コルの転機
夏のある朝、コルが珍しく沈んだ顔をしていた。
レインが気づいて「どうした」と聞いた。
コルが少し黙ってから言った。
「訓練場の先輩に、笑われた」
「何を」
「お前みたいな孤児が衛兵になれるわけない、って」
レインが黙った。
「むかついたけど、言い返せなかった。なんか言い返す言葉が出てこなかった」
「そうか」
「レインは、そういうこと言われたことある?」
「ある」
「どうした」
レインが少し考えた。
「言い返せなかったとき、悔しくて、その夜に練習した。言い返す言葉より、黙らせる実力の方が、後で効く」
コルが「でも悔しいじゃないか」と言った。
「悔しい。ずっと悔しい。でもその悔しさが、力になる。捨てなくていい」
コルが少し考えた。
「悔しさって、捨てなくていいの」
「いい悔しさと、悪い悔しさがある。誰かを恨む悔しさは捨てろ。でも自分がまだ足りないという悔しさは、持っておいた方がいい。それが前に進む燃料になる」
コルが「……なんかレインって、たまにすごいこと言うな」と言った。
「たまにで十分だ」
コルが笑った。さっきまでの沈んだ顔が、少し上向いた。
「じゃあ今日の稽古、一時間延長していい?」
「いいぞ」
二人が訓練場に向かった。
秀はその後ろ姿を見ていた。
かつてレインが路地裏で感じていた悔しさが、今コルに手渡されている。形は違うが、同じ種火だ。
人から人へ、悔しさが燃料に変わって受け継がれていく。
それも一つの、大切な伝承だ。




