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第十三話

目的を整理してみよう。

僕の目的は転移者とシャルル君達を迷宮に送ること。

それによって僕は二人を仲間とすること無く、またここから平和に離れることが出来る。

封鎖を一時的に撤回させることだって出来るかもしれない。

王族というものの権威を利用するためにここに来た。

対して相手はどうだろう。

隣国の王女とこの国の女王。

彼女らは僕の犯した罪を知っている。

尚且つ、僕がここに来た理由も知っている。

その上で警備を皆この城から追い出し、殺人者に何かしらを頼もうとしている。

それを弱みとして、隣の暮ちゃんを弱みとし、何かをさせようとしている。

当然僕達の所業を認知させ、信じさせる、真実として公然と広めることが出来る権力という力を持ち合わせている。

つまり形勢としては僕がやや劣勢なのだ。

とはいえそれを素直に認める僕ではない。

正当な交渉なんて見込めない。

それは互いにそうなのだ。

僕も、暮ちゃんも、セーフもエリザベスも。

正常な精神なんて持ち合わせていない。

それだけは確かだ。

暮ちゃんよりもディエスちゃんよりもアロト君よりも、僕に余程近い。

そう思える。

「警備が居ないのは貴方に殺されないようにする為ですわ。これでも民の命は大切ですもの。」

エリザベスちゃんはそう言って快活に笑う。

その口を両の手で覆っている。

彼女は淑やかではあるけれど、普通の人間と同じ精神構造だとはとても思えない。

それはセーフも同様だ。

「僕でも流石にそんなに簡単に人を殺したりはしませんよぅ。」

「え〜?でも、こうでもしないと、城の人皆殺して、それで脅すつもりだったんじゃないの〜?或いは暇潰しとか、金品目的とか〜。」

「うーん、どうでしょうねぇ。僕ってば優しいのでぇ。」

そんなつもりは無かった。

けれど、言われてみれば、そういう行為に走っていた可能性は大いにある。

というよりも、ここに着いた途端、人が視界の端に映っていたとするならば、そうしていただろう。

「優しいのでしたら、私達の願いも聞いて頂けるんですの?」

「忙しいんですよぅ。こっちも、色々と。」

「それは大変。出来る限りの援助は致しますわよ?」

純粋な申し出だった。

僕は即座に断った。

「結構ですぅ。」

断れられた側は未だに朗らかに笑っている。

「そうですか。」

それだけ言って、また微笑んでいる。

この二人から笑顔以外の表情を殆ど引き出せていない。

作り物に見えてきた。

そういう人形なのだ。人形。笑うことしか能が無い、座っているだけで周囲の人間がその存在価値を認める、優しい世界を構築せんとする魅力に満ちた人形。

そうであればどれ程。

空想は終わる。

「先生と私に頼みたい事柄とは何ですか?」

暮ちゃんが切り込む。

そのポケットにそっと手を入れ、何かを握っている。

ナイフだろう。

僕と同じく、何かがあれば相手を害そうとしている。

つくづく不敬な客人だ。

セーフがそっと肘掛けに上体をもたれ掛からせる。

両腕を組み、体を支え、上品にしなだれかかる。

猫か、ヒョウのようだ。

「二人、というか四人にはね〜。魔王軍の幹部の討伐をお願いしたいんだよね〜。」

「お断りします。」

「さっすが暮ちゃん。」

僕は拍手をした。

暮ちゃんは片手の掌を僕に見せる。

芝居がかった動きで、僕はその動きに合わせて手を止める。

「魔王軍の幹部を殺すことに私達の得はありません。」

「そうなんだよね〜。お金とか、興味ある〜?」

「無いですねぇ。今結構手持ちはありますしぃ。」

「ですわよね。ですから、これでどうでしょう。」

エリザベスちゃんが立ち上がり、部屋の隅に配置された棚を漁る。

