第一話
初投稿です。
高校に通いながらなので更新頻度はやや遅めと思われます。
誤字などありましたら優しく教えて下さい。
あの夜、人生で一番大切なものを貰った。
まだ単なる哀れな少年でしかなかった僕。
世界に馴染めず、馴染もうと思えず、社会に対する漠然とした敵愾心を、敵対心を、そして何より恐怖を抱き続け、それを曝け出すことも出来ずに一生生きていくのだと絶望していた僕。
そんな僕に、それを異常だと受け入れていた僕に、否定を与えてくれた彼女。
救いの病名を与えてくれた少女。
人生に対する大いなる導き、目的を与えてくれた、何より尊い彼女。
愚かな、そう、愚かな、汚い、自分が汚いということを自覚していない、人は汚いのだ、そう言うと、ちょっと待て、お前はいつからそんな綺麗事を口に出せる人間になったんだい、そう言われるだろうことを平気で口に出せる、それ程までに穢れた輩、それを遥かに凌駕する彼女。
その思い出は一生抱えて生きていたい。
美しい。そうだ、美しかった、あれは大層美しかった、あれよりも美麗なものは見たことも聞いたことも無い。
あれを思い出にしたくない。
その一心で生きてきた。
その為に精一杯に歩いてきた。
血反吐を吐く思いで、薄れないようにと必死で。
僕は大抵覚えているけれど、あの日の記憶はあまりにも儚くて、消えてしまいそうで。
焦燥と侘しさだけがこの胸に、残渣のように残り続けて腐らせていく、最低な気分で。
街中に居た筈だ。
僕は自身に付いて来てくれていた医師と共に、九州の大きめの街を歩いていた。
空は底抜けて明るく、ひたすらに晴れ渡っていて、目の奥がちかりちかり、と、脈拍と同時に痛んでいた。
敏感なんですよ、何、すぐに慣れます、それよりも人酔いですよ人酔い、え、何です、先生もですか。どうしてこの道を選んだんです。
目を細めながらも、人の多さにはむかむかとする衝動に近い何かが胸にせり上がっていて、それはやはり、似たもの同士だからか、同じようで安心していた。
それを振り払うように、大衆の中で、明るく元気にはしゃいで、走り回って、それに迷惑そうに眉を顰めるのを更に楽しんで。
先生、どうです、一緒に。
なんて口を開こうと後ろを振り向いた。
だというのに、何だろうこの状況は。
「遂に成功したのか・・・!?」
「直ぐに王をお呼びしろ!」
状況を説明する前に何かしら知っていそうな人が走って、口々に思い思いのことを口にしながら部屋から立ち去ってしまう。
異国の、うーん、どこだろう、中世くらいのヨーロッパあたりのような服装をしている。
ばたばたと荒々しい退場で、無責任だ、いや、人間とは皆こうだったかな、無責任ではないのならどう表現しようか、よし、ならば馬鹿と呼ぼう、そう思う。
上を見ても空は見えない。
見える訳がない。
天井がある建物の中で空なんて見えやしないし、それは幼年に感じたであろう寂しさを想起させる。
広い空間とはいえ空気はこもり、それが独特の不快感を醸し出していて、今すぐにでも此処から駆け出して逃げ出してしまいたくなるような焦燥感も同時に、心の底から湧き上がる。
僕だけが此処に居る訳でないのが、より一層それを加速させているようだ。
其処は豪奢な建物の中で、その中でも特に大きな部屋なのだろう、数人、学生服の人間や背広を着込んだ男性が、僕と同じように立ち竦んでいるのだ。
その表情からは何となく、僕と同じような状況なのだろうな、ということは読み取れた。
一先ず僕は周りの人間から距離を取りながら時間が経つのを待つ。
「うわっ。」
重心がずれる。
足元に毛の長い絨毯があったから、足を引っ掛けたらしい。
「あー・・・何か、ごてごてした場所ですねぇ・・・。」
壁も、棚も、窓も、目を細めたくなる飾りやら何やらで過剰な程飾り付けられている。
日本にこんな建物あっただろうか?
