フィアの新しい仕事
工房に帰ったフィアは、三日間、祖父の錠前だけを見ていた。
仕事の依頼が来ても「少し待ってください」と言って、作業台の上に錠前を置いたまま、向かいに座って眺めていた。
錠前は複雑な構造をしていた。
外側は装飾が施されていて、蔦と小鳥の模様が細密に刻まれている。でも内側の機構を見ると、装飾と構造が一体化している。飾りが、そのまま鍵の仕掛けになっている。遊びと実用が分かれていない。
フィアは指先で蔦の模様を辿った。
(祖父さんは、こういうものを作っていたのか)
自分の知らない世代の仕事が、今自分の手の中にある。
四日目の朝、フィアは工具を取り出した。
設計図を白紙から描き始めた。
祖父の錠前を参考にしながら、自分のやり方で、新しい錠前の設計図を起こしていく。同じものを作ろうとしているのではない。祖父の発想を受け取って、自分の手で別のものを作ろうとしている。
「受け継ぐ、というのはこういうことか」
独り言を言いながら、フィアはペンを走らせた。
マルが戻ってきていた。隣家から連れ帰られて、また作業台の端で丸まっている。
「マル、祖父さんってどんな人だったと思う」
マルが目を細めた。
「俺みたいな人だったのかな。黙って仕事して、余計なことは言わない感じの」
マルが鳴いた。
「そうかもね」
フィアが笑いながら設計図を続けた。
秀はその工房にいた。
受け継ぐということ。前の世代が残したものを、自分の手で次に繋げること。
前世で、秀が音楽をやっていたのも同じ構造かもしれない、と思った。先人の音楽を聴いて育ち、自分の表現に変えて、ファンに届けた。それが誰かの中で生き続けて、また別の誰かに届いていく。
文化というのは、そうやって時代を超えていくのだろう。
フィアの設計図が、一枚仕上がった。
それを壁に貼って、しばらく眺めた。
「よし」
工具を持って、材料を選び始めた。
新しい錠前が生まれようとしていた。




