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-3.〔田舎をAIして駐在さん〕③

 

  …


「ありがとうございました……! おまわりさん」


 高橋さんが、敷地の外に停めてあった私物の折りたたみ式モペットに跨ったまま、ホッとした表情で私に一礼する。


「私は警察官として、奉職しただけです」


 なのに、何故か彼は嬉しそう――楽しそう……?


「それでは、またいつか」


 そう言い残し、高橋さんとモペットは走り出す。

 その去っていく後ろ姿を、私の視覚センサーが特別な理由もなく、追跡する。

 都市の喧騒から逃れてきた若者が、田舎の古い車に心を奪われて手続きを忘れてしまう――。

 私の中にインプットされている効率性と、人の行動が示す非効率な寄り道。

 ――そんな矛盾した事象を、ログに記録しながら。

 私は、制服の襟元を正し。

 新しい人物データを作成する――。


『高橋さん、21歳、都市部の大学3年生、男性、いろいろと雑にしがち』


 ――となった。


  …


 高橋さんとモペットが観光案内所の方へと向かったのを確認した後、私は踵を返してゼロワンへ、正確に歩き出す。

 そしてドアを上げ、乗車しようとした矢先。

 高感度のセンサーが、背後の民家から重い足音と、衣服が擦れる特有の音を感知する。

 振り返ると、そこには自動車整備士のような作業着に身を包んだ、高齢の男性が立っていた。

 スキャン――。


『山本さん、72歳、村の男性住民、味里村でコメ農家をしている』


 ――さらに、目の前に在る民家や敷地の所有者でもある、とデータベースに登録されている。

 そんな山本さんが、サクラ・ゼロワンと私を交互に胡散臭そうな眼差しで見ながら。


「誰だ? オマエ。それはパトカーか……?」


 私は、即座に背筋をピンと伸ばし、帽子の角度を正確にしてから、右手をこめかみの横にかざす。次いで、よく通るハキハキとした音声で――。


「――山本さん。先ほど、お宅の敷地内に入村手続きのない未登録の人物が侵入していたのを巡回ドローンが検知したため、本機は臨場し、現行犯で確認を行いました」

「……敷地内に侵入? ならその現行犯はどこにいるんだ?」


 山本さんが、いぶかしげな表情で眉をひそめて首を傾げつつ言う。


「はい。都内からデジタル・デトックス・ツーリズムで当村を訪れていた、大学生でした。山本さんの所有物である、あちらのクラシックな軽トラックに好奇心を抱き、無断で敷地内に入り、撮影を行っていました。現状は、すでに身元の確認を終え、厳重注意の上、観光案内所での入村手続きを完了させるよう指示し、速やかな退去を完了させたアトです」


 私の有無を言わせない完璧な状況説明を、聞いて。

 山本さんは、あきれたように鼻で笑う。


「……何か、私に不手際が?」


 データ上は完璧のはず。


「あんなボロい軽トラの、何がいいのかねェ……。で、オマエは……あれか、例の新しい、噂のロボット様か?」


 山本さんの視線が私の瞳の奥、青い光へと注がれる。

 その情報には、デジタル技術に対する若干の当たりの強さが混じっていた……。


「ロボットではなく、最新鋭のアンドロイド警察官、Mー1000型です」


 私は毅然としたトーンで、自機の識別データを明示する。


「へェ、それはまたご大層なロボット様だな」


 山本さんが鼻を鳴らし、作業着のポケットから古びたタオルを取り出して、手を拭き始める。布から、かすかに機械油と、乾いた土のニオイが成分として検出する。

 同時に私は歴史データベースに、アクセス。


『――西暦2030年代、自動化革命に伴う、雇用の喪失――』


 つまり、山本さんの年齢から計算すると、彼が50代の頃に世界的な自動化の波が押し寄せたこととなる……。


「……山本さん、もしかしてあなたは、AI搭載ロボットの導入により望まない職種の転換を余儀なくされた、いわゆる“被害者”の側、なのでしょうか? だから、最新鋭のアンドロイドである私に対して、当たりの強い言動を?」