がやがやとしたまばらな喧騒に包まれている。
気まぐれに数えてみれば、この部屋に現代の服で立っているのは四人だった。
僕を合わせれば五人だ。
「よっしゃ商談行かんくても良さげやな。」
「定期テスト遅刻しそうなんですけどー。ま良っか。」
「うえぇぇぇぇぇん・・・誘拐です〜・・・犯罪です!お家に返して下さいぃ・・・。」
・・・五月蝿い三人だなぁ。
良くも悪くも関わりたくはない。
あれ、これ良い意味あるかな。
ぼんやりと立ってみる。
飽きる。
なので隣の女の子に話しかける。
女の子は髪の毛が短く、綺麗に切り揃えられている。
その色素は薄く、灰色と白が混ざったような斑模様だ。
寒色のセーターを着ていて、手の所の袖がかなり余っている。
「こんにちはぁ。」
「・・・こんにちは。」
「貴方の名前は?」
「・・・教育が良いものでして、知らない人には名前を教えられないんです。」
「上品だ。」
隣の少女は無表情だ。
何かしら考えているのだろうか、僕も考えている。
この状況下でもこの反応というのは、普段から何かしらのトラブルに巻き込まれていたりするのだろうか?それとも性格なのだろうか。
どちらにしたって騒ぎ立てないのは好感が持てる。
そんなことを考えながらも、思考は重複し、何となく、信じたくないような考え、予想が頭をよぎる。
あまりこの手の小説は読まないのだけど、もしかしてこれはあれなのだろうか。
異世界転移、という奴なのだろうか。
「・・・これ、どう受け止めますぅ?」
少女はこちらに視線を向けるだけだ。
顔は向けず、客観的に見ることが出来る人間ならば、仕方なく阿呆の相手をしてやっている哀れな少女が鮮やかに見えることだろう。
返事らしい返事は無く、あったとしてもそれは僕と会話をしているのではなく、あくまでも「話しかけてくる相手」として見られていて、個人として彼女の前に存在している訳ではなく、それはマニュアル通りに接しているに過ぎない。
何かちょっと嬉しい。
何でだろう。
Mになったつもりは無いけれど。
「僕はねぇ。異世界転移ってやつだと思うんですよぉ。この場所に来る前に、何か見た気がして。光ったり、したんでしょうかねぇ。おかしいなぁ、僕、物忘れとかしないと思ってたんですけど。床が光ったり、もしかして一度死んでいたり?とはいえ、僕最近そういう小説読んでなかったのでわからないんですけど。」
僕はきっと笑っているだろう。
少女は白い髪の毛をかきあげて、僕ではない方向を見ている。
その瞳の中に、よく、毎朝、鏡の中で見るような、薄暗い、後ろ暗い、そういう陰鬱とした、鬱屈とした何かを見た気がした。
何かを話そうとした。
口が開いた。
そこでこの時間は終わった。
「待たせてすまない!」
よく聞くセリフだった。
入ってきた人物は、髭を蓄えた厳つい、いかにも尊い身分であることを象徴している洋装に身を包んだ男性だった。
頭の頂には冠が乗っかっている。
声も低音で、それでいてよく響く。
身分の高い人間というのは舐められてはいけない。
だからだろうか、どことなく、こちらを見ているだけで、見られているだけで威圧されている、恐怖を植え付けんとしている、という気分になってくる。
「初めましてだな。君達に置かれている状況を、召喚を担当した魔術師達が説明していないと言っていたので来たのだが・・・何となく理解している者も多いだろう。」
その服装を見る限り、この国の王様らしい。
「異世界転生、ですか・・・?」
涙を瞳に溜めつつ、髪の毛をベリーショートにした(それでいて前髪はそこそこ長く、瞳なんかは完全に隠れてしまっている、邪魔そうだ)を揺らしながら、先程までギャン泣きしていた、制服を着た少女が恐る恐ると言った具合で発言する。
その声に、背広を着た(恐らく営業職に就いているのだろう)男性が、「そんな阿呆な。」と返答する。
僕もそう思う。
短髪の少女は、「ご、ごめんなさい・・・。余計なこと言っちゃってぇ・・・私いっつもこうでぇ・・・!!」と泣き始める。
「うえ、嘘やろ・・・大丈夫よ。ごめんて。」
