フィアの話
フィアが話し始めた。
「私の父は、鍵師でした。私に鍵作りを教えてくれた人です。五年前に死にました」
レインが黙って聞いていた。
「父が死ぬ前に、一枚の紙をくれました。それがこれです」
革袋から紙を出した。広げてレインに見せた。
「見取り図と、暗号のような記号が書いてあります。父は言いました。この場所に、お前に渡したいものがある、と」
「この廃屋ですか」
「そうです。父はここで生まれたと言っていました。若い頃に町へ出て、鍵師になって、私を育てて、でもここのことは一度も教えてくれなかった」
「なぜ教えなかったのか」
「わかりません。でも死ぬ前にだけ教えてくれた。準備ができたら来い、と」
レインが紙を見た。
「暗号は読めますか」
「少しだけ。父が使っていた記法です。鍵の設計図を書くときに使っていた」
「建物の中を探すということですか」
「はい。でも一人で来るのが怖くて、五年かかりました」
フィアが廃屋を見た。
五年間、引き出しの中に眠らせていた紙。「準備ができたら来い」という言葉。その準備が何なのか、フィア自身にも確信はなかったのかもしれない。
でも今、来た。
「一緒に探してもらえますか」
フィアがレインに言った。
レインが少し考えた。
「正直に言うと、見知らぬ人の頼みにすぐ応じるのは衛兵としては慎重でないといけない。でも……」
「でも?」
「お前の顔が、怖がりながらも信じてここに来た顔に見える。そういう顔の人を、見捨てるのは性に合わない」
フィアが少し目を丸くした。
「……ありがとうございます」
「感謝は後でいい。中を見てみましょう」
秀は「もう一つの目」に向けて気配を送った。
(これが、お前がずっと待っていたものか)
返ってきた気配は、静かな肯定だった。
そして何か、じんわりとしたものが混じっていた。




