第十話
テスト週間により更新が出来ませんでした。
こういう時に合わせて書き溜めておくべきだというのに、申し訳ございませんでした。
ホルへさんは外に出すことにした。
つまり解放するということだ。
こんなに傷付いて、ボロボロで、一人では生命の維持も出来ないような肉体。
人の助けの無い森の中に放逐しては、いずれ力尽き死ぬかもしれない。
しかしそれならばそれで問題は無い。
あくまで生きて魔王に転移者である僕らのことを伝えてくれればめっけものなのであって、死ねばそれまでだ。
長い拷問で弱った体は立とうとするだけで震えていた。
かくかくと、そういう玩具のように、それでも必死に、生きようともがいていた。
魔族という敵対する種族だというのに僕なんかよりも人らしい。
それが意地らしいというか、僕が幼子だったならば愛着なんかが湧いちゃって、そのまま手元に置いていたかもしれない。
しかし僕は幼子ではない。
幼子はそういう、自分の力によって健全に生きる力を失った、いわゆる可哀想な存在、哀愁漂う、憂いの陰を帯びた存在こそに愛着と興味を抱くものだが、それは例えば虫だったり猫だったり、犬だったりするのだが、僕はもう既にその領域は飛び越えている。
大きくなってしまえば、それは個ではなくそこにある、ただ生きているだけの物体と化し、愛着など無いに等しくなる。
触れるのも憚られるような嫌悪を飲み込み、気狂いじみた狂乱に自らが怯えながら、それでも接するというのは、家族や愛玩動物として当然のように愛するというのは、人間の種族としての特性に大きく反したものだ。
そういう所が嫌いなのだし、他の三人も同じだろう。
僕らは森の小屋を放棄することにした。
売る訳ではない。
売るとしたら地下室を綺麗に片付けなければならなくなるから非常に面倒だし、何よりその手間を惜しんだのだ。
何かあったら逃げ込めるしあっても損は無い。
お金はまたどこかしらで稼げば良いだろう(盗ってくるとも言う)。
そう説得して、所有権をこの手に小屋を放置することになった。
尚ホルへさんが所有していた金品、お金は当然貰った。
迷惑料だ。
「じゃあ、この辺で良いですかぁ?」
「はい、はい、構いません。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございました。」
「いえいえぇ。」
僕は笑顔で手を振る。
森の中、草の上に無造作に放り投げられても、何も言わない。
解放への安堵の方が大きいのだろう。
そんな様をアロト君とディエスちゃんが僕の後ろから覗き込む。
「本当に良かったのか?」
アロト君の言葉にホルへさんの体が硬直するのがわかる。
筋肉という筋肉に力を入れて、必死に身を縮こまらせて、全身を強張らせている。
次の苦痛に耐えようとしているのだ。
「良いんですよぅ、別に。」
それこそが充分心が折れた証拠で、部下に見られたとしたら恥ずかしいだろうな、と思いながら置いて行った。
森を抜けて小屋を買った街に向かって歩く。
二日以上外に出ていなかったので、日の光が少々物珍しいように感ぜられた。
しかし二年間「病院」の病室に居たのだ。
あの時を思えば、二日間なんて目でもない。
日光なんてただの光だ、何でもない、と思いながら森の畦道を抜ける。
「先生。残りの資金はどれ程なんですか?まだ潤沢ですか?」
「ん?あぁ・・・そうですねぇ、国による物価の変動がそう激しいもので無ければ、向こう数年はたっぷり贅沢を味わいながら暮らせますよぅ。あくまで物価の変動が起きなければ、の話ですけどぉ。」
「よく考えてみれば、贅沢っていうか、とんでもない話よな。雇用主がそんな金持ちで良かったぜ。」
「そのお金一円も稼いでないですし、何なら大罪人ですけどねぇ。」
細かい話は詰めていなかったが、この子達への生活費は負担しているし、娯楽も、提供できる範囲なら提供しているつもりだ。