女王ともあろう人が自ら棚を漁るとは、あまり想像が出来ない光景だ。

暫く暮ちゃんと「アルプス一万尺」をしていると白い紙の束を抱えて戻ってきた。

「お待たせ致しましたわ。」

「全然〜。」

「遅かったですねぇ。」

「資料、多いんですもの。」

エリザベスちゃんは困ったように笑うと、その資料を見せてきた。

この国の言葉で書かれている。

暮ちゃんは僅かに首を傾けた。

被ったままのローブが僅かにずれる。

僕はそれを片手で直しながら読み進める。

それは魔王軍に関する限りなく正確に近いのであろう資料。

その中でも一際目を引くのが「ホルへ死亡」という文字だ。

ホルへさんの顔をイラストが載っていて、かなり凄惨なことになっている。

衰弱し切っていて、随分残虐な事態が見に降りかかったのだろうということだけが読み取れる。

森の中で死亡していた所を衛兵が発見したようだ。

原因は不明。

直接の死因はどうやら、下半身を動物に食い千切られたことによる循環血液量減少性ショック死。

下半身、腸から下が持って行かれていたと書かれている。

こちらの世界も少しは医学が発展しているんだな、と上からな感想を抱く。

「・・・この森、そんな獰猛な動物いましたっけぇ?」

「この森には魔獣の目撃情報が多く寄せられていましたから。」

「その魔獣は死にましたけどぉ。」

「それを偽装した口封じですわ。連中のよく取る手ですわね。」

サイドテーブルの端に置いてあったティーカップを手に取る。

そしてその中身を口に運ぶ。

喉が、小さく動き、さらさらと液体が通っていくのが見て取れるように感じた。

「怖いよね〜。負けちゃったから口封じなんて〜。でも、魔獣が討伐されたのは知らなかったみたいで〜、偽装にならず、逆に自分達の存在をアピールしちゃったみたいだけど〜。」

「へぇ、魔獣は大きかったですよぅ?死体が残っているでしょう?」

「逆にそんな大きな魔獣、狩人がすぐに回収しますわ。死んでから三日程経ったタイミングで死んだようでして。その内に死体を売り捌いたのでしょうね。」

「だから気が付かなかった、と。目敏い方々ですね。」

「この国の人間は皆そうですわよ。目敏く、賢く、狡猾。そうやって生きていきます。」

成程、実に人間らしい。

それこそ真の人間としての姿なのではないかと思われる生き方だ。

開き直っているのも好感が持てる。

しかし、それすらも計算の内だと言うのなら。

あまりにもこちらを恐れなさ過ぎる人間だ。

子供の胆力ではない。

「で、これをどうしようって言うんですかぁ?正直もう飽きてきたんですけどぉ。」

「まぁお聞きになって。この魔獣、実は数十年あの森を縄張りとしていたのですけど、ご存知ですか?」

「いいえ全く。」

「でしょうね。あの森の恵みを食い尽くし、他の生き物全ての成長を阻害するような獰猛な獣でした。」

そんな存在にはとても見えなかったけれど。

毒一つで倒せたのだから安いものだ。

数十年、この国の人間は何をしていたのだろうと白けた気持ちになっていると、エリザベスちゃんが苦笑する。

「あの肉には毒が含まれていたという話でしたので、貴方が一服盛ったと思っているのですけど、あれはそんなに簡単に毒なんて飲み込みませんわ。」

「へぇ?結構あっさり食べましたけどぉ。」

「それは特異な方法をお使いになられたのでしょうね。食べ物に盛っても、皮下注射しようとしても駄目でしたもの。」

「臆病だったんですねぇ。」

心を読まれた。

そう思えた。

この国というか、この世界はそういう人間が多過ぎるようにも感じる。

そして今更ながらアレトラン王国の言葉を使っている。

この年齢で他国の言語が淀み無く話せるというのは、やはり王族だからだろうか。

それともその言語を使う友人が居るからだろうか?

