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第十二話

女王。

その権威がどれ程のものなのか、僕には中々体感しづらい。

何せ生きて来たのが日本だ。

王も何も無かった。

精々いて天皇様。

あれもあれでお神輿というか、都合の良い時だけ担ぎ出されるような存在だったように思う。

結局最高統治者という存在を実感せずに過ごしていた僕にとって、王族に会いたがるという行為がどれだけ向こう見ずで、傲岸不遜で、傲慢で、馬鹿のような、不敬、恐れ多いような行為なのか、いまいち判断がつきかねていた。

つきかねていたけれど、反応を見ていると、相当破天荒な行動を口にしたのだな、と分かった。

あのシークさんが大慌てのてんやわんや、火山でも噴火したのかと思えるような取り乱しようだったからだ。

「貴方何言ってるか分かってるの!?女王様に会うのよ!?出来なくはないけど、とんでもないわね!」

「正しくは転移者を迷宮に連れて行けないかなーと思って。」

「もっと大変よ!!」

転移者ならば強さは申し分ないだろう。

無論まだ十全に力を使えない可能性もあるが、その時は皆仲良く死んでくれれば良い。

それでも生きていたら僕は恩を売れるし当初の予定通りシャルル君とシークさんのお守りを押し付けられる。

どちらに転んでも悪いようには転ばない。

ただ少し疑念があるとすれば、それは彼らが、転移者が、僕らも転移者であるとカミングアウトすることだ。

何なら僕らのことが、この国の王宮にも広まっている可能性もある。

それだけが気がかりだ。

「あんた、本当に畏れ知らずなのね・・・。」

ディエスちゃんが僕の隣で溜息を吐き出す。

呆れたという物ではない、薄暗い、それどころでもない、信じられないものを見る目、と一言で表現できてしまえば良いのだが、それ以上、最早人として見られることは初めから除外した方が良い、そう思える一種の感嘆と傍聴。

