第二話
僕は暮ちゃんと物陰、所謂路地裏に隠れている。
この世界はヨーロッパに似ているが、衛生観念などはしっかりしている。
魔法などがあるのも理由の一端なのだろうが、王様の言っていた、「今まで帰りたがる人がいなかった」という発言から、何人か、過去にも転移者が居たと見て良い。
その人達が広めたのかもしれない。
日本人かは知らないが、中世ヨーロッパの衛生観念、不潔さは現代の人間には堪えるだろう。
現代かは知らないが。
話はずれたが、とにかくここはあちらの世界の中世ヨーロッパ程汚い街並みはしていない。
むしろ綺麗だ。
この裏路地も、まぁ屈めるくらいの綺麗さは保っている。
暮ちゃんは不思議そうにしながら同じように屈んでいる。
随分先生と共に全国を回っていて、年上であることに頼りながら着いて行くことが多かった。
だからか、年下の子を先導するなんて、それこそ二年とか三年とか、あるいはそれ以上前以来だ。
だからこそ、早く狙っている人に来てもらえないと、大変気まずい。
中々通らないなぁ・・・。
かれこれ十分くらいはこうしているし、そろそろ通っても良いと思うけど・・・。
「あの。」
「うん?何です?」
「えっと・・・。」
「あぁ、どうぞ先生と呼んで下さい。僕は君よりも年上のようですし、僕の方が人生経験は豊富のようですしね。」
「じゃあ、先生。今は何をしているのでしょう。」
当然の疑問だと思う。
僕は往来から視線を外さないように注意しながら、「先立つ物は必要ですからねぇ。」と答える。
「・・・分かるような、分からないような。」
「お。」
僕は音を立てないように注意しながら動く。
僕の視線の先に居るのは華奢な女性だ。
服装こそ華美でも質素でもない、しかし随分とゆったりと歩いていている。
「彼女にしましょぉう。」
「?はぁ・・・。」
僕は周囲を確認する。
ポケットからハンカチを出しておいて、暮ちゃんに持たせる。
そしてなるだけ音を立てないようにしながら、路地裏から出る。
コツは暴れさせない、ではなく、音を出させない、でもなく、傷を作らないこと。
特に貴金属が装飾品としてある場合は要注意だ。
女性が通り過ぎようとしているタイミングで、僕は路地裏に引き摺り込む。
「なっ・・・!」
「暮ちゃんハンカチ口に突っ込んで下さぁい。」
「分かりました。」
暮ちゃんは存外抵抗無くハンカチを口に突っ込んでくれる。
女性はかなり激しく抵抗してくる。
その必死の抵抗は、人間として当然のものだ。
生存本能に基づいた、或いは経験、または教育に紐づいた、恐怖故の行動。
生きるというのはそういう、小さな抵抗の積み重ねだ。
目を見開いて、何かを必死に訴えようとしている。
「それで、どうするんです。強盗でもするんですか?」
「ちょっと違いますねぇ。」
僕は手早く女性を締め殺す。
気管ではなく血管を締めることで素早く殺すことが出来る。
それでも数分は話さないようにする。
でも一分経って、面倒になって、そのまま首を折ってしまった。
かくん、と人体の可動域では不可能な方向を見る。
セオリー通りにはいかない。
つい飽きてしまう。
「ではっ!このお忍びお嬢さんの身包みを剥ぎましょう!大丈夫、彼女は恐らくお金は持っている筈ですっ!」
「・・・何故そう思うので?」
「この方はゆったりと歩いていましたよね?この人は小綺麗なので、恐らく労働者階級では無いですし、貴族の格好でもありません。先程話した人の中にも似たような格好の人はいましたし、商人の方であると見るのが大きいですが、そんな人が何故こんなにもゆっくりと歩いているのでしょう。この国の商人と呼ばれる方は多忙を極めていると見れるので、何をするでもなくブラブラしている訳がありませんよね。それに肌が白過ぎます。瀉血もしていますね。」