まぁ、正当な手段で得たお金だった場合、随分恵まれた雇用先と言えるだろう。
「じゃあ、次の街では正当にお金集めてよね。転移者なんだから、色々あるんでしょう?別の世界の知識とか。」
「無理です。というか嫌ですよぉ。」
「何でよ。」
「何でって言われましてもぉ・・・。」
言葉を濁す。
言葉に出来ないことばかりが理由として立つからだ。
第一に人の役に立つようなことをしたくない。
第二に、責任が持てない。
第一はまだ分かってくれるだろう。
僕は人の役に立ちたい!と願うような人間でもないし、他人の利便や幸福を祈るような、ある種の罪深さも抱いていない。
逆の行動ばかり取ってきたし、お金稼ぎだからと割り切れる寛容さや柔軟さは、この精神から排他されてしまっている。
第二の理由は、もう少しばかり難しい。
そりゃあ勿論、この僕だし、あの、インターネットも何も無い「病院」での、苦痛と退屈で塗り固めた監禁生活、数えておよそ二年間、本ばかり読んでいた物だから、大抵の事柄は知っている。
電化製品の作り方から仕組み、物理のあり方、文学や建築、効率的な社会構造、人類の歴史、生物の種類、料理に裁縫、薬学も、工業簿記や商業簿記も。
その全てについての知識を、暇潰しに、そして貪欲に吸収してきた。
それでも、だからこそ。
「早いんですよぉ。この世界の人間には。」
「早い?どういうこと?馬鹿にしてるの?それは結構だし、皆割り切っていることだけどね、後から腹の中で煮えたぎってた不満をコソコソと回されるのはそっちなのよ。」
「僕は転移者代表じゃないですからここで溜まってた不満を言っても届きませんよぅ。てか馬鹿にされてたんですねぇ?」
「どうやら俺達の世界は、あちらさんの世界のうん百年前らしくてな。文明レベルが低いとでも思われてんだろ。」
「それは酷い。で、説明しますけどぉ、人は正しく、自分達の力で進むべきです。この世界の物理法則や常識、生活習慣のあらゆる仔細は異なっている。それを知らずに一方的に知恵を授けると、それは後からこちらでトラブルが起きようと、「自分達で考えた物ではないから」と言い逃れが出来てしまう。最悪でしょう。」
反省の機会が無くなってしまう。
核兵器だってそうだ。
あれは使った側に大いに責任があり、そして作った側にも大きな罪があった。
同時にそれは、自分達が、人類が考えた兵器であったからこそ、人類はその罪を認識出来た。
例えば宇宙人から授けられた武力であったなら、きっと自重は出来ない。
どんどん使うし、他人から授けられた力程真剣に考えはしない。
言い訳の方に頭を使う。
武器でなくとも同じだ。
責任の所在が無くなるような事態は避けなければならない。
それは僕が「否定症候群」である、ない以前の問題で、そんな事態こそ僕の最も忌み嫌うべき事態だ。
時間をかけて、一歩ずつ前進していくべきなのだ。
歴史はそうやって積み上げられてきた。
「ま、じじ臭い意見でしょうがぁ、間違いは無いんですよぅ。特にここは魔術のある世界。下手に教えるとあちらでは起きなかった、未曾有の問題や事件が起こる可能性だってありますしぃ。慎重になるに越したことはありません。」
どんな方向に進化するのか分からないし、ここに一生いるならともかく、すぐに帰る僕がそれをするのは通り魔と同じだろう。
「お金を稼ぐなんて簡単ですけどぉ、それと社会への影響が釣り合わないんですよぉ。」
「どんなバケモン知識振り撒くつもりよ。ご飯とかなら良いじゃない。」
「うーん・・・そうとなると屋台や店が必要ですしぃ、材料費とか諸経費を計算しなくちゃなので少し面倒なんですよねぇ。それなら盗んだ方が早いですしぃ。」
「先生、そんなこと言っているとまた腕切り飛ばされますよ。」
「その対応については早急に何とかしましょう。」
証拠は恐らく残っていないと思うし、また新しく犯罪を犯さなければ問題は無いと思うけど、どうだろう。
「で、もうすぐ着くわけだが、どうするんだよ?未だ昼前だし、このまま突っ切るか?」
