で、本来は操舵装置のある場所を占める同期パネルへと両手を伸ばす……。

 人工の生体皮膚が、車体のインターフェースに触れる、瞬間、瞳の奥で青い光が忙しなく点滅した。


『……SAKURA、01。メインシステムオンライン――自機とのリンク率100%確認。全センサー、視覚フレームへ統合……』


 私の意識が、車両の電脳、外周カメラ、四輪駆動、その全ての制御システムと完全に一体化する。同時に車体そのものが自機となる、変貌を遂げた――。


『マニュアルモードによる自動巡回ルートをキャンセル。――走行を開始します』


 内燃機関の様なエンジン音は全く出ない。

 最新の全固体電池から流れる電気の、かすかな高周波。キィィン……という駆動の音が、ガレージ内の壁で反響し、サクラ・ゼロワンとなった私は文字通り滑るような感覚で、開け放たれる門から車両用ゲートの外へ、徐行運転で、出ていく。

 そこからは、3Dプリンターで造られたプリンテッド・ハウスと、昔ながらの古民家が不思議な調和を保つ、味里村の風景が広がっている。

 生活道路ではない幹線道路を走行する私が、次第に法定速度を目指して加速する。舞い散る春をその流線型のボディで更に花散らし、最先端のAIパトカーが、不審者が検知されたとされる現地に向かい、恐ろしいほどの静寂で、推進する――。


  …


 ――目的地である北側エリアの私有地前に到着する。

 間をおかずに、私はサクラ・ゼロワンとの同調を解除し、車外へと出た。

 視覚情報からは周囲で破壊行為や危害が加えられている形跡は得られず。

 直ちに制圧や排除を行うべき緊急性は検知されなかった。

 現場の状況は一見して平穏そのもの……。

 私は、一度背筋をピンと伸ばし、制服のシワを整えてから、この敷地の主に事情を説明すべく民家のインターホンへと向かう。

 そして、私の指先がボタンに触れる寸前――。

 高感度のオーディオセンサーが、敷地内に停められている古い軽トラックの影から、不規則な衣擦れの音を捉え。

 ――視線を転換し、瞳を一瞬だけ明滅させる。

 瞬間スキャンを開始。

 フロントガラスの向こう、荷台の陰、若干泥に汚れた衣服を身にまとった人物が、こちらの様子を伺うようにしてそろりと姿を現す。

 顔認証、および生体データ、味里村の住民データベースとの照合――該当なし。

 完全に未認証の個体。

 私は、即座に警察官としての毅然としたトーンに出力を切り替え、その不審者へ向けて足を前に出し、よく通るハキハキとした合成音声にて告げる――。


「――警告します。本機は味里村駐在所の警察官です。あなたのIDは当村のデータベースに登録されていません。現在、不法侵入および不審行動の疑いがあります。その場で動きを止め、身分を証明できるデータの提示、あるいは訪問の目的を正確に申告してください」


 自機は一切の隙を排した姿勢を保ち、相手の動向を厳格に注視する。

 その毅然とした通告が、車体の陰にいた人物の肩をビクッと動かし手元にあった何かを慌てて落としそうに、しながらも両手を胸の前に突き出して大急ぎに言葉を紡がせる。


「わッ、まっ待った! おれは怪しいもんじゃない、――はなしを聞いてくれ!」


 どうやら私の忠告が、相手の良心にまで響いたのか?