「よくわかんないけど、これってさー、なろう小説によくある奴?」
「多分な・・・よぅ知らんけど、ここが日本、なんて言う訳にはいかへんわ。」
三人は一生懸命に口を動かしているが、僕と少女は何も言わない。
疎外感とかは無いが、何か背徳感というか、するべきことをしていないことに対する罪悪感、いや、それも無い、ならば何なら持っているのか、何も感じていないのか、強いて言うなら、「さっさと説明してくれ。」という飽きだ。
王様?は、咳払いをした後、「君達は、私達の国、アレトラン王国が危険に晒されているが故に、異世界から呼んだ勇者達だ。異世界転移と呼ぶのが正しいな。」と厳かに話を続ける。
「勇者!?」
一同の言葉が詰まる。
隣の少女が、やっとこさ反応らしい反応を示す。
目元をぴくりと動かし、王様の、多分、口辺りをじっと見ている。
口に出されると現実味が増す。
しかし、困る。
もしも僕が一人で転移してきたと言うのならば、大きな問題が発生してしまうのだ。
「あの、王様。」
僕の言葉に、一同が一斉に視線を向ける。
王様という呼びかけは合っていたらしい。
「何かね?」といういかにもな答えが返ってくる。
「僕は先生と共に居たんですけど、その人は一緒に来ていないんですかぁ?」
「先生?・・・この転移は、我が国を救うことのできる勇者のみ喚ぶことができる。それ以外の人間は喚べない。」
「つまり先生は来ていないと。」
胸中を占める心情は、諦めと僅かな、微かな焦燥だ。
先生とはもう三年の付き合いだ。
ここに来れていないということは、あの人は今、九州で一人ということ。
残してきた人間を想う感傷なんて残っていないけれど、少し申し訳ないことをしたな、とは思う。
あの人の職務怠慢と思われたら、出来たら証言してあげよう。
そんな愉快なことを考える。
「勇者ということは、魔王討伐か何かをしろということですか。」
隣の少女が挙手がてら質問する。
礼節のある子だなぁ、とうっとりしてしまう。
上がった手はたわんだ曲線を描いていて、それでいてバレエを見ているような芸術的な美しさを包容している。
耳に付くまでくっと上がっていて、それに引っ張られる上腕二頭筋上頭、棘上筋、小円筋。それがありありと、主張し過ぎない、しかし退化し過ぎてもいない絶妙なバランスで動いている。
「あぁ。我が国、ひいては世界の平穏と安寧を脅かす巨悪であり凶悪な存在。それを打ち倒せるのは異界より出る勇者のみなのだ。」
「わ、やっぱり綺麗な声ですねぇ。お名前なんて言うんですかぁ?」
「少し黙っていて下さい。」
はきはき、と、区切りと発音がはっきりと明確になっている話し方で、他の人の弱腰な話し方とは比べ物にならない。
声自体はよくあるような声だが、それがまた妙な感動を覚えさせる。
普遍的なのだ。
普遍、普通、それは良い。実に良い。
人は誰しも無意識に、無自覚に無責任に、普通で普遍で普く全ての者と同じ平均的な物を求めている。
それは隣にあるとより一層気に入り、執着を覚えるのだ。
僕はそう思う。
逆はいけない。
何にしても、逸脱していてはいけない。
生きにくいし、息が出来なくなるから。
だから、彼女には、長い髪の毛の彼女には、何だか感動というか、おかしな話なのだが、懐かしさのような、うん、ノスタルジックなのだろう、安心に近い、諦めていた物が手元にあるかのような歓喜を覚えたのだ。
「諸君らの身体能力、魔力、そして適性を見させて貰いたい。尚これは強制力のあることだ。済まないが少し協力して欲しい。」
王様がそう言うが早いか、裾の長いローブを纏った人間が何人かせきたてられるような速さで部屋に入ってきた。
事前にリハーサルでもしてたのか、君達は。
王様エンタメ好きなのかな。
数は五人。
一人につき一人、なろう小説で言う所の「鑑定」を行うらしい。
部屋のそこかしこで、はっきりと発音しない低音が聞こえ始める。
そこから数秒経っただろうか・
「おぉっ!!」
?何だろう。
どよめきが聞こえて見てみれば、先程泣いていた少女が取り囲まれている。
少女の目の前には白い紙が浮かんでいる。
浮遊しているのだ。
