フィアの鍵と、眠る物語
フィアを見ていると、秀は毎日新しいことに気づいた。
彼女は仕事が丁寧なだけではなく、依頼人への目配りが細かかった。
鍵を届けるとき、老人の客には大きい文字で使い方を書いた紙を添える。子供を連れた客には、鍵のかけ方をゆっくり二度見せた。懐が苦しそうな客には、値段を少し下げてそれを言わない。
工房の猫はマルといった。茶色の縞猫で、いつもフィアの足元か、作業台の隅で丸まっている。フィアはマルに話しかけながら仕事をする。独り言の相手として、マルはよく機能していた。
「今日の依頼は難しい錠前でさ、マル」
「依頼人が指定した形がちょっと変なんだよね」
「でもまあ、やってみれば何とかなるか」
マルが尻尾を振った。
ある夜、フィアは夕食を食べながら、引き出しから一枚の紙を取り出した。
古い紙だった。何度も折り畳まれて、端が擦り切れている。
広げると、地図だった。
町の地図ではなく、建物の見取り図のような、複雑な線の集合だった。その上に、暗号めいた記号が書いてある。
フィアはその紙を見ながら、夕食の手が止まった。
遠くなった目をしていた。
しばらくして、また紙を折りたたんで、引き出しにしまった。
「もう少しだけ、待ってて」
誰に言ったのか、マルに言ったのか、紙に言ったのか。
それだけ言って、夕食を再開した。
秀は引き出しの方を見た。
フィアの中に、眠っている物語がある。あの紙に関係した何かが。「もう一つの目」が待っているのは、あれが動き出すときなのだろう。
(何が書いてあるんだろう、あの紙に)
答えはまだ見えない。でも気になった。
秀の視点が、また一人増えた。




