第9話:「不滅の器」
「うわあああぁぁ!!」
ダクトの中は、氷のように滑らかな金属の滑り台だった。
必死に爪を立てようとしても、加速する体はどうしようもなく暗黒の底へと吸い込まれていく。
――ドサリッ!
落下した先は、巨大なゴミ箱の中だった。生臭いゴムの破片や錆びたネジがクッションとなり、かろうじて命拾いする。
見上げれば、ダクトは二手に分かれていた。
アキが落ちてきた「廃棄物ルート」のすぐ隣。もう一方の道からは、耳を劈くような「ギチギチギチッ!」という巨大なシュレッダーの回転音と、重い何かが粉砕される「グチャッ」という嫌な音が絶え間なく響いていた。
「クラ……! サイガさん! ……誰かいないのか!!」
暗闇に向かって叫ぶが、返ってくるのは冷たい機械の唸り声だけだった。
「……一人、か」
孤独と恐怖を押し殺し、アキはゴミの山を這い出した。通路の壁には、剥がれかけたボロボロの紙がベタベタと貼られている。
【ウィスカー(WHISKERS)機体図面】
名前: ウィスカー(猫型アニマトロニクス)
特徴: 首にデカい鈴。顔から針金のような「長いひげ」が数本出ている。
武器:超振動の爪: 鉄板を紙のように切り裂く。ひげセンサー: 空気の一揺れも逃さない。
【厳守】ウィスカー対処マニュアル
鈴の音がしたら、その場でフリーズしろ
一歩でも歩けば、一瞬で首を狩られる。
心臓の音がバレないよう、できるだけ息を止めろ。
ひげが触れたら、即死
あいつが目の前を通り過ぎる時、ひげが服に当たるだけでもアウトだ。
とにかく「障害物」になりきれ。
音で釣れ
逃げたいなら、反対方向に物を投げろ。
あいつは「先に音がした方」に全力で食いつく。
「……ッ!」
読み終えるのと同時だった。
通路の先から、チリン……と、澄んだ鈴の音が響いた。
アキは反射的に全身を硬直させる。
チリン……チリン……。
暗闇から現れたのは、顔から針金のような長い「ひげ」を何本も突き出した、黒猫の
アニマトロニクス――ウィスカー。
それは無機質な瞳で周囲を走査しながら、ゆっくりと近づいてくる。
(息を止めろ……動くな……!)
アキの目の前をウィスカーが通り過ぎる。その「ひげ」の先端が、アキの服の裾をかすめる。
「シャァァ……」
ウィスカーが足を止め、アキの足元をじっと見つめた。
アキは本能で駆け出した。
「クソッ、マニュアル通りになんていられるか!」
消えては現れる黒猫の影。アキは必死に逃げ惑う中、隅に置かれたパンダ(メイメイ)の着ぐるみを見つけた。
「一か八かだ……!」
アキはメイメイの中に飛び込み、そのまま動かぬ「置物」と化した。
数秒後、ウィスカーが着ぐるみの匂いを嗅ぐように鼻先を近づけるが、やがて興味を失ったように鈴の音を響かせながら去っていった。
「ふぅ……助かった……」
死臭の漂う着ぐるみを脱ぎ捨て、アキはさらに奥へ進む。
足元でクシャリと紙を踏んだ。それは、この地獄の設計図だった。
プロジェクト計画書:【不滅の器(IMMORTAL VESSEL)】
【計画概要】
老い、病、そして「死」という生物学的欠陥を克服するため、人間の意識をアニマトロニクス(機械人形)へと完全移行させる。肉体を捨て、永劫の時間を手に入れるための人類進化計画。
【実験工程】
素体の確保: 適格な「被験者(器)」を施設内へ誘致。
意識の抽出: 現行のアニマトロニクス制御技術を転用し、脳神経データをデジタル化。
定着実験: 抽出した意識を、改造を施した新型外骨格へと再インストールする。
【設備・機材の流用】
既存ユニット(ウィスカー等)の活用:
本来は施設警備やエンタメ用の通常機体だが、その「高感度センサー」や「追跡プログラム」は、逃亡しようとする被験者を捕獲するための「猟犬」として最適である。
ダクトエリア:
実験に失敗した「不要な肉体」を迅速に処理・裁断し、証拠を隠滅するために使用する。
【最終目的】
「死」のない世界の創造。全人類の人形化。
怒りと虚脱感で視界が歪む。アキは震える手で計画書をポケットにねじ込み、出口を目指して走り出した。
ようやく抜けた先――広いステージの裏側。
そこに、見覚えのある背中が立っていた。
「……カイト? カイトなのか!」
偽物はスクラップにされた。あそこにいるのは、本物の親友に違いない。
「カイト! 会いたかった、無事だったんだな!」
駆け寄るアキ。だが、カイトからの反応はない。
その足元には、ゴミのように転がっているクラ、サイガ、猫丸の三人の姿があった。
「カイト……? なぁ、どうしたんだよ。みんな、生きてるんだろ……?」
返事はない。アキは祈るような気持ちで、カイトの肩を掴み、無理やりこちらを向かせた。
「ッ……あ……あぁ……」
アキの喉の奥から、声にならない悲鳴が漏れた。
カイトの体には太いボルトが何本も打ち込まれ、左半身の皮膚は剥ぎ取られ、鈍く光る金属パーツが血管や筋肉に直接縫い付けられていた。
カイトは、何も言わなかった。
かつての明るい冗談も、今の痛みへの悲鳴さえも。
ただ、半分が機械化したその顔を歪ませ、虚ろな瞳でアキをじっと見つめている。
その瞳には、もう「理性」の光は宿っていない。
あるのは、プログラムに上書きされ、ただそこに「存在させられている」だけの、肉の塊としての反射だけだった。
アキは、親友だったはずのモノの腕に、自分の名前が刻まれた「親友の証のリストバンド」が、肉と機械の境界線で血に染まっているのを見つけた。
(第9話 完)
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クレジット:キャラ提供
光暗クラ このキャラは@banirakokoaさんに作ってもらいました!!
猫丸 このキャラは@nekomi611さんに作ってもらいました!!
兵司サイガ このキャラは@aisu1452さんに作ってもらいました!!
三名ともありがとうございました!!