「・・・では、商人を装った誰かと?」
「そんなことをする理由がある人はあまり居ませんよねぇ。どういう立場かは知りませんがお金は持っている筈です。持っていなければ次です。足が付きにくいのは労働者階級の人でしょうけど、金品を持ち歩くとも限らないのでぇ・・・効率的にいきましょう。」
暮ちゃんは理解出来たような出来ないような、そんな曖昧な境界にいるのだろう。
何となくぱっとしないような表情で死体を見ている。
それでも、最後まで話を聞いてくれる人は好きだ。
「取り敢えず服は剥ぎます。装飾品、持ってますか?この人。」
「髪の毛で隠れてしまいますが、イヤリングなんかもありますねぇ。こういう人は自尊心を捨て切れない人ばかりですからぁ。」
価値のありそうな物は片っ端から取っていく。
衣服も手早く剥ぐ。
質入れするためだ。
刺してしまうと穴が空いてしまうので今回は首を絞めた。
ある程度終わると今度は死体を解体。
適当な大きさにしていく。
つい癖でブロック肉にしたくなるが、そこまで細かくする必要も無いだろう。
返り血は案外浴びない。
心臓が止まっているからだ。
袖口や靴は少し汚れるが、上着を脱いでおいて後で上から着れば袖口は隠せるし、靴なんて後で水溜りにでも突っ込めば良い。
暮ちゃんには離れてもらった。
汚れるから。
そうやって暮ちゃんは黙って見ていたが、ふと、人間であったとは思えない死体を指す。
「それ、どうしますか?魔獣でも探して、餌にするんですか?」
「・・・そうしましょうか。」
「?別の方法を考えていたので?」
「えぇはい、まぁ。手間が掛かりますし、そっちの方が早いでしょう。」
肉の塊になるのに大して時間は掛からなかった。
元々細かったから、肉の量は多くなかった。
骨は砕こうと思ったけれど、時間が掛かるし音もするので適度に折って捨て置いた。
お肉はその辺の犬にあげたり、猫にあげたり、それでも余ったものは、窓が開いている家の中に放り込んで置いた。
それからは簡単で、質屋でお金に換えて、そのお金で武器を買った。
武器と言っても性能は期待していなかったけれど、魔法がある世界だからか割と良かった。
ナイフや小刀、防具は必要無い。
食料品や簡単な調理器具も購入した。
それらを入れる鞄も購入した。
無論値切った。
現代日本で値切る機会なんて無かったので手間取るかと思ったが、気の良い人だったのか大いに安値で売ってくれた。
強気な姿勢は大切だ。
暮ちゃんのためにローブを買ったりもした。
髪色が少々目立つからだ。
「悪目立ちしますかね、やっぱり。」
「うーん、僕は素敵だと思いますけどー・・・どうしても一目を引いてしまいますよねぇ。」
「・・・きっと、貴方だけですよ。そんな風に言ってくれるのは。」
暮ちゃんはそう言うとローブを深く被ってしまった。
?僕変なこと言ったかな。
ちなみに僕の学ランは着替えなかった。
買おうとは思ったものの、いざ買おうとすると、何故周りの都合で僕が着替えなければならないのかと釈然とせず、止めてしまった。
目立ったとしても、これは彼女と僕を繋ぐ大切な服だから。
他にも理由はあったけれど、彼女との思い出を紡ぐというのは、僕の中で常に一番でなければならない気がした。
ぶらぶら街を歩いて、情勢を掴むことにした。
