エイルの実家
エイルが実家に帰り着いたとき、父はまだ生きていた。
貴族の屋敷は大きく、使用人も多い。でも父の部屋に入ると、その豪奢な造りと、病人の部屋の静けさが不釣り合いだった。
「エイル」
父が声を出した。かすれた声だったが、確かにエイルを呼んだ。
「父上、戻りました」
「……お前、背が伸びたな」
「少し」
父が手を伸ばした。エイルがその手を両手で包んだ。
「騎士の修行は、どうだ」
「上手くいっています」
「嘘をつくな」
エイルが少し笑った。「……難しいですが、楽しいです」
「そうか」父が目を細めた。「お前の先生は、どんな人間だ」
「寡黙で、厳しくて、でも生徒の話をちゃんと聞いてくれます。一番信頼できる大人です」
父がしばらく黙っていた。
「……俺はいい父親じゃなかった。三男だからと、お前のことを気にかけてやれなかった」
「父上」
「修行をしっかりやれ。俺が何も与えてやれなかった分まで、お前は自分で取りに行け」
エイルが「はい」と言った。声が少し揺れていた。
秀はその部屋の隅にいた。
親と子の間にある、言い尽くせないものの話だ。
秀は自分の両親のことを思った。完璧を求める親だった。プレッシャーでもあったが、それが自分を鍛えた。感謝を言葉にしたことはなかった。言えないまま死んでしまった。
(エイルは言えているな)
それだけで、十分だと思った。
エイルは三日、実家にいた。
父の容態が少し安定したのを確認してから、母に挨拶し、兄たちに軽く礼を言い、王都へ戻る馬に乗った。
出発の朝、父の部屋の窓が開いて、父が外を見ていた。
エイルが馬上から手を挙げた。
父が、わずかに頷いた。
エイルは前を向いて、馬を走らせた。




