サラの南部海岸
南部の海岸線の調査が始まって三週間が経った。
海は初めてだった。
山育ちのサラには、海の広さが最初、恐ろしかった。果てのない水平線。波の音。潮の匂い。
でも三日目には慣れた。
慣れると、今度は美しかった。
朝の海が光る様子を見ながら、サラは地図帳に書き込んだ。「この地点からの海の眺望について」という注釈が、また増えた。
岩場の地形、砂浜の位置、漁師が使う小道、潮の満ち引きで変わる通行可能な場所。それらを丁寧に記録した。
ある村で、年老いた漁師と話した。
「この辺の海の地図を作ってるのか」と漁師が聞いた。
「はい」
「どの岩礁が危ないか、書いてくれるか」
「教えてもらえれば書きます」
漁師が丁寧に教えてくれた。地図には載っていない、でも現地の人間には常識の情報だ。どの季節に、どの岩礁が海面に出るか。どこに潮流の変わり目があるか。どの方向から来た船が危ないか。
サラはすべて書き留めた。
「こういうのを書いた地図は、今まで見たことがない」と漁師が言った。
「ないんですか」
「海図はある。でも岩礁の細かい情報まで書いたものは見たことがない。それを知ってれば、何人か死なずに済んだかもしれない」
サラが手を止めた。
「……誰か、亡くなったんですか」
「三年前に、よそから来た船が岩礁にぶつかって。地元の人間なら知ってる場所だったが、地図にはなかった」
サラが地図帳を見た。
今書いた岩礁の情報が、そこにある。
(この線が、命に関わる)
地図師という仕事の重さを、またひとつ深く受け取った瞬間だった。
秀はサラの横顔を見ていた。
覚悟が、一段深くなった顔をしていた。