アロト君が道の先を顎で指す。
空を見ると確かに昼にもなっていない。
雲一つ無い、そういう絵画にも見える空、眩しい。
日光が目を突き刺す。
瞳の、眼球の奥、眼窩の先が痛む。
すぐに下を向く。
「?先生?」
暮ちゃんが僕の背中をさする。
体調でも悪いのかと思われたのだろう。
「いえ・・・眩しくて・・・。」
「?殺人でも犯す気ですか?」
「異邦人じゃないんですからぁ・・・てかカミュ知ってるんですかぁ・・・。」
「??」
「えぇ・・・。違うんだ・・・じゃあ何を思ってそんなことを・・・。」
森の中は薄暗く、日の光も、何も無いに比べれば入ってこない。
こうなるとありがたいと思う。
「いやぁ、視力良いのか何なのか知らないんですけどぉ、日光眩しくて・・・あっちの世界でも部屋の電気ずっと消してたなぁ・・・窓からの光に頼ってましたよぉ・・・。」
「馬鹿じゃないの。じゃあ夜だけ点けてたの?」
「夜もそのまま・・・。」
「お前の部屋に回診に行っていたであろう医師が不憫でならねぇ。」
転ぶだろ、とアロト君に怒られた。
しかし先生は特に気にしていないようだった。
昼間だって、日の光が作る窓に嵌められた鉄格子の影に、顔を顰めながらも普通にしていたし、夜だって、暗いとも言わず、何なら僕が気まぐれに電気を点けようとすると「眩しいだろう。」と怒られた。
寛解したとはいえあの人も、僕も生まれた頃からそういう生き方を抱えてきた身だ。
習慣は抜けない。
「とにかく街に着いたら食料品だけ買い込んでぇ・・・あ、服を直さなくちゃ。」
「それ、直るんですか?」
「さぁ・・・。」
最悪オーダーメイドで上手いこと注文出来ないだろうか。
そう思いながら二日前に見たばかりの街の入り口を見る。
『エリス・ベル』。
この街の名前だ。
「・・・何か、不穏な名前ですよねぇ。」
「?別に、普通の名前かと。」
「君の記憶喪失って、どういうラインで知識と記憶が別れているんです?」
「唐突ですね。」
暮ちゃんは特段嫌そうな顔をすることなく普通に教えてくれた。
「知識は普通に、通常の知識があるかと思いますが、それを学んだ状況や情景が浮かびません。ですので経験に基づいていると思われる知識もあまり簡単には出て来ませんね。」
「じゃあカミュは普通に知らなかったんですかねぇ?」
「海外の文豪ということは辛うじて。ですが何を書いたのかとか、言われずとも名前を思い出せるのかと言われると・・・。」
「あぁ、そういう。」
街の入り口を潜り抜ける。
すぐに異変に気が付いた。
二日前は活気に満ち溢れ、人という人が闊歩し、己の存在を主張し、個々として在る為に必死になって生きている、そんな様子が、当然の営みが無数に繰り広げられていたというのに、今日のこの静けさ。
静寂、その二文字に尽きる。
生物がころりと動くような音も、息遣いも、人の営み、生活、生命活動そのものを感じさせない。
街一つだ。
それが全く、全くの無音、人の立っている様子も無い完全な異常事態。
「アロト君、気配察知を。」
「うるせぇよ、もうやってる。姉ちゃん、後ろに。」
「えぇ。クラシ、あんたナイフは?」
「もう既に。」
各々が警戒体勢になる。
それぞれ刃物を持って、周囲を見る。
街の入り口に人の姿は無い。
しかし奥に進むにつれて、ちらほらと人の姿が見受けられてきた。
その、視界に映った人間はすべからく死体だった。
「首・・・。」
ディエスちゃんがそう呟くのも無理は無い。
死体は全て目を瞑っていて、その首を掻き切られていた。
街中の床が赤く満ちていた。
歩く度にぱちゃり、と足元で音が鳴る。
死体が大量に置かれている中、死体の無い場所を通った。
血液と、脊髄と、臓器の匂いでむせ返り、酷い悪臭がした。
死んで二日以上は経っているだろう。
四人で店の中や家の中を覗いても同じ。
住民全員が、否定のしようの無い、覆しようのない死に身を置いていた。