街の人にそこら辺を聞いてみると、どうやら魔王の出現によって国同士は表面上は、少なくとも建前上は友好的にしているらしく、人同士の戦争などはここ数十年起きていないらしい。
と、いうことは、魔王の脅威は少なくとも十年、あるいはもっと前からあったということ。
その中で何人かが魔王討伐に赴いたと考えると、中々ハイペースで死亡、召喚を繰り返していると仮定出来る。
・・・やはり、魔王討伐に参加しなくて良かった。
嫌だそんな集団自殺ツアー。
暮ちゃんも言葉には出さなかったが、心が通じ合った気がした。
「国から出るんですか?」
「そうですね。出ます。ただその前に・・・。」
王様に刃物の切先を向けた。
その前に王様は僕に、無能だと暗に伝えた。
その時の表情。
目線。
下手に出ていたが、それは人間としての最低限の品格を持ち、その尊厳を認めているのとイコールではない。
彼は僕を下に見ていた。
見下していた。
そんな僕の予想の真偽を確かめる。
知った上で、しかるべき処罰をする。
このまま国を出ていくのは癪だ。
むかつく。
むかつく、なんて直情的な表現になってしまうけれど、やはりそういう気持ちはある。
ここ数年はこんな短絡的に動いたりはしなかったが、異世界ということもあって調子に乗っているかもしれない。
城内の構造を全て理解したとは言えないけれど、以前、あちらの世界で中世ヨーロッパの城の間取りは見たことがある。
それを、中から見た時、外から見た時の間取りと照らし合わせれば、ある程度の想定は出来る。
「暮ちゃん。」
「?何ですか?」
彼女は真っ直ぐに僕を見る。
僕も真っ直ぐに見ているけれど、その心境は読み取れない。
対して、暮ちゃんはきっと、僕の行動の、その心理を、驚くべき程に読み取ってくれていることだろう。
そうであって欲しい。
そうやって僕を暴いて欲しいと思う。
人は嘘や内面を暴かれるのを嫌う。
それは人が皆嘘吐き、とんでもない、憎むべき嘘吐きだからだ。
都合の悪いことを隠すことばかりに嘘を吐く、天性の詐欺師だからだ。
詐欺師共め、僕を迫害してくれて、ただで済むと思っているのか、そんな憎しみは、少なからず僕の奥、背骨の内側、肺の向こう側に燻っていることだろう。
暮ちゃんはきっとその視線で、暴かれることを恐れる詐欺師共に厭われてきたに違いない。
逆に言えば、僕は詐欺師ではない。
だから心地よい。
暮ちゃんのその視線、嗚呼、彼女によく似た視線、それで穿ち抜いて欲しいと思えるのだ。
「王様の所に、戻っても良いですか?」
きっとこの発言の真意も理解している。
暮ちゃんはそっと頷く。
僕は微笑みを返す。
武器を服の内側に隠して引き返す。
城内に入るのは簡単だった。
未だに勇者と思われているようで、思ったよりも苦労が無かった。
何なら敬礼されたりもした。
何故か苛ついた。
王様の居る所は分からず、話を聞こうにもそれで勘付かれても厄介なので足で探すことにし、虱潰しに部屋を見た。
「あの、ここらにはいないのでは?」
「うーん、そうですねー・・・他に喚ばれた方も見ませんしー・・・城には居ないんでしょうかねぇ?」
寄り道にそんなに時間を掛ける気は無いしなー・・・。
引き返そうかな・・・。
「仕方がない、ここは諦めて素直に帰りましょう。よく考えていれば、何で僕があんな人の為に罪なんて犯さなければならないのか・・・。」
「居場所分かりそうですが、帰りますか?」
「よぅし気合いを入れましょう!さぁやっちゃって下さい暮ちゃん!」
さっすが暮ちゃん!
それでこそ暮ちゃん!