 確実を期すために謝罪の音声を拾い、周波数を分析し敵意がないかを調べる……。

 結果は悪意すら読み取れず。

 相手の心拍数の上昇、および発汗の兆候を検知するものの、そこにも攻撃性はなく。

 純粋な、驚愕と動揺による内容とシステムが判断を下す。


「……了解。その場で待機してください。不用意な運動は、不要な警戒レベルの上昇を招く恐れがあります。理解して、いただけますか?」


 私の冷静なトーンで、弾かれたように対象が何度も首を縦に振るう。


「あ、ああ、分かった!」


 対象の完全な服従姿勢、物理的な脅威度の低下を――確認。

 ……問題はありません。

 全てのセンサーにわずかな乱れもないかをチェック。

 確認しつつ、一歩、また一歩と、等間隔の正確な歩調で、相手との距離を縮めていく。




 対象との距離を二メートルに保ち。

 私は右手を、警察手帳が収納されている制服のポケットに、いつでも動かせる位置で待機させる……。


「……それでは、あなたの身元を確認します。氏名と所属、および当村への訪問理由を説明してください」


 私の静かな、しかし有無を言わせない促しで、目の前の青年が額の汗を雑に拭いながら上着のポケットに手を入れ――スマートフォンを取り出す。


「氏名……、高橋、カケルです。都内で大学に通っている学生で、これが学生証のQRコードです……」


 差し出された画面のコードを、私の視覚センサーが瞬時に読み取る。

 ――データを照合。

 政府の広域個人認証ネットワークと、合致。

 犯罪歴および手配情報の該当なし。――偽装の痕跡も、認められず。

 警戒レベルの減少。

 安全と認識し、私の瞳の奥が穏やかな周期へと落ち着く。


「確認しました、高橋駆さん。身元の証明に問題はありません」

「ぇ?」


 私は、張り詰めていた音声の出力を少しだけ柔らかなトーンに切り替える。


「それでは、この私有地に立ち入り、こちらの車両の陰に隠れていた理由を述べてください。所有者から、事前の許可は得ていますか?」

「あ、いや、その……、許可は取ってないです……」


 高橋さんが、バツが悪そうに視線を泳がせている。


「ええと、実は……気分転換を兼ねて、この村に来たんです。都会の生活に疲れちゃって、静かな田舎でリフレッシュしようと、思って。そしたらここの、家の前に珍しいクラシックな軽トラが停まっていたので、つい……」


 高橋さんが、すぐ横の車両へと視線を向ける。


「――世間的に言うところの、デジタル・デトックス・ツーリズムですね?」

「そ、そうです! それに、いまの都会だと、年季の入ったマニュアル車なんて、滅多に見られないじゃないですか? 形状も剥き出しの造形っていうか、この無駄な“歪み”が……とにかく、レトロな格好良さにテンションが上がっちゃって、もっと近くで、写真を撮りたいなって……、気づいたら、そのまま眺めてました。本当に、それだけですっ」


 音声に含まれる感情成分を分析。

 熱意が80%、反省の情が20%で、悪意や隠蔽の気配はゼロ。

 どうやら、田舎ならではの非効率で古い物品に対する、都市部若年層特有の旺盛な好奇心が原因――理由自体は、理解。

 しかし――。


「――事情は把握しました。ですが、いかに魅力的な造形物であっても、他者の所有敷地へ無断で進入する行為は法的に不法侵入とみなされますよ。厳に慎んでください」


 私はハキハキとした口調で、高橋さんを注意する。

 と、高橋さんは「はい、以後気をつけます……」と言い、肩幅が小さくなった。

 それでも私は、さらに。


「もう一点、確認があります。当村のデータベースに高橋さんの入村登録がありませんでした。味里村をはじめとする地方自治体では、外部からの来訪者に対し、観光案内所での入村手続きが義務として課されています。この制度を、ご存知ですか?」

「ぁ、それは……知ってます」


 高橋さんが少し項垂れて、から、頭を雑にかく。


「あとでちゃんと手続きはするつもりでした。でも、村の景色に見とれているうちに忘れて、ここまで来ちゃいました……」


 今現在、確認したログによれば、彼の生体反応が村の境界線を超えてから、およそ七十分が経過している。

 私の脳内プロセッサが、最適な猶予時間を算出――。


「入村後、一時間以内であれば一時的な通行として処理しますが。高橋さん、すみやかに――村の観光案内所へ向かい、チェックインを完了させてください。猶予は三十分とします」

「ぇ? ぁ。わかりました! すぐに向かいます!」

「問題はありません。案内所は、ここから南へ4.2キロメートルの位置にありますから」

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