「・・・何です、これ?」
「先生。」
「違いますぅ。皆死んでますけどぉ、これあれですかね、魔王軍ですかねぇ?だって盗賊はこんな事する必要無いですもんねぇ。」
「そうなんじゃないの?確か、こういう事、前もあった気がするし。」
「怖いですねぇ。」
死体の服の中をまさぐってみる。
財布や身分証明証らしき物も入っていた。
財布の中身をそっと移動させる。
「あ、泥棒。止めろよ、犯罪だぞ。」
「君人のこと言えませんよぉー。これだけあれば少し無くなっていても気が付かないでしょうしぃ、いくらか貰って行きましょう。」
「では私も。」
「ん、じゃあお互いに視界から外れないくらいで追い剥ぎしましょうか。良かったわ、まだそういう人種が来てなくて。」
「恐らく国の人か誰かしらは来ているみたいですけどねぇ。」
死体の中に道があった。
と言うより、死体がどかされて道が出来ていた。
死体の回収業者でも来たのだろうか?
それか遺族が、家族を探して回っているのだろうか。
どちらでも良いけれど、それならば見られないように注意だけしなければ。
「街の中央の方に何人かいるぜ。結構多いな。十人かもっとだ。」
「数えて下さいよぉ。」
「面倒なんだよ。あー・・・十六人だな、多分。」
「何をしているんでしょうねぇ。」
皆でせっせとお金を集める。
そこそこの金額になった所で中央に向かう。
「危なくないの?」
「大丈夫でしょぉう。魔王軍と言っても、ホルへさんを見る限りそこまでの強さは無いようですしぃ、最悪そのホルへさんの居場所と引き換えに身の安全を確保します。」
「はぁ・・・出来るんですか?そんな平和的な解決方法が。」
「話術は心得が。」
「平和的・・・?」
何よりこの騒動の原因を知りたい。
街の中央部分には、何やら服装をきっかりと整えた男達がいた。
皆して死体を運び、並べていっている。
その胸には本で見たシンボルが光っている。
彼らは僕らに気が付くと、焦りながら駆け寄ってきた。
「君達、大丈夫か!」
数人が駆け寄ってきて、暮ちゃんがナイフを突き付けようとする。
手で止めた。
明らかに刺すと、あの過激派正義の執行人二人組が出張ってくる人達だ。
「彼らは心配してくれているんですよぅ。」
そっと通訳すると、三人とも胸を撫で下ろした。
アロト君も完全に猫かぶりモードになっているし、ここで争うのは得策ではない。
折角可愛こぶっていることだし、その涙ぐましい労力を無駄にするのもあれだろう。
「これはどういうことですぅ?あとお手数ですが、出来ればアレトラン王国の言語で話して欲しいんですけどぉ。」
僕がそう言うとすぐに事情を、つまり隣国の人間であると察したらしい。
咳払いを一つした後に、すぐに言語を変えてくれた。
「すまなかったな、アレトラン王国の住民だったか。」
「いえいえぇ。それより、これはどういうことなんですかぁ?」
僕は死体を見渡す。
並べられたとしても肉塊であり、どうやっても眠りこけた人間には見えない。
何よりも、街中はあまりにも綺麗なままだった。
死体だって首以外に外傷も無く、抵抗の跡も無く、どうしても自主的な、能動的な集団自殺にも見えてしまう。
壮観なまでに並ぶ死体を見て男は舌打ちをする。
「・・・魔王軍の奴らだよ。あいつら、街の奴ら皆殺して・・・これで十件目だ。」
「思ったよりも街陥落しているんですねぇ?」
怖。
何この世界。
十個。
街が滅んだのか。
僕の世界とは人口数が違うとはいえ、僕以上の凶悪犯だ。
物言わぬ彼らの顔が、心なしか、蛇のような、そういう、抗いようの無い理不尽への例えようの無い怒りに満ち満ちた、苦渋に塗れた、鋭い牙をそっと見せ毒をメタファーする、無音のままに無念を訴える動物の顔に見えた。
それは蛇かと思われたが、蛇なんかではなかった。
もっと無念を、もっと諦念を、もっと愛年を、もっと執念を、何よりも酷い罰を望む、猫に見えた。