暮ちゃんはぎゅっと目を瞑って何かしらをしているらしい。
何だか意地らしく見えて、可愛らしい。
それで暫くそこで二人、立ち往生、いや、立ち止まっていると、は、と目を開いた。
両手を器のような形にすると、その手の上、空中に、まるでゲームのウィンドウのように、複雑に入り組んだ地図が浮かび上がった。
その地図の、そこそこ大きな部屋の中に、赤く点滅する丸がある。
「うわぁ。・・・なんですか?これぇ。」
「恐らく『地図無用』の効果かと。慣れないので時間は掛かりましたが、これで王様の場所はわかります。」
「そんな急に出来るようになって良いものじゃないでしょう。」
「いえ、実はずっと練習していました。念じていればどうにかなるものですね。」
地図はかなり簡略化されているようで、それは暮ちゃんがそう念じているらしい。
「細かい地図は読めません。大雑把でないと。」
僕もだ。
「王様の場所を念じているので、他の警備とか、住民とか、そういうものは表示されないようですね。どうします?他の人も表示されるように、試してみますか?」
「いえ、これ以上立ち往生はしたくないです。手早く済ませたいので、王様の所へ急ぎましょうかぁ。侵入者として襲われることは無いでしょうし。」
暮ちゃんの手を掴んで、地図を見ながらずんずんと進んでいく。
部屋の前には無論、扉の前に二人、警備が構えていた。
じっと見てみれば、その鎧の傷や体格は、紛れもなく先程、僕を案内してくれた騎士さんだった。
凛々しい立ち姿で、真剣なのが伝わってきた。
きっと一生懸命に職務を全うしているのだ。
僕はそれを、一身上の都合で捻り潰すのだ。
それは世間的に、きっと、身を捩る程、四肢を千切られる程に恐ろしいものだと定義される、そう思わされる。
だから出来るのだ。
僕はナイフを構える。
悲鳴を上げられてはいけない。
暮ちゃんは僕の後ろで息を潜めている。
僕はぐっと足に力を込め、まずは一人の目を突く。
スリットから切先を入れて、ぐちゃりという、他では感じたことの無い感覚が伝わる。
悲鳴を上げようとする。
その前に頭を叩く。
ごん、と金属の中で音が反響している。
手にじりじりとした衝撃を感じる。
騎士さんは倒れる。
一応音を出さないように手首を掴み、ゆっくりと床に下ろす。
「ひっ・・・!」
残っているのは、案内をしてくれた騎士さんだった。
覚悟をしていても、目の前で人を殺されると、想像できる痛みが目の前にぶら下がると、人は簡単に恐怖を感じ、自己の安全を第一に考える。
彼はお人好しのようだった。
命の危険も、命の取り合いも、経験したことの無いような、人の良い青年だった。
武器を構えられると面倒なので、ナイフを持ち替えて、彼の首を手早く、素早く刺す。
首周りは鎧の弱点になりやすい。
それは一番よく知っていることだっただろう。
警戒しているようだったけれど、目の前で残虐な殺し方をすると、まず声を上げるよりも何よりも、強烈に印象の残った頭や目を守ろうとする。
呆気なく殺せた。
血が、床を、ゆったりと、焦らずに広がっていく。
暮ちゃんはぱたぱたと近付いてくる。
「叩いただけで死んだのですか?痛みでショック死とか?」
暮ちゃんは靴が汚れないように気を付けながら死体をつつく。
公園で遊んでいる幼児のようで微笑ましい。
「鎧というのは衝撃からは守ってくれません。僕はそこそこ威力の高い打撃は繰り出せるので、あれで問題無いでしょう。内臓の破裂、脳震盪、或いはそれ以上。今頃中身はぐずぐずですよぅ。見ます?」
「見ません。悪趣味ですね。」
「そうですかぁ。とにかく、安心して下さい。」
そもそも僕、人体素手で破壊できるし。
潰したり、引き千切ったりは可能だし、鎧を着込んだ大人位なら大丈夫だろう。
まぁそんな乱雑なことやらないけど。
あの苦痛は二度と体験したくない。
生々しい痛みの記憶が脳内に再生されそうになり、慌てて消し去る。
思い出したくもない。
あの、寝台の中で悶えた記憶は、耐え難いものだった。
僕は暮ちゃんを手招きする。
そして扉に耳を当てる。
壁は厚い筈だが、割と聞こえる。
