サラの最初の依頼
春の最初の週、サラはクロウと待ち合わせた。
正式な依頼書が届いていた。依頼人は「ヴェルタ商会」。大陸の東部を主に扱う大手商会で、新しい交易路の開拓に必要な地図を必要としているという。
「最初の依頼は二ヶ月の行程だ」クロウが地図を広げながら言った。「東部山岳地帯の既存の道の精度確認と、未記録の道の調査。このルートを回ってくれ」
サラが地図を見た。
これまで自分が行ったことのない地域だ。でも本で読んだことはある。地形の特徴も、気候の傾向も、大まかには知っている。
「一人ですか」
「最初の一週間だけ、俺が同行する。地形の読み方と危険箇所について伝えたいことがある。あとはお前一人だ」
「わかりました」
「依頼書にサインを」
サラがペンを持った。一瞬だけ止まった。
これは本物の仕事だ。依頼書にサインをすれば、ただ旅をするのではなく、責任を持って地図を作る立場になる。
その重さを感じながら、サラは署名した。
「よし」クロウが依頼書をしまった。「出発は明後日だ。荷物は最小限に。地図の用具だけは妥協するな」
「はい」
「一つ聞いていいか」
「なんですか」
「怖くないか」
サラが少し考えた。
「怖いです。でも、怖くないと思ってから動いていたら、一生動けない気がするので」
クロウが「そうだな」と言った。
その目が、師匠の話をしていたときと同じ目だった、と秀は思った。
かつて誰かから受け取ったものを、今度は別の誰かに渡していく。クロウはそれをしているのかもしれない。
翌日、サラは父に出発を告げた。
父は「地図帳は何冊持っていく」と聞いた。
「三冊。足りなければ現地で買います」
「帰りは」
「二ヶ月後に」
「わかった。気をつけろ」
「うん」
今度は振り返った。振り返って、父の顔を見た。
父が片手を上げた。
サラも手を上げた。
それだけで、十分だった。




