帰り道のサラ
サラが帰路についたのは、初雪の知らせが届いた頃だった。
一ヶ月半の旅で、地図帳は書き込みで埋まっていた。新しい道、知らなかった集落、峠からの景色、老人の話。それらが丁寧な文字と線で記録されている。
帰り道は来た道と違うルートを選んだ。
同じ道を戻るのは性に合わなかった。
二日目の夕方、街道沿いの宿に入ったとき、見知った顔があった。
クロウだった。
テーブルの隅で一人、何かの書類を見ていた。サラに気づいて「ああ」と言った。
「旅の帰りか」
「はい。クロウさんは?」
「仕事だ。座れ」
向かいに座ると、クロウが「どうだった」と聞いた。
「良かったです。たくさん見つけました」
「地図帳を見せろ」
サラが差し出した。クロウがページをめくった。その目が、読み進めるにつれて少しずつ変わった。
「……これを一人でやったのか」
「はい」
「峠のここ、誰かに聞いたか」
「自分で登りました」
「古道の注釈、これは」
「老人に教えてもらいました。地図にない集落の方です」
クロウが地図帳を閉じた。それからサラを正面から見た。
「一つ、仕事の話をしていいか」
「どんな話ですか」
「俺には依頼人が複数いる。その中に、大陸全土の詳細な地図を必要としている商会がある。今ある地図では精度が足りないと言っている」
「それで?」
「お前が作った地図の精度は、プロの地図師に近い。いや、実地で確認しながら作っているぶん、一部では超えている」
サラが黙っていた。
「正式に仕事として依뢰したい。依頼を受ければ、旅の費用を商会が出す。作った地図は商会に渡す。報酬も出る」
「私の地図が、仕事になるということですか」
「なる」
サラはしばらく考えた。
旅がしたい。地図を作りたい。お金がないから制約がある。それが全部、解決する話だ。
「……父に相談してから返事をします」
「いつでもいい」
クロウが書類に視線を戻した。
秀はサラの顔を見ていた。
驚きと、嬉しさと、それから少しの怖さ。夢が現実になる瞬間の、あの顔だ。
(来たな、サラ)
自分に言い聞かせるように、秀は思った。