王様の声は特によく響いている。
「勇者として戦えるのは四人だった。だが、あまりに熱望されるものなのでな。一人抜けて、三人だ。」
「戦える者、だったのよね?何で一緒に行かせなかったの?」
「あまり不服な環境に置くと牙を向けられるだろう。相手はこちらの世界の住民ではない、我々では歯が立たない怪物だぞ?身を守るのも君主の務めだ。最低限の要望として聞いてやったし、もう安心だろう。」
馬鹿でしょこの人。
嘲るような話し方。
複数人が会議をしているのか、王様だけでは無いらしい。
敬語を使っていないのは、部下では無い人と会議をしているのだろうか。
まるでこちらが人間でないような言い草だけれど、僕も周囲の人間を、同じ考えを共有している、それが可能な存在として見たことが無い。
筋は通っているように聞こえる。
暮ちゃんは僅かに顔を顰めているように見える。
王様はまた話し始める。
「訓練はさせるし、一人抜けても問題は無い。どうせあの少女も適性魔術は無かったのだ。魔王相手には不利だが、我々の敵になられると厄介でもある。何せこちらは人間、疲れもする。対してあちらはダメージも無効にできるし、城の構造も筒抜けなのだからな。全く、神経を使った。」
「あらあら。お気の毒様。慰めてあげましょうか?」
「良い。貴様にそれを了承した者がどうなったのか、知らない私ではない。」
他の人間も賛同の笑いを聞かせる。
都合良く、僕らの話をしているようだ。
「他三人は既に訓練に入っている。まずは魔獣討伐からしてもらおうと思うがな。」
「それが良いわ。転移者は、ねぇ。感覚で使える筈の恩恵や魔術に説明を求めてくるし。」
「面倒だなぁ。しかしそういう話を聞くとやっぱり、異世界の住民というか、俺達の方が優秀に思えるんだが。」
もう少し、聞こうと思った。
この醜悪さを娯楽のように、聞き続けても良いと思った。
けれども。
暮ちゃんがまるで、その肉を摘んで、引っ張られて、千切られて、骨を砕かれて、皮膚を裂かれる囚人のような、悲痛な表情をするものだから。
それは昔、僕の正面、鏡の中によく見た表情で。
暮ちゃんは彼女の鏡である、彼女の大替品であると同時に、僕の鏡であるように思えた。
違う、鏡ではない、現像された写真のようなものだ。
この子への悪口や嘲りを否定するのは、僕への嘲笑や否定を、否定することになるのだ。
僕は扉を開けた。
鍵はかかっていた。
なので、扉を蝶番ごと、無理やり開けたのだ。
中には王様も、知らない人も居た。
どうやら服装を見るに、そこそこの重鎮らしい。
皆一様に驚いた表情を見せ、僕に視線を向ける。
各国の重鎮、とか、魔王討伐の為の会議、とか、そういう類の時間と人物だったのだろう。
悪いことをするな、とぼんやりと自覚した。
所詮それだけだ。
部屋の端に居た鎧達が向かってくる。
鎧というのは遅い。
重たいのかもしれない。
体にフィットした鎧でなければかなり動きにくいというのは以前聞いたことがあるし、実際あんな金属背負って戦うなんて息苦しいだろうな、可哀想だな、でも、まぁ、しょうがないよな、そんな哀れみと下劣な嘲りは同居出来る。
どちゃどちゃと、次々に、逃げようとか殺そうとか生け取ろうとか、各々の判断で動こうとして、そうなる前に厄介な順から倒れていく。
具体的には、逃げようとする人、殺そうとする人、生け取りにしようとする人の順だ。
面倒なのであまり時間はかけず、鎧は叩いて、それ以外は刺した。
それだけで呆気なく死んだ。
鎧も、集まっていた王様以外の人間も、そういう手順を踏まえて、何の印象も残さずに肉塊になった。
部屋自体がそういう肉塊、内臓の中で、僕はその中で拍動を続けているのだろう、床はしどしどと濡れ、歩く度に水溜まりを歩く時のばちゃばちゃとした音が鳴る。
王様はその中で、一人怯えていた。
情けなく、稚児のように体を縮こまらせ、震えている。
「おぉ、人体にバイブレーション追加のお知らせ。」
ちらと一瞥してみれば、暮ちゃんは部屋の外で佇んでいる。
心ここに在らずという言葉は恐らく今の彼女の為にある。
ローブをしっかりと被って、王様も僕も眼中に無い。
