フィアの引き出し
雪が積もった夜、フィアは久しぶりにあの紙を取り出した。
暖炉の前で、紙を広げた。
地図でも見取り図でも、正確にはどちらでもないその紙を、フィアは指先で辿った。一本の線、記号、また線。
「もうすぐ、行かないといけない」
独り言だった。マルが尻尾を揺らした。
「怖いけどさ。でも行かないと、ずっとここにいることになる」
マルが鳴いた。
「そうだよ、わかってる」
フィアが紙を折りたたんで、今度は引き出しではなく、革の小袋に入れた。首から下げている革紐に通した。
いつでも持ち出せるように。
秀は固唾を飲んで見ていた。
「もう一つの目」の気配も、いつもより緊張した揺れ方をしていた。
フィアが工房を見回した。鍛冶道具の並んだ棚。依頼品の並んだ台。マルの寝床。
「春になったら、行く」
それだけ言って、暖炉の火を一段落とした。
何かが動き始めようとしている。フィアの中で、長い間眠っていた物語が、ゆっくりと目を覚ましている。
秀は「もう一つの目」に向けて気配を送った。
(そろそろ動くな、あいつが)
気配が返ってきた。
確かな肯定と、それから何か複雑なもの。期待と不安が混ざったような揺れ。
秀はその複雑さに、親しみを感じた。
誰かの人生が動くとき、見ているこちらもドキドキする。それはいい意味での落ち着かなさだ。




