第九話
「ああああアアアアアアアああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い許して下さい許して下さい許して許して許して許して許して許して許して許して下さいお願いします痛いんです痛いんです指が指が指が指が指が無いんです無いんです許して下さい許して下さいお願いしますお願いしますああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して許して下さい許して下さい許して下さい許して許して許して許して許して許して許して許して下さいーぃぃぃぃぃぃィィィィィ!!!」
「うわぁうるさい。」
拷問はつつがなく始まった。
地下室で、薄暗く、昼夜の概念は無く、不眠不休、灯りはランタンのみで、延々と尋問と暴力の繰り返し。
初めは、「あんたらなんかに話すことなんてこれっぽっちも無いわよ!!さっさと離しなさい!!」と強気だったというのに、今ではこれだ。
惨殺寸前の傷口の数々、そしてそれを抉るように刺さったままの刃物、暴れすぎて縄に擦れ、爛れた皮膚。
虚ろな瞳は現実を見ておらず、痛みにのみ意識が向かっている。
指は十本あったというのに、もう三本しか残っていない。
内臓の色すら分かるという状態で、彼女は必死にもがいている。
縛りつけた椅子はがたがたと揺らされていたというのに、もうその気力すらも残っていないのだろう。
「お、お、お、願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします話します話します話します話しますお願いです話しますだから質問して下さいお願いしますそしたら答えますだから答えたら出して出して出して帰して帰して帰して帰して下さい答えますから許して痛いんです痛いんですーゥゥゥもう痛いの嫌なんですゥウ何でもします何でもします何でも何でも何でも何でも何でも何でも何でもーぉぉ・・・。」
僕の手元に視線を向けながら、一心不乱に叫ぶ。
心臓の、激しい拍動、壊れ、打ち破れ、皮だけになってしまいそうなその脈拍、それが空気を伝って僕に訴えかけているように感じる。手に取るように分かる気がする。
声は掠れ、その美しい、威厳に満ちていた姿はもはや面影だけとなり、急速に老いたように見える。
それは精神的な傷が蓄積しているからだろう。
「じゃあ、転移者が元居た世界に帰る方法を教えて下さぁい。」
僕の言葉に激しく動揺したようで、体が、その疲れ切った肉体が、びくり、と痙攣に近いように揺れる。
「ん?どうしたんです?知っている筈ですよねぇ?だって魔王さんの部下さんですもんねぇ?」
僕は針を指先で持ち、揺らしてちらつかせてみる。
それを見て、ひゅ、と息を吸い込む音が聞こえる。
「嫌ーーーぁぁぁぁぁぁぁぁァァァぁぁぁぁあああああアアアア!!!許して下さい許して下さい許して下さい!!知らないのです!!何も!!そんな方法、知らないーィィ!!お答え出来ないのですゥゥーぅぅ!!!」
「本当に?嘘吐いたら嫌ですよぉ?」
そう言ってまた針を突き刺す。
ここに至るまでの経緯は四十八時間あり、その過程全てを記しては、精神衛生上良くないと思い割愛するけれど、そこそこ陰惨かつ残虐な手段を取り、心を折った筈だ。
隠し立てなんて出来ない。
悲鳴が上がる。
これだけ叫んでも誰も来ない。
きっと彼女がここに居ることすら、彼女の部下や上司は知らないだろう。
「ああああああアアアアアアアアアあああああああああァァァぁぁ!!!!許して下さい許して下さい許して下さいーィぃ!!!!」
しかし、彼女が魔王の部下であれば、知らないなんてことは有り得ないからだ。
「貴方は、魔王さんの部下。そして転移者である僕らを街で見つけ、追いかけて来ていた、そういうことですねぇ?」
「はい・・・はいはいはいはいはいはいはいはい!!その通りです!!」
「うん。それで転移者である僕らを戦闘不能にしようとした。そうですねぇ?」
激しく頷くのを見ながら、やはり辻褄が合わない、と思う。
「じゃあ何で知らないんですかぁ。」