僕は床に座り込む王様に目を向ける。
「王様。僕は貴方に謝って欲しいとは言いません。謝れ!なんて脅す気も無い。ただシンプルに純然に、率直に翳りなく、死んで欲しいだけなんです。何か言い残すことはありますか?」
口元は歯と歯がぶつかり合い、がちがちと音が鳴っている。
その目は見開かれている。
何だか時間をかけるのが馬鹿らしくなってくる。
こんな人の為に苛ついていたのかと興醒めする。
時間さえあれば、色々するのだけどその暇も無いし、ただ時間をかけずに殺すのも何だかなぁ、という冷めた失望が残る。
それがむかつくので、袖口を漁り、針を刺した。
腕、肩、指と爪の間、大腿部。
蝶の標本のようだ。
この針は、僕の計略の殆どを見抜いていた先生に唯一見抜かれなかった物。
入手先は・・・ネットオークションだったかな。
返しが付いていて簡単には抜けない。
同時に先が特殊な金属になっていて、僅かな摩擦によって熱を帯びる。
焼けるのだ。
焼けるから血液も出ない、止血道具としても優秀な、歴とした拷問道具。
刺さると、皮膚、肉、場所によっては神経を直接焼く。
その痛みは想像を絶するが、慣れていないと簡単には抜けない。
この針もまた、僕が簡単に服を着替えられなかった理由の一つだ。
これを内側に仕込めるようにするのは少々骨が折れるし、裁縫道具を買う余裕は流石に無いから。
予想通りに王様は悲鳴を上げた。
喉が潰れるのではないだろうか、汚い高音とも言えないような、捻り出された獣の吠え声。
「ああああああああああァァァァぁァァァァ!!!!」
涙すらも流して、少し楽しい。
一国の君主をこうも拷問するのはきっと許されざる悪。
だからする。
すると暮ちゃんが隣に歩いてくる。
可愛い。
静かに歩いているのか、血飛沫はそこまで飛び散らない。
凄い。
「どうしましたぁ?何かありましたか?」
「いえ、声が思ったよりも大きかったので、恐らくもう誰かが駆けつけて来ますが、宜しいのですか?」
「・・・良くないですねぇ。」
王様はその言葉で一瞬顔を綻ばせる。
愚かなことだ。
それによって自分の寿命が縮んだのに。
僕は王様の胸に先程店で買ったナイフを突き立てる。
何度も、何度も。
引き抜いて、差し込む。
その度に慣れた感覚が神経を伝わる。
臓器は一撃一撃で破壊されていく。
王様が、最後の力を絞り出し、捻り出したのだろう、僕の手に爪を、がり、と、皮膚に食い込ませたが、特に痛みは無い。
血が流れたが気にならなかった。
何度も刺す内に動かなくなった。
人だった肉塊は死んだ肉塊になった。
僕は脱力したよう、筋肉が全部、全て無くなってしまったかのように座り呆けていた。
脱力したようなとか、そんなのではない。力が抜けている。
こんなこと、以前にあった気がする。
「先生。もう良いのでしたら、急ぎここを離れましょう。あの愚王の声が想像以上でしたし。」
それもそうですね、足音が遠くから僅かに聞こえます、五分あれば良い方でしょうね、そんな風にシニカルに笑ってやるつもりだった。
声が、息が、酸素が、ひゅうひゅうと肺を出て、喉を突き抜けていく。
声が出ない。
座っていられなくて、体の力は抜け、床に、受け身も取れずに無様に転がる。
「?先生?どうしました、芋虫の気分でも味わいたい、そんな気分だったんですか。分からないでもないですが、後でやって下さいよ。」
そんな気分になったことは無いけれど、否定出来る状態ではない。
全身、特に腕と脚が少しも動かない。
疲労では無いし、精神論でどうこう出来るものでもない。
これは筋繊維が引き千切れているのだ。
ずたずたになって、指一本動かせない。
しかしそれでも痛みは感じない。
感じられない。
内臓、循環器も恐らく大分傷付いている。
手足だけにダメージが入る訳ではない。
乱雑に執拗に使ってしまうからのダメージ。
「先生?あの・・・先生?大丈夫、ですか?」
「かひゅっ・・・!ひゅっ・・・!」
「・・・!先生!しっかりなさって下さい!」
精神病、「否定症候群」。