それの片面に、何か、色々書いてあるらしい。
この距離からならば何とか読めるが、歳は十四。
名前は興味無いが、随分若い。
可哀想に、あんな歳で慣れ親しんだ故郷を引き離されて、巨悪との戦闘を強要されるなんて。
そんな、勇者だの魔王討伐だの、非現実的かつリスクの少なさが見て取れる甘ったるい言葉で誘惑できるかしら、なんて思いながら、お約束のような言葉を述べるローブ達を見る。
「この方、何という魔力!宮廷の魔術師でもこのような数値は出まい!凄まじい才能だ!!」
その驚愕の表情はどんな俳優も真似出来ないだろう。
どうなってるんだあの表情筋。
全力で驚きを表現している。
「え、えぇ・・・あの・・・そうなんですか・・・?」
当の本人は怯え切っている。
そりゃそうだ。
紙、浮いてるし。
皆平均的な数値を説明してくれないし。
後で一度に説明するのかな。
「へー、スゴイじゃーん。」
「この方も凄いぞ!」
次に凄いと言われたのは、今まさに短髪の彼女に賛辞を述べた、これまた少女。
短髪の彼女よりも背が高く、厚い、たっぷりとした肩、滑らかな背中、なだらかな胸部、およそ人類において最もバランスの取れているであろう腰と骨盤、長い腕、細く太い、その塩梅が完璧な脚、そして何よりも、厚すぎない化粧と適度な装飾品によって彩られた、顔と髪の毛。
それはあまりにも人の情欲と関心を惹きつける容姿と呼べるもので、その煌びやかな風体にはその裏にある醜い苦労が想像出来る。
制服ではなく私服だが、歳を見るに学生だろう。
ただ立っているだけで艶かしい、いやらしさすらも覚えるような、独特の色香がある。
ちょっとタイプ。
「貴方のその適性の数!あらゆる魔術に対する適性がある!これは大きな武器になります!!」
「ほーん。よかったねー。」
その声はひたすらに平坦だ。
「あの方、先程から棒読みですね。」
「そうですねぇ。あ、お名前何て言うんですかぁ?」
「モブ1とお呼び下さい。」
「・・・。」
両者黙ってしまった。
そして、もう既に見飽きた歓声が再び、いや三度か、聞こえる。
「貴方は魔術の中でも特殊な、死肉及びその魂を操る魔術、否、これは妖術とお呼びすべきでしょう、それと聖なる聖術を持っている!この相反する性質!」
「初めて知ったわー。そんなん持ってたんかー。あっちで使うてたらなー。営業マンとかやらずに済んだんやけどなー。」
「この国の建国以来の逸材だ!!」
それは背広の紳士で、満更でも無さそうなはにかみを見せている。
それを制服の少女と艶かしい少女が見ている。
少女も見ているが、少しだけ表情が険しく、どこかで見た記憶があったので探してみると、鈍い何かに対する苛つき。それに伴う焦り?いや、違う、あ、そうだ、そうだそうだ、焦りではない、急かしたいけれど急かせない、そういう息苦しさだ。
つまりさっさと終わらせろ、と言いたいけれど言えないから苛ついているのだ。
「・・・順番に鑑定する規則でもあるんでしょうかねぇ?」
「さぁ。」
そして僕の番になったらしい。
僕の側に立っていたローブの方(それは見た目、六十どころか七十にも見えるような老婆で、ややもすれば王様よりも貫禄があった。その眼光たるや。僕にはとても及びもつかない領域がそこに静かに主張されていた。)は、僕に音も無く近付いてくる。
そして口の中で転がすように、もごりと何かしらの呪文を唱える。
何やらお経に近い響きだ。
そっと居心地の悪さを感じながら待っていると、何処から出てきたのだろうか、もう三枚見た白い紙が浮かび上がった。
一番上に僕の名前が刻まれる。
『七星 陽一』
筆記体だ。
誰が書いているんだろう。
どうでも良いことだ。果てしなく生産性が無い。
その下に意味の分からない言葉が綴られていく。
『適性魔術 無し』
『恩恵 無し』
『技能 無し』
・・・無い無い尽くしの気がする。
技能はスキル、恩恵はギフトと読むのだろう。
多分。
読み仮名も付けて欲しい。
辛うじてと言うべきか、それとも不幸にもと言うべきなのか、どちらにしたって耐えられない話ではあるものの、『特性』の欄には『自己再生』と出た。