「知らないんです本当なんです本当なんです!!信じて下さい私も誰も知らないんですどうして信じてくれないのです、本当なんです、誰か他の魔王軍に訊けば皆そう言うんです本当なのだから痛めつけないで痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い本当なんです本当なんです本当本当本当本当本当に・・・!!!」
残っていた指を切り落とす。
また悲鳴が上がる。
ここまでやっても吐かないのなら、本当に知らないのだろう。
「・・・分かりましたぁ、貴方は知らないと判断して、次に移りましょう。幾つか質問するので、正直に答えて下さいねぇ。」
「はい、はい、はい、分かりました嘘は吐きません本当のこと言いますちゃんと言います。」
「よし、良いでしょう。じゃあ質問しますよぅ?」
僕はいくつか質問を組み立てながら質問を始める。
「僕らを見かけた街は?」
「も、モス・オーキッド、です。」
どこだそこ。
「どこですそこ。」
「はい、申し上げます、申し上げますとも、夜、夜中です、夜中に潜伏していた所、貴方がドアを叩いて、何かと開けてみれば、遠くに殺人の現場と、貴方がそれを口に出しておりました。」
「・・・あぁー・・・。」
もしかして、新聞売りの子供を殺した街だろうか。
そんな名前だったのか。
しかしモス・オーキッド、か・・・。
「あぁ、胡蝶の夢。言い得て妙ですねぇ。夢を操る人間との初対面が胡蝶蘭の名を冠するとはぁ。」
「・・・?」
「あぁいえ、何でもないですぅ。日本語じゃないですしねぇ。でも僕、貴方みたいな美人さん、見た事無いと思うんですけどぉ。」
がくがくと震えながら、「いえ、いえ、違います。私は夢と、認識、つまりその脳に、瞳に映るものを操る事が出来ます。夢を操るのではなく、脳を操作するのです!だから本人の予想を超えたものは見せられませんし、本人の知らないことも見せられないのです!!」と必死に訴える。
だから僕は「彼女」の名前を知ることが出来なかった。
だって知らないから。
そういうことだろう。
もしかしたらあの質問をした時点で、遅かれ早かれ、僕は夢から覚めていたかもしれない。
僕はあまりにも、知らないことが多過ぎるから。必ず綻んでいただろうから。
とはいえ都合の良いことを言っている可能性もある。
「本当?」
そう言って針を刺す。
次は指の傷口だ。
ぎゃあと高い声が飛び出る。
「本当です!!本当なんです!!信じて下さい!!嘘なんて吐いていないーィィぃんですーゥぅう!!」
痙攣を始めたので一応信じる。
「となると、僕は別の姿に見えていたんですね?貴方の姿を誤認していたとぉ?」
「はい、はい、はい、流石ご聡明でございます、そうです、そうです、そうです、そうなんです、わた、私は、私はあの夜、老人の姿をしておりました。そして貴方が転移者と確信したのでございます。」
「あぁ、あのお婆さん。」
声まで誤認させるとは大したものだ。
脳。
洗脳や催眠に近いその能力。
ややもすればこの僕すらも治せるのではないかと身勝手に期待してしまえる程、あれは精度の高い夢だった。
まぁ治るとも治って欲しいとも思っていないけれど。
彼女は強い。
唯一その弱さを上げるとすれば、僕達に近付いて、物理でとどめを刺そうとした所だろうけど。
付いて来た方法も恐らく同じ方法。
となると・・・。
「あ、森ではリスになっていましたぁ?」
「はい、はい、その通りです。わた、私はあの日、リスの姿をして追い掛けておりました。その姿ならば怪しまれないとおも、おもも、思って。」
「どうりで。アロト君が間違えるなんてらしくないなぁと思ってたんですよねぇー。」
実際、僕が小屋を買おうと思ったのもあの会話がきっかけだ。
彼はそんなに下らない間違い、怯えていても犯さないと。
誰かがリスみたくなっているだけで、本当は違う、姿を隠さなければならない理由がある、例えば尾行をしている誰かがいるのではないかと。
「うーん、でも何で判ったんですぅ?見たら判るものなんですかぁ?」
「はい、はい、その通りです。我々魔族には判別が可能なのでございます。だからもう帰して。」
「はいはい成程?となると・・・見られたら終わりってことか・・・。」
「そうなるかもしれません。転移者は皆本能で判別することが可能です。貴方を視認した段階で、魔族は貴方がこの世界の住民ではないと気が付くでしょう。」