僕はそれを甘やかに受け入れる。

ベンチというのは便利なものだ。

すぐに足を休められる。

シークさんは僕が会いたい、と言ったらすぐに飛び出して行ってしまった。

準備をしてくれるということで良いのだろう。

中々シャルル君が大切らしい。

そうでもなければ突っぱねている。

元より僕の言う事を聞く義理も無いのだから、何か訳があるのだろう。

探っても良いけれど、それをする労力も億劫だ。

僕はくったりとベンチの背もたれに体重を預ける。

「珍しいな、本当に。今日は雪でも降るのかね、お前が見た事もないような表情ばっかりするもんだから。」

「そうですかねぇー・・・。」

「声が疲れてますよ。何かあったのですか。いえ、何か無ければこのような事態にはなっていませんが。」

「そうなんですよぉー。色々あったんですよぅー・・・。」

転移者が死ななければ、良い事はもう一つ。

戦闘経験を積ませることが出来るということだ。

戦闘において経験程重要な事は無いと、素人ながらに思っている。

その経験は強さに直結する。

強さは武器になり、僕の役に立ってくれる。

彼らに封鎖を解いて欲しいのだ、僕は。

そうすれば早く進めるし、僕らは何の損も無い。

奪われる時間が少なくなるのは良いことだ。

「今更ですけどぉ、迂回とかは出来ないんですかねぇ。」

「・・・あぁ、封鎖の話?クラシ、どう?」

「無理ですね。第一、迂回が出来てしまっては封鎖の意味がありません。素直に時間が経つのを待つしか。」

「ですよねぇー!もう!」

「お前今日本当にどうした・・・?」

思考が纏まらないのは割とよくある事だが、今日は特に酷い。

それもこれも、シークさんのあの言葉のせいだ。

何度も何度も、よくもまぁあぁも不愉快になることを投げつけてくれたものだ。

シークさんには何の関係も無いと言うのに。

僕が暮ちゃんをどうしようが、どういう感情を向けようが、あの人に何の影響も与えないというのに。

人生において最も大切だと感じる事柄は「彼女」に会うことだ。

それ以上は絶対に無い。

それに従属する形で他の事柄は認識している。

これは変えようの無いことだ。

どうにかしろ!と上から口調に命令されても手の施しようが無い。

生きる意味も等しいのだ、「彼女」に関する事柄はまさしく僕の生命を握っている。

死んでも良いとは思うが、今は死にたくない。

こんな右も左も分からぬ身勝手な世界で死体にはなりたくない。

僕は背もたれから背中を離す。

右にディエスちゃん、左に暮ちゃん。

その更に右にアロト君、左にシャルル君。

か弱い女性陣をなるだけ間合いの内側に入れて身の安全を保証しろ、とアロト君に脅されてこういう座り方にしたが、これは側から見たらどう映るのだろうか。

両手に花、とか何とか思われちゃったりするのだろうか。

だとすると少し気恥ずかしいでもない。

不意に、シャルル君が元気無く覇気無く項垂れているのが視界に入った。

その前髪を瞳の上に被せ、大腿部の上で両の拳を握っている。

鬱屈とした雰囲気、とまで重たくはないが、良い気分ではないのだろう。

「どうしましたぁ?」

シークさんが戻ってきていじめたとも思われても嫌だから訊ねる。

シャルル君は少し黙って、沈黙の時間は過ぎて、数十秒たっぷりと待ってから、「怒ってるだろ・・・?」と言ってきた。

・・・僕はどれだけ怒りっぽいと思われているんだ。

あっちの世界でも数えるくらいしか怒ってないぞ、僕。

「何でそう思うんです?」

なるだけにこやかに柔和な笑みを意識してもう一度訊いてみる。

「だって、もじせんだったのに、俺、『恩恵』使っちゃった・・・。」

「模擬戦ですね。別に怒ってませんよぅ?」

「お前は怒ってないだろうけど、師匠は怒ってるんだ。きっと。だから俺を置いてどっかいっちゃった・・・。」

それは僕の発想のせいで、決して怒ってはいないと思うけれど・・・。

しかし自分の行動を見つめ直しているようだし、邪魔は野暮なものだろう。

そう思って黙っていたら、アロト君が「こいつのせいだから気にするなよ。自己嫌悪とか、自己反省とか、するだけ無駄だし。」とまぁ幼子の成長に害悪でしかないことを言っていた。

よく考えてみれば彼が成長しようとしなかろうと僕には関係の無いことか。

「・・・まぁ、そういう時もありますしねぇ?好きに反省して、好きに自分と喧嘩しとけば良いんですよぅ。」

適当言っておこう。

シャルル君は握り拳を顎の下まで持っていき、暫くうんうんと悩ましそうにその目元を細め、眉を顰め、最終的に答えを求めるようにまた僕を見る。

「お前は?」

「ん?僕です?」

「お前だ。お前は、どういう時に、自分がゆるせなくなるんだ?わぁー!って、自分を呪いたくなっちゃうんだ?」

そんなことは基本的には無い、とは言えないだろう。

何かしらの返答があるまで粘り強く訊いてくる気配を察知して、過去の記憶の引き出しを開けていく。

今となってはもう、自分に対する感情そのものが消え失せてしまっていて、自己嫌悪も自己開示も自己反省も何も無く、過去の記憶に頼る他無い。

こんな雑談でも暇潰しには丁度良い。

「そうですねぇ・・・。昔、周囲の人間全てを冷笑し、悲観し、蔑視して、あまりにも穢らわしい、汚らしい、品性も知性も感じられない、と心の中で見下していたんですよねぇ。」