蛇は食われてしまったのだろう、とぼんやりと思った。
思っただけで、三秒経ったら忘れた。
「あっと、申し遅れた。自分はこの街、ライプ街の警備にあたっていた衛兵、アザーだ。よろしく。」
そう言うと身分証明証に近いものを差し出す。
この国の文言にも慣れてきた。
どうやらこの国は一定以上の規模の街には国が衛兵を寄越しているらしい。
「よく巻き込まれなかったわね。」
「あぁ。交代制でな、自分は偶々いなかったんだ。幸運だったよ。」
「他の衛兵は?役に立ったの?」
僕の視点から見ても随分無神経な子だ。
しかしそんなディエスちゃんの言動に少しも怒った様子を見せず、ただ少しの悲しさを滲ませて死体の群れを示す。
そこには同じような服装の人間が並んで死んでいた。
「・・・成果は期待出来そうにないわね。」
「そういう所ですよぅ。」
「あんたなんかには言われたくないわ。」
この非常識、と言われたのでゲンコツしておいた。
いくら態度には出さずとも多少の怒りは抱えているだろうし、衛兵というのには嫌な思い出しかない。
目に見える形での罰を与えることで、少しでも心象の悪さを改善するという方向だ。
・・・何か、こっちの世界に来てから常識的な行動が多くなった気がするなぁ。
最年長だからかな?
「あぁそれと、一応身分証の提示をお願いしても良いかな?魔王軍の可能性も否定できなくてな。」
「構いませんよぅ。」
僕はズボンのポケットに手を突っ込む。
暮ちゃんが僕のシャツを引っ張る。
くい、くい、と奇妙なリズムで引っ張ってくるので、何か話したいことがあるのだろうと耳を近付ける。
暮ちゃんは僕と比べると背が小さいのだ。
「どうしましたぁ?」
「身分証。持っているんですか?私は持っていないのですが・・・。」
「僕も自分の身分証なんて無いですよぅ。だからこれを使います。」
僕は誰かの身分証を取り出す。
「はい、どうぞぉ。」
「どうも、確認する。」
アザーさんはその身分証を軽く眺め、「ふむ、フィップか。ありがとう、特に怪しい箇所は無かった。」と返してきた。
それをしまう。
「・・・あんた、フィップって名前だったっけ?」
「いいえ?僕は陽一です。」
「じゃあ何でしっかりした身分証なんて持っているのよ。」
小声の疑問。
当然だな、と思う。
名前も違うし、お尋ね者でこの世界の伝手も無い僕がしっかりと身分を証明する方法。
そう、僕は故人の身分証を使ったのだ。
死んでいた街の住民の衣服や持ち物、財布の中を漁る時、財布の中に入っていたのでついでに貰っておいた。
それは故人への冒涜以外の何物でもない。
死んでいる人間の名前を騙るのだから。
生きていることになり、遺族は必死に探すだろう。
その故人は名前を奪われ、家族に弔われる機会も失われるかもしれない。
それはぬか喜びで、冒涜、背信的な行為だ。
分かっているから出来るのだ。
「後で説明します。」
僕は小声で返す。
街の惨状を見回しながら訊く。
「で、後学の為に伺いたいのですけどぉ、誰がやったとかは分かってるんですかぁ?」
「あ、それは私も気になったわ。誰よ、こんな凶悪なことを平然と十件もやってのけるようなスーパークレイジー魔王軍。ツラ拝んでやる。」
「出来れば会いたくないな・・・。」
姉の言葉に顔を顰めている。
その言葉にアザーさんも同意する。
「その通りだな。そいつに会ったら真っ先に逃げろ。逃げ切れるかは分からないが、姿を見せるかも分からんが、それでも生存率は上げられるかもしれない。」
「是非お教え下さい。」
「あぁ。」
最低、最強、とまで言うつもりはないが、そこそこ厄介な相手なのだろう。
名前を知っているだけで回避出来る危険もあるかもしれない。
魔王軍。
思ったよりも強力な人材も居るということだろう。
つい喉の奥が動き、唾液が流れ落ちる。
「・・・魔王軍専攻隊、ホルへと呼ばれる隊長だ。」
「すいませんちょっと待ってくれます?」
会話を止めてしまった。
ホルへ?