厄介だ。
僕は人間にはめっぽう強いという自負がある。
しかし魔族や魔獣に強いとは言えない。
人間が一番厄介だと思っていた。
この世界に来て、一番に警戒すべきは人間やその集団であると、盲目的に、盲信的にそう信じ、確信を持ち、その判断を疑わず、そちらばかりに疑いと嫌悪、警戒の視線を向けてきていた。
魔族。
見ただけで判るのか。
些か人間側に不利な条件だ。
闇討ちも出来やしない。
まるであくまでも正面突破を求められているような最悪の気分になる。
「じゃあどうして僕らの小屋に鉈なんて持って近付いて来ていたんです?」
「怒らないで聞いて欲しいのです。私は貴方やその仲間を、こ、こ、殺そうと、そう思って、小屋まで赴いたのです。」
「物理で?え物理で?普通自害を誘ったりしません?というか僕放っといたら勝手に死んでたと思いますよ?」
僕の目的はあくまでも「彼女」とどこかで死ぬことであって、あの夢の中ならば勝手に果てていただろう。
逃避行の果ての、理想的な場所で死ぬ。
それは何とも美しい、晴々とした気分のままで死ねたことだろう。
まぁごめんだけど。
「違います、あぁ違くはない、けれども違うのです、あくまでも、あくまでも眠らせている人間はそれだけなのです。夢を見せて動きを封じるだけ。現実で体を動かして、例えば首を吊らせたり、舌を噛み切らせたりは出来ないのです。」
「だから鉈で?部下に任せたりとかはしないんですかぁ?」
正直あっという間に捕縛出来た辺り、あまり肉弾戦が強いとは思えないが、今まで相手にして来たのは余程の雑魚ばかりなのだろうか?
それと同列に並べられるのも腹が立つ気がするけど、そういう錯覚が起こるけれど、それで怒るってどうなんだろう。
想像に怒るのは馬鹿のすることだ。
「部下には私の能力を知られておりません。ただひっそりと、一部の人間が噂する程度でございます。」
「何でです?」
「万が一捕まった部下が、拷問されても吐かないようにする為に存じます。」
「滑稽ですねぇ。」
今の貴方がそれを言うのか。
そう言って嘲って、椅子ごと蹴り倒したくなる。
「ふふ、では後は純然たる疑問なんですけどぉ、どうして暮ちゃんだけ早く起きれたんですかぁ?」
「クラシ・・・?」
「女の子ですよぉ。ほらあの、僕のお腹を刺してくれた。」
ここだけ聞くと僕が真性のドMのようだが、あれが無ければ多分あんなにすぐには起きられなかった。
しかし暮ちゃんも刺された訳ではないし、何より夢を見せていた本人もああも驚いていた。
不測の事態だったと見て良い。
「あぁ、あ、あぁ、はい、はい、分かります、あの少女ですね?はい、お答えします。私にも半信半疑でございますが、私のこの『恩恵』は、少しでも違和感が生じるとそこが綻び、そこから強度が下がっていき、そして眠りや誤認識が浅くなっていきます。なのであの少女も、そこから目覚めたのは無いでしょうか。本当です。本当なんです!」
「ふむ、でも何で・・・。」
「先生。」
後ろのドアが開いた。
「ヒッ。」
その小さな音にすら、異常に映る程怯え、身を竦ませる。当初は脱出の機会だとばかりに身構え、ぎらついた温度のある目をしていたというのに。
ちなみに鍵は外からしか開けられない。
奪われても嫌なので所持しないことにした。
定期的に上の部屋の三人にドアを開けてもらうようにしている。
時計を外して時間感覚を狂わせ、正気を失いやすいようにしているとはいえ、腕時計が無いので僕の時間がわからない。だから食事の時間や睡眠の時間を教えてもらうのだ。
体内時計で完結するはするけど、正確とは言えないし、シンプルに数えるだけだから面倒だし。
暮ちゃんは、部屋の血と、肉の臭気に一瞬顔を歪めた後、すぐにいつもの無表情に戻り、部屋に入ってくる。
「そのお話でしたら私の方から解答を。」
自信満々に胸を逸らす。
短い髪の毛が揺れる。
ローブがあっても可愛らしいけれど、やはりその顔がしっかりと見える方が良いと思う。
「君には原因が分かっているんです?」
「分かっていないことを人に教えることは出来ません。」
「嘘を、吐いたりするかも。」