それ以外は殆ど無しで埋め尽くされていて、自己再生以外に特筆すべき項目は一つだけ。
『状態 精神疾患 「否定症候群」』
それで鑑定は終わった。
老婆は目を見開き、それを伏せ、蛇のように、そうだ、マムシだ、以前マムシに出会った時、こんな瞳をしていた、偉大さと矮小さを、賢しさと魯鈍な獣畜生を同時にその腹に抱く、その瞳、それのような、軽蔑でもない、侮蔑でもない、諦念でも、勿論ない、強いて表現するならば、哀れみ、その類の目線を向けてきた。
この人は悪い人ではない。
そう直感した。
少なくとも僕のような人格破綻者ではない。
友人になりたくなった。
つくづく歳が離れた人にばかり好感を抱いてしまう、老婆に歩み寄り、「僕の結果、どうでした?」と愚者のふりをして聞いて見た。
老婆は言いにくそうに、顔を歪めながら、「・・・最悪だよ。こんな弱くて、あんた、可哀想に、長生きできないよ。」と、絞り出すような悲哀に満ちた声を出した。
「それは残念。慰めてくれますぅ?」
「こんな糞ババアに期待しなさんな。」
「ですかぁ。」
老婆は期待に満ちた王様に、一呼吸分時間を置いた後、「これは勇者にも賢人にも、戦士にだってなれないね。」と言い放った。
隣の少女はこちらを見ない。
王様は失望に近い視線を向けながらも表情は変わらない。
「そうか。」
そう呟いて人差し指をすいと動かすと、僕の個人情報満載の紙はその動きに呼応して飛んでいく。
薄情な紙だ。
僕の名前が書かれて、僕の病名が書かれているだけで何となく主人の気分になってくる。
そんな訳は無いのに。
王様は眉間に皺をこさえて、酷いことは僕でも判るのだ、きっと最悪な気分だろう、重苦しい空気纏っている。
然し感情的にならないのは流石為政者という所か、「一先ず最後まで計測するぞ。そちらの方の計測を急げ。」と命令する。
そちらの方というのは隣の少女だろう。
少女はあまり反応しない。
期待どころか関心すらも見えない。
少女の計測も始まる。
何も書かれていない、もう見慣れた紙が浮かび上がる。
一番上に名前が上がる。
『鳴藁 暮』
・・・?なんて・・・?
「なんて書いてあるんだ・・・?」
「なきわら、くらし、で良いのか・・・?」
僕もそう思う。
周囲の人がいつの間にか集まっていて、その中でざわめきが広がっている。
「なきわら くらしで合っています。読みにくいのは私のせいじゃありませんよ。」
「何も言ってませんよぅ。」
「幼い赤子にどうしろと言うのですか。」
「だから何も言ってませんってぇ。」
名前の下には、僕と同じような項目が並んでいく。
『適性魔術 無し』
『恩恵 状態異常無効』
『技能 地図無用』
『特性 ダメージ無効』
・・・特性と恩恵の違いが分からない・・・。
「おぉ・・・!状態異常無効に、ダメージ無効まで・・・!流石だ・・・!」
「へー。そんな凄いんだー。良かったジャーン?」
「・・・はぁ・・・。」
僕と同じく微妙らしい。
説明して欲しいよなぁ。
そんなことを思っていたら説明してくれた。
曰く特性というのは、その身体に埋め込まれた、まさしく特性、性質のこと。
恩恵というのは神から与えられる力、らしい。
技能はまたニュアンスが違うもので、本人の出来る無意識の才能を言語化、視覚化したもの。
それぞれに大きな違いがある訳ではないが、測定するとこのように分かれて出てくるというだけのようだ。
レベリングもされている。
状態とか、他の欄も見る前に王様の方に飛んで行ってしまったが、何となく分かった。
王様は五人それぞれの結果をじっくりと見て、苦虫を噛み潰した、それよりもきっと痛々しく苦々しい険しい表情で、「ヨウイチ、といったか。」と問いかけてくる。
「はい。陽一君ですよぅ。」
「正直、君のこの数値では魔王の討伐は難しい。向かっても死ぬだけだろう。」
「ですよねぇ。」
追放だろうか?
追放されてしまうのだろうか?
僕は要らない、と、一方的に吐き捨て、痰壺に向ける視線、蠢くような憎悪と嘲笑を向けられて、存在意義すらも容赦なく自分本位に切り捨てられるのだろうか?