「・・・お前って、せーかく悪いのな。」

「えぇ。性分なもので。それでですね?僕だけは純粋なのだと思っていた、非常に微笑ましい時期があったんですよぅ。」

丁度小学生くらいの頃だっただろうか。

あの頃の僕は一番生きにくかったとまでは言わないけれど、生きやすいとも言えなかった。

言葉に出来ない閉塞感が僕の臓器、呼吸器を膜となって塞いでいた。

「つまり、それが反省した、自分が恥ずかしいっていう、かこってことか?」

「違いますよぅ。それでですね?僕は周囲の人間を敬遠しながら囲まれて暮らしていたんですよぅ。でもね、ある日そんなことは出来なくなった。」

「・・・なんだよ?それ。それが何か、えっと・・・。ゆるせないことにつながるのか?」

「えぇ。僕はね、ある日自分に絶望したんです。他人を嫌悪し、嫉妬し、汚い感情に身を沈めているのに。自分が下卑た人間であることを自覚した。・・・本当に絶望しましたよぉ。」

「先生にもそういう時期があったんですね。自分が許せないというのはどういう感覚なのですか?」

暮ちゃんが僕の顔を覗き込んでくる。

どういう感情なのだろう。

どういう感情だっただろう。

「覚えてないですねぇ。」

「また嘘を。貴方は記憶力は良いと言っていました。」

「言いましたっけぇ?」

忘れてはいない。

いないけれど、口に出すのは憚られる。

これを口にしてはきっと、この、僕の周囲にいる三人の仲間と一人の異邦人の心はあらゆる事象において前に進めなくなり、目の前の事象、例えば善意、例えば幸運を信ぜられなくなるだろう。

きっと普通はこれを愚痴りたくなる。

だから口には出せない。

そういう事柄だ。

「とにかく、今はもうそんなことありませんよぅ。それでも充分生きている。それで良いじゃないですかぁ。反省なんかしても誰も褒めてはくれないんだから。それなら反省のふりして生き延びて、後から悪口ばかり言って、良い顔しておけば良い。他人なんて、それで満足するんですからぁ。」

シャルル君はじっとりとした湿った目線を向けてくる。

疑いの目だ。

多分、僕の発言の半分も意図が分かっていない。

それでも拾える言葉を拾って、その上で僕の発言に懐疑心を抱いている。

それで良いと思う。

「それは、良くないだろ。だってそんな生き方してたら、たぶん、ずっと、周りの人を信じたり、好きになったり、できないんじゃないか?」

「そうですねぇ。それは正しい。現にこんな生き方をしていますしねぇ。だからこそ楽なんですよぅ。」

この会話にも飽きてきたらしい、ディエスちゃんがつまらなそうな顔をしながら、「で、王族になんて会ってどうするつもりなのよ?資金援助でもしてもらうつもり?」なんて、面白いことを言う。

「資金援助、ねぇ・・・この国の方が先の国よりも裕福なようですし、まぁ、出来そうだと判断すれば。」

「やっぱり今の無し、撤回。」

「一度口にした言葉なので無効でーす。」

「それは良いのですが、先生、王族の方に会っても良いと思える教養はお持ちですか?」

足をぷらぷらと前後に動かしてみる。

この体は非常によく出来ていて、一度しようと思った動きは大抵出来る。

神経、それの内側にある回路が、電気信号ではなくイメージそのものを四肢に届ける、と言うべきか、頭と体が直接繋がっている、と表現するべきか、とにかくあらゆる動きにおいて、あらゆる部分を制御下に置くことが可能になっている。