「心外です。私は先生を騙せど嘘は吐きません。先生ですから。」
「僕なら騙しても良いとー?」
「はい。」
完全に確信を持っているなこの娘。
「良いですけどねぇ、嘘を吐いても利用しても騙くらかしても一向に構いませんがね、それが僕と行動を共にする人間ならば僕は好きなようにさせますがね、それでも一定、真実は言って、誠実でなければなりません。それで、どうして早く起きられたんです?」
「もうご存知でしょう。」
「教えてくれるって言ったでしょう。早速騙しましたねぇ?」
「はい。流石先生、騙し甲斐がありますね。詐欺師冥利に尽きます。」
「君はいつから詐欺師にジョブチェンジしたんです。」
暮ちゃんは冗談ですよ、と両手を無意味にひらひらと動かして見せる。
頭を傾けながら、それでも暮ちゃんから見て奥に見えるホルへさんをじっと凝視している。
何か恨みでも透けて見えて来そうなものだけど、そこまで恨みが生じる程のことはされていないから分からない。
暮ちゃんは自分の頭、側頭部に自分の人差し指を先をと、と当てる。
「私は普通に起きました。綻びから、疑念へ変わり、この世界が夢だと確信した瞬間に起きたのです。それだけ。皆起きなかった上に知らない女性が鉈を持って扉を開けたものですから、慌てて先生を起こす為に刺しました。刺しますよ、なんて言いながら実際に刺したのはこれが初めてでしたね。」
「・・・はぁ。」
「あり得ない!そんなに簡単に解けるものじゃない!赤子でもない限りそんなやわな夢にはならない!!」
「貴方はうるさいのでちょっと黙りましょうねぇ。」
残っている指をへし折る。
クッキーのようにぱきりと小気味いい音と共に反対方向に曲がる。
ぎゃあ、と体が跳ねる。
椅子ががたり、と音を立てる。
痛みからか、ごめんなさいごめんなさいと、謝辞が、謝罪が延々と口から垂れ流しになっている。
「で、結局どうなんです?どんな夢を見たんですぅ?」
「この世界の夢でした。」
「え?」
「赤子同然なんでしょうね、私は。」
ホルへさんに向き直る。
「どんな夢を見せようとしたんですかぁ?」
「ほ、本人が最も望む夢を・・・。」
「それがこの世界の夢なんですかぁ?」
「いえ、そういう訳ではないのです。」
「?」
ぐ、と、人差し指に力を込めている。
言いたくないことではない、しかし積極的に口にしたくもない、その表情は僕もよく見てきたものだ。
誰か、家族に何か、本心を話す時、決して悪いことを話すわけでも無いのに、罪の告白でもするように心臓を高鳴らせ、口にしようとする度に悪い想像が頭を駆け巡る、積極性をもぎ取ってくる不安。
それを押し込んでまで暮ちゃんは話す。
「私は記憶喪失なんです。」
その言葉は意外な程すとんと落ちた。
僕の中で色々なことが腑に落ちた。
恐らく死んだ、僕が殺した王様は、暮ちゃんが記憶喪失のことを知っていたのだろう。
だから放逐した。
政治について聞こうとしたけれど、全ての記憶が無いから利用価値を失ったのだ。
「・・・だから、お名前、教えてくれなかったんですかぁ?」
「はい。名前も分かりませんでしたから。幸い記憶ではなく知識は多少ありましたので、先生も気が付かなったようですけどね。少なくとも先生に同行を許可されるまでは隠そうと思いました。」
僕を警戒して名乗らなかった訳ではなかった。
単に全てを忘れて、状況も分からず、適当に誤魔化していたのだ。
皆が皆過去のことを忘れていたのなら、そうやって名乗り上げたのかもしれない。
しかしそうではなかったから、暮ちゃんなりに自分の身を守ろうとしていたのだ。
「でも何ででしょうねぇ?変なこともあるものだなぁ。」
「?でも先生も記憶喪失、なっていますよね?」
「え、僕がですかぁ?なってませんよぉ?」
「ご自身で言っていたではありませんか。召喚される直前の記憶が無い、何が起こったのか分からない、魔法陣でもあったのだろうか、と。先生がいなくなった後、足元に魔法陣があったという方と、直前何をしていたのか思い出せないと言う方が数名いましたから、記憶が飛びやすい技術なのでしょうね、先生も記憶は喪失していますよ。」
・・・そういえば言ったな、そんなこと。
確かに僕は「先生」と街中を歩いていた、それ以降の記憶が無い。