そう考えると、むらむらと苛立ちが湧き出てくる。
何だかそれは違うよな、と。
別に役立たずはこちらだけど、それにしたって、僕が決められないのは違うよな、と。
「でしたら僕は帰してもらっても宜しいですかぁ?」
単純に帰りたいのだ。
当てつけではない。
残してきた先生も心配だし、何より、僕には戻ってやらなければならないことがあるのだ。
こんな所でRPGゲームをしている気は無い。
王様は面食らっているようで、その細い瞳を僅かに大きく開いている。
しかし、その口の端は、僅かに、他の人間に気が付かれないような変化の少なさで、くっ、と上がる。
「そんなに驚くことですぅ?」
「いや、そうだな。今までそんなことを言い出す者がいなかったものでな。帰る・・・通常それが正しいのだろうな。」
「そうですねぇ。正しいので今すぐ帰して欲しいんですけど。」
王様は少々考える素振りを見せて、口の中で言葉を転がし、言いにくそうに口ごもり、視線を逸らし。
「それは出来ない。」
と答えた。
僕は王様に切り掛かった。
座っていた椅子は派手な、大きな音を立てて倒れる。
無論、王様も、倒れる。
仰向けだ。
人体の急所、その正中線、全てが曝け出されている。
やりやすい。
あまりにも隙だらけだ。
高貴な身分の人間とはやはり、あまり動かない生活を続けているのだろうか?
周囲の人が動く。
近衛兵かもしれない。
遅いな、と思う。
「王様。僕は帰らなければなりません。帰る方法を提示して欲しいんですよぅ。何か出来ないんですかぁ?」
振りかぶった刃物は、明らかに刃渡り12センチ以上の、刀身の細い、桐のような刃物だ。
以前先生から貰った。
「護身用に。」と強請ったけれど、きっと|こういう目的であることは気が付かれていただろう。
「他の、あの方達は、同じく喚ばれた方達は、生物の命を奪う特訓から始めるのでしょうねぇ。知能ある生物の生命を奪うというのは、モラル、道徳観に囲まれて育ってきた、いわば甘ちゃんな方々には少し難しいことでしょうからぁ。しかしその点僕は安心。一息に・・・とまでは行かずとも、きちんと殺せます。貴方を組み敷いているのはそういう人間ですよぅ。」
例え近衛兵が襲ってこようとも負けない自信はある。
無根拠だが、反応の速度を見るにあまり練度は高くない。
この場に居る人間に、王様の身を脅かす存在なんていないと思ったか、転移してきた者を怯えさせないようにしたのか知らないけれど、かなり甘い。
見通しが甘ったるい。
・・・この国、望んで従いたくはない。
王様は暫く僕を睨んでいた。
僕は微笑んでいた。
刃物は首筋に当てられている。
それで観念したのだろう、「魔王が、知っている。元の世界に帰還するには、魔王から聞き出さなければならない。これで宜しいか。」と答えてくれた。
「宜しいですよぅ。ありがとうございますぅ。」
帰る方法があることに安心した。
僕はまたあちらの世界で、彼女を、想い出を、追いかけられるのだ。
安心という感情が残っていることに驚いた。
「彼女」の為に安心とか、安堵とか、そうやって感情を動かせるのは素直に嬉しい。
す、と、なるだけ淀み無く、絨毯に引っ掛からないように気を付けながら離れる。
「じゃ、僕はお役になんて立てないでしょうから、これでおさらばしましょう。餞別とかも入りませんよぅ。何とかしますしぃ。」
「あ、あぁ・・・。」
「ひぃえ・・・。こ、怖い人です・・・。」
「うわー。勇気あるー。」
ゆったりと起き上がる王様に、焦った様子の近衛兵が駆け寄る。
角砂糖に群がる蟻というのは、ああいう様子を見せていた気がする。
「僕はもう行きますけどぉ・・・出口は適当に探しますからねぇ?」
「好きにしろ。・・・無責任に喚んだのはこちらだ。」
「話が通じる人で良かった。もう会うことは無いでしょうけど、成功を祈ってますよぅ。」
大きな扉が開いたままなので、その扉から出る。
例え僕が有能で、追放処分を受けていなかったとしても、僕はこの城から一人で出ていたことだろう。
ここには先生もいない。
薬剤も無い。
集団生活なんて出来る人間でないことくらいは流石に自覚している。
中世ヨーロッパみたいな城内だけど、豪奢ではあるけれど、何故ヨーロッパの言葉ではなかったのだろう?
何故か文字も読めたし・・・。
日本語に変換されているとか、そういう機能なのか?