教養というのは、それを長い時間をかけて刷り込まれた結果なのではないだろうか。

それはそれとして。

「無いですねぇ。茶道は少しだけやっていましたけどぉ。」

「サドー?」

「アロト君達は知らなくても無理は無いですねぇ。お茶を飲むんです。」

「お茶会ってことか?俺知ってる!」

多分、今元気に嬉しそうに溌剌として手を挙げたシャルル君の脳裏には、洋風な光景が広がっているだろう。

「意外です。」

「茶菓子が美味しくて。でもそれじゃあ通じませんでしょうしぃ・・・うーん・・・まぁ何とかなるでしょう!」

「なるかぼけ。待ってろ、今何か良さげな本でも借りてくるから。」

アロト君が立ち上がる。

図書館の外というのはこういう利点があるのだろうか、すぐに本を借りに行った。

「じゃあ僕は服でも買いましょうかねぇ。」

「服?あんたもう持ってるでしょ。」

「君こそ王族に対する敬意がなってないんじゃないですかぁ?高貴な方に会いにいくんです、それ相応の洋服は必要というものですよぅ。」

僕は白いシャツだけの上半身に自分の手を当てがう。

形式というのは大切だ。

何より門前払いは勘弁だし。

「私はお留守番しましょうか?こんな髪の毛ですし、ローブを被る訳にもいきませんし、染めるのは嫌ですし。」

「えぇっ、それじゃ僕は誰と一緒に行けって言うんですかぁ。」

「私と行きましょうよぉ〜♡」

後ろから、ぬるりと、首筋に触れられた。

細く、角張った指が、僕の首の骨、首の皮、首の肉をゆっくりと堪能し、鎖骨にまで手が伸びようとする。

急なことで対応が出来なかった。

すぐさま背後を向くと、シークさんが立っていた。

「例の話、取り付けてきたわよん♡」

「師匠ー!!」

シャルル君が凄まじい速さで立ち上がり、その胸に飛び込む。

「あらあら甘えん坊。ちゃんと良い子で待ってたかしら〜?」

その小さな頭を優しく緩慢と撫でる。

その手が動く度にシャルル君が嬉しそうに声を出す。

「俺、すっごく良い子だったと思うんだ!!そうだろ!?」

「えー?どうでしょうねぇー。」

「嘘つきだ!師匠!こいつ嘘ばっかり言う!信じちゃだめだ!」

「とっても良い子でしたよーぅ。」

「こいつ正直者!しょーじき!信じて!!」

「あらやだ可愛い。」

シャルル君の小さい体が大きな腕に抱かれる。

「もう!師匠!お話がおわってないですよ!」

「あらそうだった。」

シークさんの声がもう白々しい。

「取り付けたわよ。私は部屋の外で、貴方とクラシちゃんの二人で会いに来て欲しいって。」

「・・・ん?暮ちゃんと?シークさんとではなく?」

「えぇ。服も着替えなくても良いって。」

「暮ちゃんの話したんですかぁ?」

何なら全く関係無いとすら思うけれど。

「どうだったかしらねぇ〜。ほら、行くわよ。あ、これ。」

シークさんがポケットから財布を取り出す。

シャルル君がシークさんから体を引き剥がす。

「師匠!それ!お小遣いですか!!」

「えぇ♡服屋、行って来なさい?あ、アロトとディエスちゃんも付いて行って貰っても良い?好きなもの買っても良いから♡」

「それお守りじゃねぇか・・・。」

両手に本を抱えて戻ってきたアロト君が面倒そうにシャルル君を見る。

片方の眉を上げて、口元を不機嫌そうに歪めている。

「おかえりなさぁい。どうもぉ。」

「必要無さそうだな。」