どちらにしたって翻訳が効くので助かる。

いちいちこれどういう意味だっけと思い出すのも面倒だ。

「で、これをどう使うのかっていう話の答えが、まだ出てきていない気がするんですけどぉ。」

僕も同じくサイドテーブルに鎮座しているティーカップを手に取り、一気に飲む。

ぬるかった。

淹れられてから少し時間が経っているようで、それはこの城全員を避難させたからだと思った。

「ミルクティーだけどね〜、どう?美味しい〜?」

「とっても。砂糖も入っているのがポイント高いですねぇ。僕はストレートティー苦手なのでぇ。」

「私はストレート一択です。大人なので。」

「勝ち誇った目をしないで下さいよぅ。」

と言いつつも美味しそうにミルクティーを飲んでいる。

虚栄と虚勢と虚飾は見ていて楽しいものだ。

「で、結局どうなんです?脅し目的だとしたらさっさと言っちゃった方が早いのではぁ?」

「それもそうですわね。私達のお願いを聞いてくれるのなら、真実を公開しないで差し上げます。それだけの話ですわね。」

ふむ確かに、それならば脅しとして成立するというものだ。

バレたら困ることは山ほどある。

僕達は魔王軍幹部を倒すという重労働を強いられても文句が言えない立場でもあるということになり、実に為政者らしい解決方法だ。

断れる理由も無い。

なので僕はその腕にナイフを刺した。

ひぅん、と空気を切り裂く音がして、僕の投げたナイフがエリザベスちゃんの腕に突き刺さったのだ。

その細い腕から血液が滴る。

ほたほたと、温かな血潮が傷口から溢れ、床を濡らしていく。

だと言うのに、セーフちゃんは「わぁ。」と一言反応しただけ、エリザベスちゃんも「まぁ痛い。」と言うだけだ。

傷口のナイフを見て、「これは抜かない方が良いな」という表情をしたきり、見てすらもいない。

そういうものなのだろう。

「僕がそう易々と動くとは思わないでしょう?というか僕もそう思えない。ここで貴方達を殺すという選択肢も、取れるっちゃ取れるんですよぅ?むしろそっちの方が安上がり。簡単な話です。」

書類を破棄して逃げれば良い。

暮ちゃんも、「ダメージ無効」があるとしても傷を付けられそうになるのは良い気分では無いだろうと思い何もしなかったが、「ダメージ無効」はまだ一度も発動していないので分の悪い賭けになる可能性も否めないので大人しくしていたが、こうも明け透けに脅されては心象が良いとは決して言えない。

もうさっさと帰ろう。

僕は立ち上がる。

「まぁ、そう殺気立たずにお聞きになって。公開するのは、貴方がホルへを殺したという事実、あの魔獣を殺したという事実だけですもの。王様殺しについても、殺人強盗についても、何も言いませんわ。」