しかし実際には魔法陣が足元で光り、この世界に転送されたらしい。
僕も記憶は喪失している。
もしかしたら記憶が無いだけで、街中にいた後にカフェになんか入ったのかもしれないし、何ならあれは一ヶ月前の記憶なのかもしれない。
いけない、こうなると自分の無敵を誇ると思っていた記憶力も真実味が欠けてくる。
疑念が湧き、信用が無くなる。
「記憶が無いから、それ相応の素材が無かったから不完全な夢になった、ということでしょうかねぇ?」
「お、お、恐らくそうかと思われます。そうです、きっとそうです!お話は以上でしょうか、そ、それなら、か、帰して、帰して、帰して下さい。痛いんです、痛い痛い痛い痛い痛い痛いんです痛い痛い。」
「あ、いえ、まだあります。」
針を見せる。
いちいち見せるのも面倒だけれども、人は喉元過ぎれば熱さ忘れる、恐怖も忘れるので、恐怖の定期的な刷り込みが大切だ。
傷付け過ぎると話せなくなるのでこうしている。
「これは知っていたらでいいんですけどぉ、何で僕ら転移者が他国の言語を理解出来なかったのか、知ってますぅ?」
「知っております、知っております、存じ上げております。勿論お教え致します、それは魔法陣に書かれた言葉によってそう言う風に設定出来るのだと、魔王様が仰っておりました。」
「それはどうして?」
「他国に渡さない為でございます。自分の国が少しでも優位になるように、他の国に渡れないように言語を封殺したのです。」
あの王様、ただの愚王では無かったな。
あんな生ぬるい殺し方では足りなかったかもしれない。
せめて歯全部抜くんだった。
特に意味は無いけど。
「あの人やはり陰湿ですね。先生よりはましですが。」
「僕がどこで陰湿な真似をしたんですかーぁ。」
「今まさにこの部屋で行われておりますが・・・?」
「必要事項ですよぉ。」
信じられないものを見る顔をしている。
表情は変わっていない筈なのに不思議なものだ。
「記憶喪失ですかぁ・・・でもそんなに個人差あるものなんですねぇ。」
「それ、同じことを魔術師さんに言われました。とはいえ実例は無い訳ではないそうで、ある程度は事例が確認されているそうです。強い衝撃や時間経過で戻る可能性があるとも。」
「あ、なら良かったですねぇ。」
戻るのなら良かった。
安心だ。
「で、拷問は終わりなんですか?」
「そうですねぇ。じゃ一旦終わりにしますし、上に戻りましょうかぁ。」
「分かりました、分かりました、了解しました、ですので帰して。治して。」
「出来ませんよぅそんなことぉ。」
何かを言っているのを無視して扉に鍵を閉める。
上に上がる。
ホルへさんは肉弾戦が弱いらしい。
やけにあっさりと捕まったし、脱出しようとする際の攻撃や体の動かし方もお粗末なものだった。
魔術には適正が必要なのも人間と同じようだし、彼女にはあの『恩恵』以外に有用として扱える技能や攻撃手段が無いのではないだろうか?
鉈を使おうとしていたし、身一つで戦うタイプではないのだろう。
部下に任せることも出来ないと言うのは難儀なものだ。
「どうもぉ。」
「あ、終わったの?」
「終わりましたよぉ。」
僕は小さな木の椅子に座る。
アロト君とディエスちゃんはそれぞれが寛いでいる。
片方はサンドイッチを頬張り、片方は暇潰しか、もう何度も見たナイフの整備を繰り返している。
頼んだら僕のナイフも整備してくれた。
拷問に使っているとどうにも血液がへばいつくのだ。
「やっと先の街に進めるのか・・・長かった・・・。」
「まぁそうでけどぉ、一つ疑問に思うことがありましてぇ。」
「疑問だらけだったろ、今回の件。」
僕は汚れた服を脱ぐ。
血や肉片の汚れはしつこいし、長いこと着ておきたくはない。
半裸になる。
そして適当に引っ掛けておいた着替えを着る。
ズボンはこの際良いだろう。
面倒臭い。
僕は生来ものぐさなのでそこら辺に着替えを置いている。
ソファに、扉に、ドアノブに、寝台に、そこら中にかけて、あるいはそのまま置いてある。
それを適当に手に引っ掛けて着るのだ。
お陰で無骨な家の中は大変カラフルなことになっている。
こうなってくるともはや装飾品のように見えるのだから不思議だ。