「特定保護対象精神病」という、国の人が探し、そして世俗から隔離する必要がある、そう定義している精神疾患の内の一つで、「否定症候群」以外にも共通しているその特徴は高い記憶力と異様な身体能力。
しかしそれは身体構造の違いなどでは無く、肉体への影響やダメージを顧みれなくなることによるその強度だ。
筋肉痛や、肉離れ、そういう後のことを考えて、人は体を動かし、脳は無意識下で静かに制御を下し、神経は怯えながら躍動する。
それが愛すべき、違う、憎たらしい、全くもって近付けない普通の動き方。
その制御も全てが外れている、箍が外れたまま生まれてきたのが僕らなのだ。
それに伴って痛覚も殆ど無い。
大暴れすればその分のしっぺ返しはくる。
それを予想出来ないのがこの病。
僕らを異端たらしめるもの。
その影響すらもどうでも良くなってしまう、最悪の、生まれながらの精神病。
口の中に血の味が染み渡る。
口の端から生ぬるい液体が垂れる。
死ぬな、と思った。
あちらでも一度、こういうことがあった。
その時はまだ知らなくて、知っていても同じことはして、床に伏していて、死にかけて。
病院に運び込まれて、すぐに処置された。
そうやって大暴れして死ぬ子だって沢山いるし、ここでは満足な治療は望めない。
死ぬな、嗚呼、はっちゃけたからな、でもしょうがないよな、こいつ死ぬべきだな、なんて高尚なことは考えてないけど、そうしなければならない、あの顔を歪めたくないなんて、お子ちゃまで、幼稚で、何とまぁ哀れで、それでいて愚直なことだろう、それを実行したくなってしまったのだから。
だってあいつらは何をしても死なないと妄信している有象無象の一人で、殺してはならない人間で、一般の人よりも、酷だけど命の価値が重たい、そんな奴らで。
だからこそ殺さなければと思ったのだ。
暮ちゃんは心配そうに覗き込んでいる。
その表情は懐かしくて、同時に見たことが無い表情。
それを見て、愛おしさと同時に形容し難い怒りを感じた。
怒り?僕は怒ったことなんて無い。
一度も。
怒りではない。
怒ってなんていない。
じゃあお前、どうしてそんなに唇を噛み締めて、どうした、血が増えているぞ、怒ってないっていうのならそれは何だ。
怒ってなんていない。僕は自分に失望しているのだ。
「彼女」は、あの美しい少女は、こんなに心配そうな表情はしてくれなかった。
僕らにそんな仲は構成されていなかった。
悲痛な表情はあっても、助命の視線はあっても、僕を労ることは無かった。
そう思うと、この、受け入れ切った肉体への耐え難い、死に至る疲労は何よりも許し難いものにへと移り変わる。
体の奥、骨髄の先、血管の中、肉の端、臓器の一部、背骨の裏、そこから、優しい違和感が駆け上がってくる。
視界に映っている手、投げ出した腕が、淡く、赤く発光しているのだ。
何だこれ。
気持ちが悪い。
痛みは無いけれど体の違和感は分かる。
不快感のある、千切られた筋繊維、折れかけた骨、これ以上使えない臓器。
それらの違和感は消えていく。
泡だ。
感覚を言語化するならばそれに近い。怪我が、反動が、泡に攫われて、泡になって消えていく。
「・・・先生。それが貴方の力ですか。」
暮ちゃんはもう憂いも心配も、欠片も表に出していない。
無表情だ。
「・・・は・・・?」
声がすんなりと溢れ落ちた。
じっと自分の体を見てみる。
僕の手はいつも通りだ。
握ったり開いたりしてみる。
普通に動く。
腕も、脚もそうだ。
普通に動くし、立ち上がっても何ら変わりない。
これは治癒ではない。治療でもない。じゃあ何か。再生だ。再生に近い。
「自己再生」。
そんな物はあった。
あったけれど、気にも留めなかった。
そんな、役に立つとも思っていなかったから。
そもそも使えるとも思っていなかったから。
それがなぁ・・・死ぬかもな、なんて格好よく潔く気持ち良くあっという間に終わろうとしたらこれだからなぁ・・・。
「死の危機にギリギリ使えるようになるって・・・ご都合主義全開のアニメじゃないんですからぁ・・・。」
「・・・先生は、本当にこの異世界の力に頼る気が無かったんですね。ギリギリ使えるようになったのではなくて、単に死に瀕するまで使えなかったのだと思いますよ。」