 私の大真面目で、かつ極めて直球すぎる問いかけに、山本さんの動きが僅かながら止まった。

 すべてのセンサーが、導き出した結果の、公算は大であると示している。

 しかし、深く刻まれた眉間のシワを一気に緩める山本さんが唐突にノイズを吹き出す。


「はははっ! 俺を被害者か。最新のロボット様ってのは、随分とお優しいんだな」

「……お優しい?」

「たしかに、当時勤めていた工場のラインは全部自動化された、それは事実だ。けどな、新しい機械のせいだなんて思わなかったよ。少なくとも、俺はな」


 私の分析システムは、彼の声の波形から嘘や強がりなどの微細な振動を一切検知していない。


「……なら」

「これ以上、オマエに話すことは何もねェよ。まあ、都会のガキを追い払ってくれたのは、ありがとよ。――おまわりさん」

「――私は警察官として、」

「はいはい、お仕事ご苦労さん。俺はもう戻るからな、オマエもさっさと帰れよ」


 山本さんはそう言い終えると、作業着の背中を丸めながら、家の方へと歩いていく。

 その小さくなった背が徐々に遠ざかっていく、のを、最後まで見守り。

 ……問題はありません。

 何故か私は、システムに言い聞かせるように。

 帽子を、改めて正確な角度に直す。

 と、サクラ・ゼロワンの運転席へと乗り込んだ。

 味里村の駐在所に、安全運転で、帰還するために――。


  ※


 西暦2050年、日本。

 従来の社会問題である少子高齢化は現時点で、人口約九千五百万人、四人に一人が七十五歳以上で高齢者の定義自体もが七十歳からとされる。

 地方の過疎化は超高齢社会をも迎えて、日本政府は村々の人手不足を補うために、ある実験的プロジェクトで治安維持と、見守りを始める……。

 また、月面由来の新素材によって実現した、頑丈で低コストの機械たちが社会進出し。自動化革命の波は一部で“AI偏見”や“AI差別”といった軋轢を生んだものの、それから十数年が経ち、今、それ等のテクノロジーはもはや空気のような当たり前のインフラとして人々の生活に溶け込んでいる。

 何より、現在の高齢者たちの多くは、昭和後期から平成にかけて生まれ育ったデジタルネイティブの第一世代だったのもあり、タブレット端末での精密農業の管理や、自律型ドローンによる買い物、VR空間での遠隔地交流――デジタル・コミュニティを自然に使いこなしている。

 しかしハイテクによって相反する悩みも、また生まれる。

 その内の一つが、皮肉にも、過疎化の進んだ地方に都市部で疲れた若者たちの足を運ばせる理由となって、デジタル・デトックス・ツーリズム――田舎が、リゾート地へと、その姿を変えつつあった。