上と下で柄の合わない服をよく着ていたなぁ、と両親と弟の付随した思い出に浸ると同時に、会話の途中だったことを思い出す。
「魔王さんの行動のことですよぉ。明らかに合っていない。と言うより統合性が取れてません。」
「そうか?わりかし一貫性があるように思うけど。」
「先遣隊と言ったり転移者だからと攻撃を仕掛けるのを許可している、又は指示をしている筈なのに転移者を帰す方法は知らない。おかしいですよねぇ。」
「何でよ?別におかしなことじゃないでしょ。」
二人は頭を同じ方向に、同じような角度で傾ける。
姉弟らしくて面白い。
「良いですかぁ?それなら転移者を脅威と感じ、排除しようとしている、と受け取ることが出来ます。だと言うのに犠牲を伴わないであろう帰す方法を知らされていない。それでは不合理というか、あまりにもお粗末です。」
「・・・まぁ、確かに?」
「言われてみればそうですね。お粗末・・・その通りです。」
「そう。お粗末過ぎますよぉ。仮にも人間を侵略し、異世界の転移者に縋らなければならない状況にまでさせた魔族の王様とは思えません。」
「・・・まぁ、単にそこら辺教えても意味無いんじゃねぇの?考えすぎだって。魔王倒したら帰れるとかそんなだろ。」
「そうだと良いんですがね。私達転移者からしたらかなり大切な要素です、それは。」
そうやって会話が終わると、又各々の時間に戻る。
下の捕虜には気にも留めない。
叫び声も、多少は聞こえている筈だ。
それでも、僕から見た道徳の向こう側に立って、そこから良識を吐いて来ることも無い。
彼等はあくまでも自分の身に降りかかる火の粉が払われているだけだと思っているし、それは正しいと、きっと無意識の内に思っている。
僕と同じだ。
正義や正しさというのは、大々的に表面的な場所で大きな輪郭を持つのではなく、何事かの水面下で、静かに、粛々と存在すべきだと、そう信じている。
それは一般的には倫理の無い考え方だと思うし、それを自覚しているだろう。
だから心地が良いのだ。
こちら側は、それに浸る時間は。
「ま、聞きたいことは聞くことが出来ましたしぃ、さっさと殺してしまいましょう、と言いたい所なんですがぁ、今回は解放、帰宅させます。」
「・・・は?」
ディエスちゃんが吹き出した。
アロト君も途端ぎこちない動きで僕を見る。
暮ちゃんだけがぼぅっとした表情で、次の言葉を待っている。
「お前、殺さねぇの!?」
「え、殺して欲しかったんですかぁ?」
「や、お前、殺して欲しいんじゃねぇよ、そんなことがあるもんか、そんな常識知らずじゃねぇよ、お前、いつもはこういう時殺すじゃん!何かかんか殺してきたじゃねぇかよ!」
「それはそうですけどぉ、僕達には手を出さない方が良いって伝えて欲しいですしぃ、魔王さんの耳に届けば転移者を帰す方法をぶら下げて来てくれるかもしれないじゃないですかぁ。じゃないとまた部下が拷問されるんですからぁ。」
「あんた・・・人を殺さないと気が済まない殺人鬼じゃなかったのね・・・。」
僕は何だと思われているんだ。
「快楽殺人犯とかではないですからねぇ?言っときますけど。勘違いしないで下さいねぇ?」
「でもあんた、城中の人間殺して回ったらしいじゃないのよ。」
「先生はただむかついていただけですよ、その鬱憤を晴らしていただけです。」
「もっと駄目でしょ。」
可哀想ね、あんたなんかに拷問されちゃう奴、と対して思っていなさそうな、手頃な同情の言葉を言った後に、僕が買った言葉の教本を読み始める。
辞書を引きながら、険しい表情をしながら何やらをメモしている。
「大丈夫ですかぁ?教えましょうかぁ?」
もう殆どは覚えたのではないだろうかと思うし、教えられない程ではない。
背を曲げて教本ばかりを見ているディエスちゃんの後ろに回る。
「後ろ立たないで。刺されそう。」
「酷い・・・僕は同行人は刺しませんよぉ。」
「仲間って言いなさいよ、この寂しん坊。」
そう言ってまた集中し始めてしまった。
この様子だと、どうやらディエスちゃんは勉強の時は一人で出来る所はなるだけ一人でしたいタイプらしい。
仕方なしに食事の準備を始める。
買い込んでおいて良かった、と思いながら、仲間というその呼び方を、練習するように復習するように、口の中で反芻していた。