そう言われても困る。

信じられる要素が無いのだから。

エリザベスちゃんは座っている。

椅子に座って、血液が洋服にかかることだけを厭うている。

僕は書類を手に取り、それを破ろうと力を込める。

びり、と亀裂に似た形に裂ける。

「君達を殺しても何も問題は無い、とは言えませんけどぉ、まぁ良いでしょう。僕は不快な気分を抱えたまま生活をしたくはない。外のシークさんを殺して帰ります。」

びりびりと悲惨な音がする。

白い紙切れに成り果てた物がほろほろと床に落ちて行く。

「先生。」

「どうしましたぁ?」

僕は椅子に座ったままの暮ちゃんを見遣る。

ぴっちりと足を閉じ、背筋を伸ばして、僕を見ている。

彼女はいつも、僕のいる空間では僕ばかり見ている。

「ホルへさんを殺したこと、魔獣を殺したこと、公開されて問題のあることなのですか?何も殺さずとも良いのでは?」

少々驚いてしまった。

驚いて、考え直して、まぁそういうこともあろうと思考が落ち着いた。

その上で僕は二人に背を向ける。

「どうしたんですぅ?暮ちゃんらしくもない。わざわざ殺さずとも良い、だなんて。殺すのに賛成ではない、とでも言うのですかねぇ?」

僕はその首にそっと手をあてがう。

細い、白い首だ。

頼りない。重たい頭を支えているとは思えず、装飾品として人類に付随しているだけで、本当はもっと別の力で頭と胴が繋がっているのでは思われる。

片手で縊り殺せてしまいそうだ。

殺さずとも良い。

あの夜、「彼女」はそんなことを言ったりしなかった。

「彼女」を追って来た医師を殺した時だって、お礼を言って、謝った。

話し合いの余地があった男を、身を守るためとは言え殺しても、文句の一つも言わずに、心の底からの感謝と、死体に対する侮蔑を見せた。

暮ちゃんも同じように、明らかな敵を殺すのに賛成していた、無言の肯定をくれたというのに。

断言しよう。

僕は、暮ちゃんを、「彼女」を思い出す為の道具として、暮ちゃんを通して「彼女」を見るために側にいると。

それは最低の行いなのだろう。

しかしその倫理観では僕が止まれないというのは、僕が一番知っている。

「ねぇ。暮ちゃん。どうして殺さずとも良い、そう思ったんです?まさか同年代の子を殺すのが惜しくなった、そう言う訳ではないでしょうねぇ?」

手に力が入り、双方の肌がくっと白くなる。

それでも顔色一つ変えず、暮ちゃんは、肺に残った酸素を使ってか、言葉を紡ぐ。

「単なる疑問です。頭が悪いので。公開されて私達の障害になるのか分からない。それにね、先生。私はね、疑っているんですよ。貴方が、誰よりも人を信用せずに、誰よりも用心深い貴方が、|ああもあっさりとあの紙束を破ったことを《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、疑っているんです。何か、乗せられてはいませんか?思惑に嵌ってはいませんか?殺そうと思うのは結構、私も賛成ですが、それすらも謀略の一つではないのですか?先生、王族が、人間が、そうも簡単に命を捨てる覚悟を持てると、思わないで下さい。」

その瞳は、いつも通り、真っ直ぐに僕を見ていた。

射抜かれる視線。心の臓、大切な場所、柔らかく、肋骨に守られた気高き臓器、それによく似た、精神に位置する中枢が、射抜かれ、見抜かれるその視線。

安心した。

僕は手を離す。

咳き込むことなく、息を整えている。

僕の呼吸も、随分乱れていることに気が付いた。

肺が不規則に動いて、心臓がやたらめったらに血液を打ち出している。

落ち着いて呼吸を整えた。

「すいませんねぇ、暮ちゃん。苦しかったでしょう?謝って許して貰えるとは思えないですけどぉ、謝らせて下さい。」

「いいえ、お構いなく。この通り、全く、苦痛のくの字も感じませんでしたので。」

暮ちゃんはまた、椅子にゆったりと体重を預ける。

「お待たせしましたぁ。」

「いえいえ、面白いものが見られましたわ。」

「大丈夫だよ〜。」

二人は少しも変わっていない姿勢で僕に微笑みかける。

何度も、微笑みかける、笑いかけると言っている。僕もおかしいとは思う。けれども、本当に、話す度に笑みを浮かべ、話さずともまた別の笑顔を見せる。

これが王族だと言うならば、それは人間ではない。

とんだ節穴達だ、これを人間、しかも最高権力と信じてやまないなんて。

「疑問には答えて差し上げないので?」

「それもそうですねぇ。公開されて困るのは、注目されるから。転移者に頼るしかない状況の中、名が通ったホルへさんを殺したとなれば、転移者がやったと宣言するのに等しい。誰が行ったことなのか探り、その内必ず嗅ぎつける連中がいる。それを知っているんですねぇ?」