それってあれか?
今朝までうちの地下で監禁していたあの?
あの美しい肢体を枯れた枝のように痩せ細らせ、泣き叫び、正気を失い解放と痛みを訴える女性。
僕を悍ましく、僕の心からの唯一の願望を形にした鏡のような、美しく非道な夢に閉じ込めた、初めて出会った魔王軍。
あの、呆気なく捕まった、あまりに拍子抜けになる程あっさり拷問が出来た、あの?
あの人が、こんな惨劇を?
「・・・そのホルへさんが、どうやってこんなことを?」
「夢だ。夢を見せるんだ。目覚めることの出来ない夢。それに囚われている間に、一人一人丁寧に殺していくんだ。」
「一人でですかねぇ?」
「さてな。誰も生き残っていないから分からないが、そうなんじゃ無いのか?魔族ともなれば、一人でこの人数を殺すことも可能なのだろう。」
「・・・へぇー・・・。」
地下室を買った後、すぐに僕らの元へ来た。
かなりの短時間で殺したことになる。
・・・疲労困憊というか、そこそこ疲れた状態で、そこに鞭打ち僕らにとどめを刺そうとしたのだろう。
ここまで一度も見られたことが無いと仮定すれば、暮ちゃんが起きていたことに驚いていたのも説明がつく。
「運が良かったんですねぇ。」
「?何か言ったか。」
「いいえ、何も。」
偶然、僕らに都合の良い事象が重なっていたのだ。
それで偶然今ここに立っている。
その偶然が、彼らには起こらなかった。
人の良かった住民達は誰も生きてはいない。
皆が皆、僕が拷問した一人の女性によって殺された。
どんな心地だったのだろう。
死ぬ間際、何かを感じたのだろうか?
そんなことに思いを馳せても意味は無いと知っているけれど、どうにもそっち方面に思考が向いていきがちだ。
最期、僕の両親が僕を見て、何を思っていたのか。
弟が僕を見て泣いていた意味。
殺されてしまった人間について考える程無意味なことは無いのだろう。
「ありがとうございましたぁ。」
思考を切る。
ホルへさんについてはもう終わったことで、あちらの世界での家族の死も終わったことだ。
全部。
「だからまぁ、気を付けてくれ。ところで、どうしてこの街に訪れたんだ?」
「ん、隣国に行きたいんですよぅ。あっちの方の。」
進行方向を指差す。
その方向に微かに嫌悪感を示す。
「そっちは・・・あまり良くないな。もう戦線は逼迫し始めていて、魔王軍の軍勢が侵攻しているんだ。街に被害が出るのも時間の問題だ。じき封鎖される。」
「ほほぅ、もうそこまでぇ。」
「召喚された方が居たと聞いていますが、その方達は?苦戦しているのですか?」
「いや、まだ訓練の段階らしい。この国の王女様が身元を保証しているとか。」
訓練。
それは殆ど人の見た目の生物を殺す為の訓練なのだろうか、それとも戦闘の訓練なのだろうか。
どちらもだろう。
「ま、助け合ってるって話だし、この国の王女様は優しいんだな?」
「・・・そうかもな。」
アザーさんは苦笑する。
僕もそうしたくなった。
まだ数日しか経っていないというのにその判断の早さ。
召喚者の影響力を考えれば様子見をするべき段階かもしれないし、離宮までは手を出していないのだから、親族だって残っているかもしれない。
だというのに躊躇なくもぎ取った。
優しいとは程遠いだろう。
「そうだ、この国で少し観光でもして行ったらどうだ?目的はあるのか?」