まぁ考えた所で答えは出ないだろう。
どうせ判っても意味が無いだろうし。
何人か、常駐しているのだろう騎士らしき人物に、不審者か何かと思われたようだけど、僕の服装を見て転移してきた人物と気が付いたようで(優秀だ)、親切に出口を教えてくれた。
魔法がある世界で肉弾戦ってあるのだろうか。
皆が皆金属の鎧を着込んでいる。
騎士よりもさっきのローブの人を常駐させた方が良い気もするけれど、僕はあんまり詳しくない。
何か深い事情があるのだろう。
そう思って、道案内をしてくれた騎士の方と穏やかに会話をしていた。
「何で魔術使う人とか、魔法を使う人とか、そういう人は居ないんですかぁ?甲冑よりも防御力高そうですけどぉ・・・。」
先生が居たら、「穏やかに会話をする気があるのか、お前は。」とチョップしてくれそうだけれど、騎士の方は思ったよりも怒らず、「転移者様はご存じありませんか。」と親切心マックスで教えてくれた。
うーん、物足りない。
「魔術師様の魔術の発動には大層時間が掛かります。その分強力なのに間違いはありませんが、奇襲時には対応出来ませんからね。それなら術者を狙った方が早いですし、結果的には生存率も高いのですよ。強力な魔術を使える者は、そもそも王城なんて狙いませんしね。」
「それはどうして?」
「そりゃあ・・・一定の年齢になれば測定して、国の方で引き取るからですよ。手厚く扱われますから、敵意なんて持ちません。それでも王城を狙う魔術師様と訊かれれば、それこそ他国のスパイとか、殺し屋くらいですよ。それもそんな時間がかかる方法は使いませんし。なのでこうやって騎士が護衛を。」
「成程ー。」
ま、僕も殺し屋の立場だったら素直に暗殺する。
長時間滞在するだけでとんでもないリスクだ。
「着きましたよ。これが出口です。」
「ご丁寧にどうもぉ。」
出口は大きかった。
騎士さんは終始明るく接してくれた。
それが何だか嫌だった。
大人気ないので普通に接した。
城壁は大きかった。
城は小高い丘に建っていて、二重の城壁に囲われている。
僕が最初に出た城壁は恐らく、主城門と呼ばれる物だろう。
先程と別の騎士さんに見守られながら跳ね橋を通り抜け、僕は城下に出た。
国民は活気があって賑やかで、特段貧しそうな人も見当たらない。
あの王様もそこそこ良い政治をしているらしい。
スラム街なども見付からない。
パッと見た感じではあるが、労働者階級への苛烈な扱いや劣悪な環境なんかも無さそうな、魔王さえいなければ平和そうな国に見える。
・・・あの人の危機管理能力が低かっただけで、やっぱり優秀なのかな?
僕らへの心遣いも見て取れたし、下々に寄り添おうという、立場ある人間は皆一様に持ち合わせるべき重たい、責任の伴う感情もあるようだ。
その生活様式を店先なんかで見ていると、やはり生活に魔術は密接に絡み合っているようだ。
ことある毎に使っているように見えるし、見たことが無い道具なんかも結構ある。
幾つかの店を巡ってみて、話を聞いてみたりしてもその予想は変わらず、魔術は適性が無ければ使えず、殆どは魔力を電力のように使ったり簡単な着火や水の生成くらいしか使わないらしい。
忙しそうにしている人を捕まえてみると商人さんで、その人達が言うには外交も活発らしく、海外と国内を行き来していることも珍しく無いらしい。
「お陰で大儲けだね。魔王さえいなければ、もっと色々仕入れられるんだが・・・やはり大きな脅威が現れると、物流は渋くなる。」
そう言われて、魔王は脅威としてはそこそこ大きいらしい。
僕その魔王の目的も知らないけどね!