アロト君が何冊もある本の一冊を持ち上げて揺らして見せる。

会話を聞いていたのか。

「無駄骨を折らせてしまいましたねぇ。この埋め合わせは今度したり、しなかったり?」

「良いよ別に。俺が勝手にやったしな。汚すなよ。」

そう言って僕に手渡す。

僕は反射的にそれを受け取る。

紙の重さが伝わる。

「・・・あの、必要無さそうだから不機嫌なんですよねぇ?」

「移動時間にでも読め。俺の苦労と労働を無駄にするな。」

「そうよ。アロトはあんたの為にわざわざ貸し出しカードを作ったんだからね。」

「・・・姉ちゃん・・・別にそんな気遣い良いから・・・。」

僕は両手に抱えた本をじっと見詰める。

僕がすんなり読める言語。

こんなに大きな図書館ならば確かに隣国の文字で書かれたものだってあるかもしれないが、それにしたって見つけてくるのは大変な重労働だったことだろう。

「ありがとうございますねぇ。」

「後で金多めに払って貰うからな。」

「勿論。」

中身も、確かにあちらと似通った所はあれど僕の知らないものもある。

「助かりまぁす。」

「おぅ。何度も言うけど移動時間にでも読めよ。」

「じゃあ出発して良いかしら?」

「はぁ。」

一体どうやって移動するのか、と思えば、後ろから猛スピードで馬車が走ってきた。

二頭の馬に繋がれた馬車。

それが車くらいのスピードで、それこそ時速何キロ出ているんだろう、車だとしてもあちらでは警察に捕まるような速さで、それが急に止まった。

慣性の法則によって車体が大きく揺れた。

「さ、乗って頂戴♡」

「・・・酔いそうね。」

「俺達は留守番で良かったな。」

僕も留守番が良かった。

暮ちゃんは平然と馬車に乗り込む。

「・・・流石ですねぇ?」

「?はぁ。先生もどうぞ。」

「ちょっと躊躇する時間が欲しかったりするんですけどぉ。」

「時は金なりという言葉を知っておられますか?」

「知らないでぇす。」

僕も暮ちゃんに続いて乗り込む。

馬車に乗るのは当然ながら初めてだ。

座る所に布が張ってあり、中に綿が入っているのだろう、柔らかい。

シークさんが乗ってこないな、と思ったらシャルル君と話していた。

少し本を読んで待っていると乗り込んできた。

馬車を引く馬を操るのは男性のようだが、随分背筋の伸びた人だ。

貫禄が伺える。

その人が少し手を動かすだけで馬車が動き出す。

シャルル君とディエスちゃん、アロト君は既に店があるであろう場所に向けて歩き出していた。

その光景は少し不快だった。

仲間のようで嫌だった。

また機会があったら殺そう。

馬車は少しも揺れない。

相当な速さは出ているのだろうが、それを感じさせない。

あちらの車よりも快適、とは言えないけれど、悪い気分ではない。

暮ちゃんが横から本の中身を覗いていたので、二人で読む。

「この、これ。お酒を飲む際は三回断るとありますよ。」

「これは西洋の世界で成立して良いんですかねぇ・・・?」

中国のマナーだろう、それ。

「でもこれは共感できますよ。茶菓子は必ず手ではなく、小さなトングで掴んで、それをフォークで食べる。」

「普通のことですよねぇ。」

「それがねぇ、どんなものでも絶対だからねぇ?フォークでやれば済む所も、トングでやるとぐちゃぐちゃに崩れちゃうのよぉ〜。ケーキとか特にねぇ、そのまま食べたいわよね〜。」