「目的・・・そうですねぇ、魔王や魔族の歴史については知りたいですねぇ。」
「だったら俺の知り合いにとっておきの奴がいるぞ。実際に魔族と戦った強者だ。弟子も取っていてな、快く教えてくれると思うぞ。」
ここに長居する予定は無いが、それも悪くはないかもしれない。
魔族や魔王について知っていて損は無いだろう。
いまいちどういう種族か把握しかねているしなー・・・。
魔王に対する印象が「抜けている種族の抜けている王様」という印象しかないし・・・。
「どうしますぅ?三人共。」
ディエスちゃんは、「良いんじゃないの?私も詳しくは知らないし、どうせ封鎖されるんでしょ?そこにもたつくくらいなら有意義に時間を使いたいわ。」と髪の毛をその細い指先で妖艶に弄びながら答えた。
「お前なら何やかんや封鎖されても飛び越えそうだけどな・・・。」
「良いのではないですか?あ、そうだ、封鎖は時間が経てば解除されるのですか?」
アザーさんは渋い顔をする。
「難しいかもな。転移者様が倒してくれればあるいは、だが。」
「へぇ・・・。」
相手の力も分からない以上ここで強行したくない。
戦闘できるのは僕だけだし。
彼らが成長するまで待つのが最善だろう。
「じゃあ、その方にお会いしたいんですけどぉ。」
「勿論だ。実は今日来ている。」
「準備が良いですね。」
「あのホルへが居るかもしれないとなればな。」
暮ちゃんの言葉に頷く。
呼びに行くと言ってどこかに歩いて行く。
待っている間他の衛兵さんに何度か身分証の提示を求められたのでそれに応えた。
そうこうしている内に戻ってきた。
てっきり、僕は男性だと思っていた。
男尊女卑、男女差別と思われるかもしれないが、強いと言われると、どうしても男性を想像してしまう。
しかし常人離れした僕の視力が遠くに見えた人影を捉えた瞬間、少し面食らってしまった。
僕らの元に訪れたのは、華奢な、ワンピースを着用した人と、その後ろを付いて来ている、十歳、十一歳くらいの子供だった。
二人はアザーさんに連れられてやってくる。
「こんにちは〜。貴方達が例の〜!私に教えを乞うているって聞いたのよ〜!」
「師匠!頑張って下さい!」
声を聞いてもっと驚いた。
その声は男性そのもの。
子供も骨格をよく見てみると男の子。
しかし服装は、フリル、リボン、レースと少女じみている。
師匠と呼ばれた男性の体の動かし方は中々男性とは思えない妖艶さ、艶美さ、男女共に惹きつけるであろうくねりとした首や肩の動きだ。
子供は溌剌とした雰囲気を纏っている。
「・・・あのぅ、失礼ながらお名前はぁ?」
「あら嫌だ、忘れてたわ。私はねぇ、シークよ。よろしくね?」
ちゅ、と投げキスをされる。
何となく、視覚化できない、見えないその投げキスの射線上から移動する。
「師匠の投げキスを避けるなー!このみどほど知らず!」
「あらあら。この子はシャルルよ。私の一番弟子。」
頭を撫でられて嬉しそうに目を細めるシャルル君。
僕も随分様々な人間を見てきたつもりだったけれど、こういう人種は初めて会ったかもしれない。
「よろしくね♡」
僕も、暮ちゃんも、ディエスちゃんも、アロト君も、何も言えなかった。
数秒置いてアロト君が口を開いてくれた。
「スカートって動きにくくねぇの?」
それだけは違うのではないかと思った。