店は回ったけれど、何かを買ったりはしなかった。(そもそもお金も無い。)
一先ず手に入れるべきは服だった。
校章こそ無いものの、僕の服装は学ランで、この国に無いのは確実だった。
目立つのは控えたい。
お金は貰ってこなかったので工面する必要がある。
そう考えながら歩いていると、後ろにくっ、と、小さな力で引っ張られた。
「うわぁ。」
重心がずれて倒れそうになった。
何とか立ったままだった。
後ろを振り向くと、暮ちゃんが立っていた。
息が上がっているので、走って来たのだろう。
頬も紅潮している。
衣服も若干乱れていて、それを片手で直しながらもう片方の手で僕の服をしっかりと掴んでいる。
「・・・勇者一向はどうしたんです?仲間にはならなかったので?」
「辞退を申し上げて来ました。」
「そりゃどうして。」
暮ちゃんは長い深呼吸を繰り返した。
一回、二回。
それは何かの儀式に思われた。
この、実に清々しい青空の下で行われているとは思えない、薄暗い、生贄でも必要かと問いたくなる陰鬱さを帯びた儀式。
儀式はすぐに終わる。
暮ちゃんは僕を見ながら話し始める。
「私も先程は皆様に褒めて貰いましたが、攻撃力も無く、恐らく肉壁にしか使えないでしょう。しかし地図無用という非常に便利な技能もありますし、魔王討伐には役に立たずとも、これから一人で旅をするであろう貴方の役には立てると思われます。お金なんて幾らでも稼ぎようはあるでしょうし、そのお金で優秀な人を雇えば良いんです。最悪、勇者一向の後を追って漁夫の利でも取りましょう。私は肉壁になんてなりたくありませんし、ましてや大人の都合で戦いたくなんてありません。」
先程の素っ気なさはどこへ。
随分饒舌な子だ。
僕が珍しく黙っていると、否定と受け取ったのだろうか、暮ちゃんは更に話し続ける。
「勿論他にも可能な限りのサポートはさせて貰います。何度も言いますが、私は戦いたくないんですよ。非常に面倒であろうことは確実でしょうし。対して貴方はどうですか。先程人を押し倒し、その首筋に刃物を突き立てる。一切の躊躇も容赦も無い。惚れ惚れしてしまいそうでした。あの人達は良くも悪くも倫理の徒ですからね。代わりに戦ってくれるでしょう?貴方はその外側に居る人。最悪、魔王の側に付きましょう。それで騙くらかして、方法だけ聞き出して、さっくり帰ってしまいましょう。そうしましょう。ね、それが良い。」
僕はその考えに好感が持てた。
別に、非人道的な考えが好きなのではなく、そんな、善とか悪とか、人道と非人道とか、光と闇とか、赤と黒とか、臓器と牛乳とか、女と花とか、裏返っているようで同じような、どちらにしたって与える影響なんて変わらないような、そんなものが好感度を左右するとかではなくて、単に、昔会った「彼女」に似ていただけなのだ。
その考え方とか、声とか、表情とか、僕への視線の向け方だとか。
そういう部分が、非常に、あちらの世界にいる筈の、僕に「否定症候群」という病名をくれた彼女に、似ていたから。
側にいて欲しいな、そう、常人みたいなことを考えたのだ。
それを好意と呼ばずに何と呼ぶのだろう!
僕は暮ちゃんの手を両手で包み込むように握る。
僕はこの子を守りたい。
どうせ常人と同じようには生きられない。
ここでも同じだ。
自分の制御が効かない。
そもそも制御しようとも、皆に寄せようとも思えない。
そんな僕でも、導ける存在がいるのなら。
「君の気持ちはよぅく伝わりました!良いでしょう、僕と共に悪逆非道、大逆無道な不倶戴天をものともせずに、元の世界に帰りましょう!」
思ったよりも大きな声になった。
周囲の視線が痛い。
しかし構わない。
そんなものを気にする感性なんてはなから持っていない。
暮ちゃんは僕を、真っ直ぐと見ている。
先程まではその視線を全く向けてくれなかったのに。
「えぇ、行きましょう。地図無用の技能がどんな効果かは知りませんが、恐らく魔王の場所までは行ける筈です。すぐに向かいますか?」
「いいえ。まずは入り用の物を手に入れなければ。」
少しうきうきする。
この世界、望んできた訳ではないし、別に好きでは無いけれど、街並みから見るに中世ヨーロッパ並みの文明レベル。
生活習慣は別として、魔術に頼る生活なのは間違い無い。
ならば科学も発展していない筈。
科学は発展していないというのに、魔術には科学的要素を補う属性は基本的には無い。
あちらでは付き纏う数々の鬱陶しさ、しがらみが無いだけで大分違う。
倫理観も恐らく概ね同じ。
「・・・薬も無いし、これは不可抗力ですねぇ。」
僕は隣を歩く少女の手をしっかり握る。
離れないように、逸れないように。
「まずはお金ですよぅ。」
少女は静かに頷く。
僕は帰らなくてはならない。
これは「否定症候群」という、国から抹消された、保護という名目で監禁、実験、隠蔽を行われる、精神病という皮を被った、生まれながらに異常な僕が、異世界から元の世界に帰るまでの物語だ。