「うーん、確かに少し面倒ですよねぇ。」

マナーというのは往々にして面倒かつ不要なものらしい。

不要だからこそそれを行うことで敬意と尊重を示せるのだろうけれど、それを遵守するのは馬鹿らしい。

ここは貴族ではないからという理由でマナーは無視しても許されるだろう。

そんなことを思いながら馬車は走っていく。

景色が変わっていく。

アロト君もディエスちゃんは何事も無いだろうか。

二人は揉め事に巻き込まれやすい。

せめて誰か警備でも付けて欲しいと言うべきだっただろうか。

数十分馬車が走っていた。

止まったのは大きな城壁の前だった。

「降りてね。」

そう言われて手に持っていた本を本の山の一番上に置いて降りる。

以前、王様を殺す為に乗り込んだ。

あの時の城よりも余程堅牢に見えた。

白い城壁は分厚く、汚れや傷がその歴史を表している。

「中には入りましょ♡」

「了解しました。」

「はぁーい。」

豪華絢爛な扉を通り、歩く。

中も、下品でない程度に飾られ、その国力が分かる。

この国のトップは強い。

何が、と問われれば、その頭が、統治力が。

王族として申し分無い程に。

「今日会うのは王様ですかぁ?」

「いえ、女王様よ。すっごい優秀なんだから〜。若くして国を纏める偉大なお方よ♡」

「へぇ。」

特に興味は無かったけれど、女王なんだ。

この世界で最初に会ったのが王様だったからか王様だと無意識に思っていた。

「というか、警備少ないですねぇ?」

「あら?そういえばそうね?」

シークさんが周囲を見る。

普通のことでは無いだろう。

警備が少ないなんてものではない。

そもそもいないのだ。

一人も見かけない。

人間という人間が根こそぎ姿を見せず、あるのは無機物の羅列と集合体。

妙な様子が一種の高揚感を生み出す。

人がいない広い施設というのは心が躍る。

「良いですねぇ。」

「良くないわよ。うーん、後で訊いておかないとね〜。」

「先生、ローブは取った方が良いでしょうか?」

暮ちゃんがローブのフードを細い指で摘んでいる。

高位の人間に会う気遣いということか。

「まぁ良いんじゃないですかぁ?気にしなくても良いということですしぃ。」

「分かりました。」

「本当は駄目なのよ?本当に恐れ知らずね〜。怒られても知らないわよ?」

「怖くは無いですしぃ。」

そんな会話をしながら到着した部屋は大きな扉を構え、この豪奢な部屋の中でも特に贅を凝らした部屋なのが分かった。

「ここから先は一緒に行けないからね。」

「分かってますよぅ。」

「頑張ります。」

部屋の扉を軽くノックする。

すぐに、「どうぞ。」という柔らかい声が聞こえた。

僕と暮ちゃんは中に入る。

中には二人の女性がいた。

「・・・二人?」

「どうぞお座り下さいな。」

「あ、はぁい。」

二人の女性、というよりもあれは少女だ。

シャルル君と同じくらいの年齢で、片方は金髪、片方は黒髪だ。

双方ふんわりと笑みを浮かべて、椅子に深く腰掛けている。

女王は一人だと思っていたけれど、もう一人いたのだろうか?