「そりゃあね〜。優秀だからね〜、あの二人は〜。」

やはりあの二人か。

脳裏に一組の男女の像が、にわかに映し出される。

コーリャとアリョーシャ。

小柄と大柄、正義を掲げ、暴力を厭わぬ執行人。

僕の腕を切り飛ばしてくれた二人組。

あの二人は僕を疑っている。

僕が転移者となれば、ただでさえ転移者であり殺人者という疑いがかかっている以上、確実に僕が殺したと確信するだろう。

僕だけならばともかく、それを隠し立てした三人が無事でいられるとは思えない。

それを狙っているのだ。

遠回しに言っているだけで、王様殺しのことも強盗殺人のことも、何もかもを、あの暴力的な正義執行人に話すよと言っているのだ。

それだけではなく、煩わしい話も増えるかもしれない。

それを警戒している。

「ですけどぉ、僕がそれを見抜けないというか、普通に殺されないと思っているのはちょーっと短慮じゃないですかぁ?」

こう思えば思うほど、僕が素直に要求を飲むと思っているとは思えない。

「いくらお願いがあるとはいえ、それは平和的に済ませる為の策の一つに過ぎませんからねぇ。」

シークさんのお願いも、あの二人を殺すことで解決出来る。

「でもしないのでしょう?貴方は出来ない。絶対に。させませんもの。」

「その非力であることを主張する細腕でどうするんですぅ?」

「あはは〜。この世は腕っぷしが全部じゃないもんね〜。」

「じゃあますますどうするんですぅー?」

セーフちゃんは人差し指をぴっと立てる。

その先を僕に向ける。

「二人、いるでしょう〜?大事な仲間〜。一緒にいる子は強くて〜、仲間は弱い。苦労するよね〜。私もね〜、苦労させてる側だからね、分かるの〜。」

かぁっと、頭に血が昇るのを感じた。

怒りの一歩手前、肉体の支配を理性から感情に手渡したくなるその衝動。

僕はその感情の奔流に身を任せて、乙女の、十一、十二歳の少女の腹を刺した。

ごぶり、と血が吹き出た。

口からも、傷口からも。

部屋に血液が増えた。

流石に僅かに顔を顰めたようだけれど、しかし怒りが見られない。

しかしエリザベスちゃんの表情は、むしろ笑みだった。

それは、今までの笑顔とは違う、ほくそ笑むような、本当の笑顔、つまり、目論見が上手くいって、つい溢れる類の、歓喜の笑みだったということだった。

セーフちゃんが倒れ、派手な音が立つ。

がしゃん、ともがたんとも言える音だ。

それを聞いて、うるさくて僕の機嫌がますます悪くなるのを俯瞰的に自覚した。

もうどうでも良くなった。

常識的に考える程馬鹿らしいことも無い。

暮ちゃんが折角助言してくれたけれど、無駄になるけれど、それでも良いだろう。

一歩、歩き出す。

暮ちゃんが叫んだ。

それは悲痛な響きを含んだ警笛だった。

「先生!それはいけません!」

外から声がする。

「何事!?入るわよ!?」

焦った声。

そうか。

シークさん。

外にいる彼のことを忘れていた。

先程、一番に大きな音が鳴ったもので、いよいよ辛抱堪らなくなり、入室に踏み切ろうとしている。

しかし彼が中に入ってきた所で殺せば良い。

いや違う。

それが目的だ。

最初から、最低限の要素で最大限の利益、転移者を縛り付ける、永続的に弱みを握る為の布石を仕込んでいた。

僕はナイフを持ち直す。

入ってくるまであと数秒も無いだろう。

だから。

僕は自分の腹を掻っ捌き、窓を開けた。

そして座り込む。

それだけで充分だった。

シークさんが入ってきた。

「ちょっと大丈夫!?何があったの!??」

ドアが荒々しく音を立てる。

僕は腹を刺されている。

王女も同様で、女王も腕を切られている。

暮ちゃんだけが少しだけ緊迫した様子で椅子に座っている。

明らかな異常事態。

「何がありましたか女王陛下!」

「あぁ、いえ。」

「侵入者ですよぅ。侵入者。」

僕がすかさず口を挟む。

彼女達二人は、まどろっこしい常識的な脅しを持ちかけて、僕が苛立つのを待っていたのだ。

小さな精神の逆撫でを繰り返して一度の攻撃で殺されないようにして、僕の犯行を目撃させる。

そしてシークさんを殺せばシャルル君は当然憤るだろう。

ここまで入念に仕込んでいるのだからシャルル君に情報が即座に届くようにしてある可能性は大きい。

そして彼は師であるシークさんのこととなると感情的に攻撃的な行動を取る傾向にある。

それを使って近くにいるアロト君とディエスちゃんを攻撃させる。

当然僕は攻撃を仕掛ける。

しかし彼と僕の先頭の相性は悪い。

何よりそれでは後手に回ってしまう。

結果的に暮ちゃん以外のしがらみは無くなる。

使いやすくなるだろう。

僕と、暮ちゃんという転移者をゲット出来る。

自分の傷一つで。

「侵入者!?」

「えぇ。窓から入って逃げましたぁ。いやぁ換気の為に開けていたのが仇になりましたねぇ。」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?あぁお二方、すぐに人を呼んで参ります!貴方達警戒していなさい!」