「そんなぁ。暮ちゃんはあんなにぱっと、それこそ照明で照らすくらいの手軽さで使っていたじゃないですかぁ。」
「それはまぁ、ですから、意識の差ですよ。それだけ、それだけです。先生のせいですから、誰も恨むものじゃないですよ。」
何だか恥ずかしい姿を見せてしまった。
服の汚れを取ろうと思ったけれど、どっちみち血でびたびたなので諦めた。
針を回収し、ナイフもきちんとしまう。
「これ、各国重鎮さんだとしたらどうしますぅ?」
「国際指名手配犯ですね。こちらの法律は知りませんが。どうします?今からごめんなさいをしに行きますか?」
「そうしたいのならそうしますがぁ・・・嫌でしょう?」
暮ちゃんは頷く。
「じゃ、逃げましょうかぁ。」
手を、そっと握る。
どたどたと品の無い足音が聞こえる。
部屋の出入り口は一つ。
そこを固められると出られない。
焦りはない。
逃げる方法は単純明快。
「殺しますか?」
「王様の血を拭って、生きているように見せかけましょう。それを人質にします。」
「止めましょうそんな面倒な方法。普通に殺せませんか?」
「出来ますけどぉ・・・つまんなくないですかぁ?」
「余裕がおありで。」
すぐに攻撃を仕掛けられる人員は、恐らく騎士ばかりだ。
僕は物理に対する攻撃手段や防御手段はそこそこ有しているけれど、魔法となると困るからなぁ・・・。
まいっか。
どうせ暮ちゃんもダメージ無効だし。
僕も再生できるし。
けたたましい金属音で主張しながら雪崩れ込んでくる鎧達。
可哀想に、お前達は、今から死ぬことに対する感想も、感慨も得られないのだよ。
なんて可哀想、しかし知っていて、だから何だというのだろうね?
神に懺悔するでもないだろうに。
下らない考えだ。
ナイフ、針、殺傷能力は十分。
目元を狙って、その隙に頭を叩く。
それだけの単純な作業。
部屋に死体が増える。
興が乗って、そのまま駆け出し、目に付いた人間は片っ端から倒れていって。
先程よりも「自己再生」の効果と発動までの時間は短縮されているようだ。
動けなくなることは無い。
そのお陰で何の憂いも無くただ淡々と、訥々と殺し続けることが出来た。
再び暮ちゃんの元へ戻ると、何人ねじ伏せたか分からなくなってしまった。
「逃げられそうですか?」
「応援が来る可能性はありますけどぉ、当面は問題無いですよぅ。金品だけ持って逃げましょう。背負っても良いですか?」
「何故?」
「僕に走って付いて来れるっていうのなら構いませんけどぉ。」
暮ちゃんは僕の背中に収まった。
体温はやや低めで、小さかった。
僕よりも年下だろうか?
彼女と同じで嬉しくなる。
走り出すと、耳元で、「ふふっ。」という笑い声未満の声を聞いた。
「どうしたんです?」
「・・・早いもので。つい、ふふ。何だか、アトラクションみたいで、おかしくなってしまって。変でしょうか?」
「いいえ。全く。」
城内の所々には腐りゆくだけの死体。
絨毯の色は真紅に早変わり。
煌びやかな、国で一番豊かな場所は、あっという間に巨大な墓地となる。
そんな中、微笑みを浮かべ合い、背負われ、走り、逃げゆく男女が二人。
おまけにその手には盗品。
何の理由も無く殺される、明らかにやり過ぎな、それを何とも思わない、思えない、人間の品性と感性を捨て去ったような歪な姿。
何とまぁ奇妙かつ悍ましい光景のことか。
「お腹は空きましたか?」
「少々。」
「何が好きですぅ?」
「・・・ご想像にお任せします。」
「そこ秘匿する必要性あります!?」
飯屋と思われる建物は目星を付けている。
そこでご飯を食べて、出発準備をして、魔王の所まで行こう。
そうやって逃げて、帰るのだ。
「ローブ、汚れてません?」
「まぁ、多少は汚れているでしょうね。洗えますかね・・・。」
「?大丈夫でしょう。血液くらい水で落ちますよぅ、きっと。」
「・・・そういうものですか。」
跳ね橋から出ようとするのを止められたので、片手で騎士さんの頭を叩きながら、暮ちゃんの好きな食べ物を聞き出す方法を考えていた。