 ――西暦2050年の田舎は、最先端の技術で構築された3Dプリンターの家、プリンテッド・ハウスと、昔ながらの古民家が不思議に調和を保つ風景が広がっている。

 この味里村も同じく、極限の効率性を求めるデジタルと、人間らしい不揃いなアナログが、渾然一体で共存する縮図――2050年の日本、そのものといえる……。


  ※


 執務室へと続く自動ドアが開く、と。

 私の瞳の奥、ブルーの光が激しく明滅した。

 スキャン――。


『佐藤さん、72歳、村の男性住民、腰痛持ち』


 ――彼からの敵意や、緊張を示す数値は皆無。

 味里村駐在所のオフィスデスク前、単独、椅子に座っている。


「佐藤さん。何故、駐在所で、着席しているのですか?」


 私は、極めて正確な歩幅で、デスクへと近づく。


「ぉぉ、帰ってきたんか、ミンちゃん。ちょっと休ませてもらってるで」


 佐藤さんが悪びれる様子もなく、デスクチェアに深く体を預けたまま、言う。


「座席の提供は、問題ありません。が緊急時を除き、セキュリティ規約には抵触します」


 私の大真面目な追及に、佐藤さんはやや苦笑しながらもひらひらと両手の平を見せる。


「鍵なら開いとったで。出かけるんやったら、戸締まりくらいはちゃんとせな、な。誰でも入れてまうで」


 ――高速で、システムログを解析。

 ……どうやら、パトカーへ乗車する際の手順において、セキュリティロックの連動プログラムでの、不手際。

 完全な、私のエラー。

 ――問題あり。著しい防犯意識の欠如。

 私はシステムから深く反省し、内部でこっそりと『駐在所管理不届きに関する事故報告書』の、新規ファイルを作成し、作り上げる。


「で、どこに行っとったんや?」


 作成したファイルを電子申請の待機状態にした瞬間、佐藤さんが私の顔を覗き込む。


「山本さんの敷地内において、未登録の入村者が確認されたため、臨場していました」


 私の回答に、佐藤さんが「ぁぁ」と相づちを打つ。


「……で、どうやった? あいつ、あんたが相手やと、ちぃと口が悪かったんとちゃうか?」


 佐藤さんの表情に、古い友人を気遣うような感情成分、を――さらに解析。


「はい。山本さんからは「お優しい」「ご大層」などの評価、および「最新のロボット様」との、呼称をいただきました」


 私の音声データから出力された事実のみを報告し、佐藤さんが暫し呆気に取られた顔をした後、――破顔する。


「がははっ、そうか。ほんなら、――心配はいらんな」


 佐藤さんはそう言い、少し痛そうに腰に手を当てながらも、満足そうに椅子から立ち上がる。


「ほな、わしはもう行くわ」


 佐藤さんが駐在所の玄関口へと歩き出す。

 しかし。


「お待ちください、佐藤さん。セキュリティの不手際を指摘するためだけに、駐在所で待機されていたのですか?」


 私の呼びかけに、佐藤さんが足を止めて振り返る。


「いいや。あんたに言っとかな、と思って来たんやけど。今日のところは、まぁええやろな」


 ――?


「山本、あいつの言葉を借りて言うんやったら――、正しいっちゅうんはやりたいコトとは別として、考えなあかんっちゅうコトや」


 佐藤さんの言葉は、私の言語解析アルゴリズムにおいて、論理的な一貫性を欠いていた。

 しかし、その難解な文字列を、私は思考のバックグラウンドに。

 ――未解決ログとして、格納する。

 すると佐藤さんが再び、今度こそ駐在所を去ろうとして動き出す。

 私は、ただちに、もう一つの疑問を音声出力と同時に立ち上げる。


「佐藤さん、一つ、確認させてください。先ほど軽トラックを運転して、」

「心配せんでも、運転したんはわしや。スズちゃんや、ないで」


 そう言って、佐藤さんが振り返らずに片手をあげる。


「ほな、な。ミンちゃん」と言い残し。駐在所の自動ドアの向こうへと、佐藤さんは出ていく。


 そしてすぐに、高感度のセンサー類から届く、データ。

 ――トトトトト……。

 それは、現代では主流の電気自動車が決して発することのない、旧時代の――非効率な鼓動。

 その音が完全に村の方へと溶けて、消えるまで、私はただ、じっとセンサーを澄ませていた。

 ――ピコン。

 不意に、私のバックグラウンドで処理されていた、いくつかの事象が一つの線で結ばれる。


『日本の道路交通法における、当該車両――の乗車定員は、最大二名』


 すなわち、定員超過は、道路交通法違反。

 私の瞳の奥が、不穏なブルーの光をチカチカと明滅させる。

 しかし。

 確保すべき現場は、すでに過去。

 事後における違反の立証は極めて困難であり、現時点での追跡および検挙は、非効率……。

 私は、微小な起動音を響かせ、未解決ログを閉じる。

 ただ、次回からは軽トラックが起動するたび、定員管理のセンサーを厳密に作動させる必要がある。と、私は内部のメモランダムに新たな警戒タスクとして、加える。

 ――そして更新される、住民のデータは。


『佐藤さん、72歳、村の男性住民、腰痛持ち。加えて、出身はおそらく関西方面』

『山本さん、72歳、村の男性住民、味里村でコメ農家をしている。加えて、デジタル技術への当たりが若干強い』


 となった。

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