変わっている。

僕は暮ちゃんに用意された椅子に先に座ってもらい、後からもう一つの椅子に腰掛ける。

部屋の中は装飾品が多いが決して贅沢とは思わない。

あくまでも装飾の域だ。

これならコーリャ達に連れて行かせた例の親戚達の方が豪華な部屋だった。

まああれと比べるのは人間としての屈辱だろう。

それぞれの品の価値は恐らく僕では手も出せない程だろうし。

「初めまして。わざわざご足労ありがとうございますわ。どうぞお寛ぎになって下さいまし。」

金髪の方がまた柔和な、美しい、可愛らしい笑みをその顔に纏う。

「どうもぉ。お会いできて光栄です。僕は陽一、こっちは暮ちゃんですぅ。」

「まぁ、素敵な名前。ねぇセーフさん。」

「うん。すっごく可愛い〜。初めまして〜。」

黒い方はセーフというらしい。

非常にのほほんとした常春な雰囲気を持っている。

白基調のワンピースを着ていて、それは白いフリルと白いレースで愛らしく飾られている。

その足は隠されていて、張りのある足は殆ど隠され、それが逆に耽美な背徳感を誘う。

金髪の方も美しい。

少女的な美しさと女性的な美しさが同居している。

唇も、瞳も、肌も、髪の毛も、全てが絶妙なバランスで互いを引き立て合っている。

「私はね〜?セーフって言うの〜。格好いいね〜ヨウイチ君〜よろしくね〜。」

「仲良くしましょうねぇ。」

間延びした口調だ。

「私はエリザベスと申します。どうぞよろしくお願いしますわ。」

「よろしくですぅ。それで、僕達を呼んだ理由とか、教えてもらえちゃったりするんですぅ?」

二人は顔を見合わせる。

同じくらいの年代。

友人なのだろうか。

ならば何故ここにいるのか。

そもそも何故僕達二人を呼んだのか。

聞きたいことは無数にある。

エリザベス、と自己紹介をした少女は僕と暮ちゃんを交互に見やる。

「もしかしてまだ察しておられませんの?」

「嘲笑ですかぁ?」

「まさか。そんな不敬なことは致しませんわ。」

本音らしい。

その瞳からは、今まで数多く注がれてきた侮蔑や見下す感情が無い。

少しの興味と好奇心、そして利用できるという確信。

僕と暮ちゃんを愚民だ何だと下に見ようとはしていない。

「そちらのセーフは私の友人ですの。とても頭が良い・・・と言うよりも、先を見るのが得意な方で。仲良しですわ。」

「そうなの〜。」

「そのような高貴なお方が、わざわざ一市民である我々に何のご用ですか?特段用事があるようには思えませんし。」

暮ちゃんがそう言う。

特に表情が変わっていない。

高貴な方に、特に王族に、まともな王族に合うとなれば多少なりとも緊張しちゃったりするのかな?とは思ったけれど、特にそれも無く、平静そのものだ。

「寧ろ用があるのは貴方方でしょう?」

「?はぁ・・・。」

「転移者ならね〜。私がこっちの国に連れてきたの〜。」

セーフちゃんが笑い、立ち上がる。

その姿は流麗。

ゆったりとしたワンピースを少ししか揺らさず、動き一つ一つに統率の取れた、実にそつない動きをする。

これが恵まれた、また、幼い頃から教育を生きる、ある意味でこの世で最も自由の無い、しがらみに囲まれた人間の動きなのだろうか。

呪いにすら見えるその教養の透けて見える立ち姿。

それはこの世の不幸全てを押し付けても笑っていられるだろう、精神を侵さない絶対的な、不可視な哀れさ。

「アレトラン王国の第一王女、セーフ。貴方に父を殺された一人の少女。改めてよろしくね〜?」

その言葉に、哀れみは昇華され、一種の悲哀は消し去り、強かさが生まれた。

強靭な弓のような子だと思った。

「・・・僕は、城に居た人間は皆殺したと思うんですけどぉ。」

「うん。離宮に居たからね〜。」

「あぁ成程・・・偶然逃れたんだですねぇ。」

「いいえ、それは違いますわ。」

「は?」

エリザベスちゃんは楽しそうに、傍のサイドテーブルに肘を乗せ顎をその華奢で白い手の上に乗せる。

「彼女は先を読むのが得意なのですわ。貴方が殺すことを予期して離宮に逃げていた、と聞いていますわ。」

「そうなの〜。怖くって〜。」

「そんなことがあり得るのですか?というかそれを目の前で話しても良いのですか。」

「良いよ〜?殺されないからね〜。」

僕はナイフを取り出す。

しかし警備は出て来ない。

この城に他の人間は居ない。

客人と、王女と、女王しか居ないのだ。

無防備という言葉では説明がつかない。

何かしらがあるのだ。

何かが。

「貴方は転移者様の力を借りたい。私達も貴方に頼みたいことがある。利害は素晴らしく一致しますわ。ですから・・・。」

一度お座りになって?

その言葉に大人しく従う。

従わざるを得ない。

この場に僕一人だけだったならば僕はさっさとこの二人を殺して帰っているだろう。

でも出来ない。

暮ちゃんが、隣に居るから。

だから何も出来ない。

大人しく話を聞くしか無いのだ。

「ここからは交渉ですわ。交渉。何よりも得難い至福の時。素敵ですわね。貴方のような優秀な方と話し合えるだなんて。」

終始優しい声。

優しい笑顔。

優しい佇まい。

その裏に潜む何か。

二人の少女は僕の見たことの無い人種。

その二人は微笑んでいる。

僕はふっと短く息を吸った。

最近は常識人のような行動ばかりしていたのだ。

少しくらい羽目を外しても怒られはしないだろう。

僕も微笑んだ。

「お話は?」

きっとこの場にいるのは異常者だけ。

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