「はぁーい。」

ひらりと軽く手を振ってみる。

それに目もくれずに飛び出していく。

エリザベスちゃんとセーフちゃんはきょとんと虚を突かれたような表情で僕達を見つめている。

血塗れだというのに、その姿は、着込んだ清掃よりもきっと美しい。

じき、二人はくすくすと笑い始めた。

年頃の、年相応の笑い合いだった。

純然たる、純粋な、純潔の、人間、少女として正しい表情だった。

「見まして?セーフ。」

「見た〜。自分で、ざくっていってたね〜。初めて見た〜。」

「それよりもですわ!私の『技能』が通じておりませんもの!彼は本物の常識知らずですわよ!」

「失礼ですねぇ。」

腹の傷が塞がっていくのが分かる。

この感覚にももう慣れてきた。

多少不自然だとしても、この状況ならば僕が疑われることは無い、と思う。

さっさと偽装を終わらせなくてはと立ち上がる。

するとそれをエリザベスちゃんが制した。

「もう結構ですわ。」

そう言うとふわりと腕を見せる。

「これ。もう塞がっていますの。」

「え。」

その腕の傷は、少し不恰好ながらも確かに塞がっている。

血液も出ていない、深く刺したというのに、血管も肉も見えない。

「『自己再生』、持っていますの。弱いですけれどね。」

「・・・へぇー・・・。それが何か?」

「そこは驚く所ですわ。」

エリザベスちゃんは頬を膨らませる。

本当に年相応だ。

これが素なのだろう。

「私ね、貴方を苛立たせたかったのもそうなんです。でもね、そういう流れも作りたかった。私、場の流れを操る『恩恵』を持っているものですので。」

弧を描く金髪が揺れる。

「じゃあ、セーフさんの、何か、えっと・・・。」

「あ、私の先を読むのは普通に特技なの〜。視覚的に見るって言うのかな〜。流石にここまで往生際が悪いことは分かんなくて〜。」

「酷いですねぇ、本当に。」

流れ。

僕は何度もそれの手中に落ちかかっていたのだろう。

二人の入念さと、こちらの性格を読んだ動きで。

それを僕はすり抜けたのだ。

ここに正常な人間はいなかった。

より常識を無視できる、人間的に正しい判断を出来ない人間が、勝つ交渉だったのだ。

「あー、楽しかった。」

そう一言呟くと、エリザベスちゃんがセーフちゃんに手を貸す。

セーフちゃんも立ち上がる。重症度で言えばセーフちゃんが圧倒的に上だろう。

そう思って凝視してしまったが、特に何とも無さそうだ。

セーフちゃんがその視線に気が付き、「私もなの〜。まだ塞がってないけど〜。」と教えてくれた。

そうですか、と返しておいた。

怒りも冷めた。

沸騰するのが一瞬だからか冷めるのも一瞬だ。

「良いでしょう、転移者を迷宮に送りますわ。あとは何か要求はありまして?」

「封鎖を一時的に解いて貰いたいです。我々が通ることが出来れば問題はありませんので。」

「分かりましたわ。手配します。」

やけにあっさりとしているな、と僕はきっと怪訝な表情をしていることだろう。

エリザベスちゃんは片目を瞑る。ウインクというやつだ。

「これは暇潰しでしたもの。楽しければその対価は払いますわ。」

「暇潰し・・・あ、そうだセーフちゃ・・・セーフさんはそれで良いんですかぁ?僕、君の父親の仇ですよねぇ?」

「そこで様にしない所が最高だと思うんのです。」

エリザベスちゃんは真剣に言う。

セーフちゃんはかぶりを振る。

「私も父とは疎遠だったしね〜、特に何も思わないよ〜。そもそも死んで惜しむなら一人で逃げないし〜。」

「それもそうですねぇ。」

「転移者様を他の国に渡したくないからって、魔法陣に細工をさせて他の国の言語を理解出来なくさせるような人だよ〜?逃す気無いっていうか、転移者様の意思を踏み躙る気満々だよね〜。そんな人さっさと退位して欲しかったし〜だからちょこっと感謝してて〜、あんまり話題にならないようにしてるし〜。」

「あぁ、そりゃどうもぉ。」

ふわふわと能天気な口調だけれど、やはりこの子も為政者の一族なのだろう。

好意的に取られている気がするのは気のせいだろうか。

暮ちゃんが前に出る。

「お二方、本当に自分を刺した先生を許す気なのですか?」

それ今は言わなくても良いと思う。

許してくれるのならそのまま余計なことは言わない方が良い。

思い直しちゃったら今度こそこの二人を殺さなくては。

「えぇ。私達二人共、この長い人生の暇潰しとして統治を行なっているようなものですもの。愉快な結果になれば過程なんて問いませんわ。」

「うんうん〜。ヨウイチさんはさ〜。人生ゲームって知ってる〜?」

「この世界にあったんですねぇ。」

「転移者様が持ってきたんだ〜。」

セーフちゃんが棚から持ってくる。

あの棚大体の物を詰め込んでいるんじゃないんだろうか。

それは確かに、昔、あちらの世界で遊んだ覚えのあるボードゲーム、それによく似た物だった。

弟やその友人と遊んだことを思い出す。

弟は自分の友人と僕が遊んでいるのを見て喜ぶ子だったので、相手をしていたけれど、年上で話の合わない僕と何回も遊ぶ子はいなかった。

そこに関して特に思う所も無いし、この世界で見知った物を見られるのは素直に嬉しい。

「これね〜。見てて面白かったんだ〜。何かね?私の人生みたいだな〜って。」

「レールに従った人生であると?」

「違う違う〜。」

セーフちゃんはマス目を指す。

「先の手、展開を視覚的に見る。視覚的ってことはね〜?まさしく人生ゲームなの〜。全ての、私に関係する事柄の上で起こる出来事を見る、ことが出来る。それなの〜。」

「それ本当に何かしらの魔術か『技能』か『恩恵』じゃないですよねぇ?」

「それが違うんですわよねぇ・・・。」

だとしたら天才や傑物なんてものではないな。

「でもさぁ、それってつまんないよね〜。知ってることが起こるだけって〜。国の運営も、政治も〜。」

「そうですわねぇ。」

「大変でしょうね、それは。」

同情します、と暮ちゃんが思ってもいないであろう慰めを口にする。

この二人も、僕に似ているのだろうな、とらしくもない感傷に近い同情を抱く。

己の傷を厭うことの出来ない、人生における理由を見出すことの不可能な人種。

本当に、最初から、頭のおかしい人間同士の邂逅だったのだ。

ここまで生産性の無い行為も滅多にない。

「ですからね、嬉しいのですわよ。貴方がこうして私達の予想を裏切ってくれて。」

「うんうん〜。」

「そういうものですかねぇ。」

「そういうものだよ〜。」

それなら良いか。

結果的に望みは叶うのだから。

細かいことを気にして他人にいちいち詮索を入れる程暇ではない。

「分かりましたじゃあ僕はこれでぇ。暮ちゃん。」

「はい。」

「そんなに雑に会話を打ち切らなくても。」

「僕は忙しいんですよぅ。」

嘘ではない。

僕は忙しいのだ。

一応アロト君とディエスちゃんの無事を確認しなくてはならないし。

この二人が真実を言っている可能性は高いとはいえ、僕の人間の審美眼はそこまでの精度を持っている訳ではないのだから。

「封鎖は明日十二時から一時間解除されますわ。それまでに通って下さいまし。」

「了解でぇす。あ、そうだ。他の転移者さんとか、元気ですか?」

「?えぇ。」

「じゃあ良いです。」

僕はそう言って、暮ちゃんの手を引いて部屋を出た。

後ろから含み笑いが聞こえた。

「本当は、元気でない方が良かったのでしょう?」

僕は何も言わなかった。

僕の顔を知っている人間、皆死んでしまえ、と阿呆みたいなことを考えながらその部屋を後にした。

城内が騒がしくなっているのを感じた。

彼女らを信用するとするならば、僕の正体や目的は公にならないように手を回してくれるだろう。

そうでなくとも、今度はまたこの城の人間を殺すだけだし、それを警戒して僕に悪い方にはしない。

結局どちらも同じことだ。

唇の端が吊り上がるのを自覚した。

「先生、その顔、・・・怖い、というよりも気味が悪いですね。」

「えぇ?そうですかねぇー・・・。」

頬の肉をぐにぐにと触ってみながら出口に向かう。

目的は果たされ、最良の結果になった。

しかしまぁ僕はいつだって考え足らずなのだ。

もっとよく考えるべきなのだ。

封鎖されるべき存在。

幹部の討伐を頼む、ということはどこにいるかある程度判明していて、城に危険人物を招き入れなくてはならない緊急性を帯びたもの。

やけにあっさりと解除された封鎖。

軍勢、ということは取り纏める存在がいる。

それは名を馳せる存在、幹部であってもおかしくはないのに。

知識はあれど騙し合いに関しては素人以下。

話術の達人、そうやって策略を使って生きてきた王女と女王を相手に、勝てたと思えたのだろう。

何なら、付け焼き刃の知識程危険な物も無いというのに、何故僕は人生における、辛うじて得ることができた教訓その全てを活用することが出来ないのか。

僕は結局、そう後悔することしか出来ず、国を取り纏める人間の恐ろしさ、そしてその鋭利な信念を理解していなかったのだ。

同時に痛感する。

魔王幹部、その名の強大さを。

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