第1話 はじまりの町
『はじまりの町へようこそ!』
大きな看板が、町に入ってすぐの場所に掲げられている。あらゆる旅人がここから出発することを伝統としているからだろうか、さまざまな冒険に役立つ道具が売っていた。その道具を目的として、大勢の人がこの町を訪れるらしい。
「ねえ見て、エル。あんなに地図が並んでいるわ。こんなにたくさんの地図を見るのは初めて!」
「ただの地図だけじゃなく、空や海の中の地図まであるのか。並大抵の旅人じゃあ、いけないだろうに。あとリズ、手紙を書くことを忘れてない?」
「もちろん、忘れてなんかいないわよ。手紙自体は書いてあるしね」
リズは少し気まずそうに、エルにそう答えた。いつの間に書いたのか、とエルは意外そうにリズの顔を見つめる。
「ただね、少し困っていることがあって。あっ、そこの役場でライセンスが貰えるわ。行きましょう」
役場に入ると、意外なことにライセンス目的の旅人は一人もいないようだ。町が賑わっていることに対して、随分と閑散とした役場は不気味ですらある。ライセンスを発行する部署は他の部署よりも職員までもが少ない。
「すみません。ライセンスをもらいに来たのですが」
「はい、こちらはライセンス課です。ライセンスの発行ですね。この文書に必要事項を書いていただければ、10分ほどで発行できます」
リズは渡された文書に必要なことを書き込んでいく。名前・同行者・職業・旅の目的……これだけである。
「す、すみません。本当にこれだけでいいんですか?」
「はい。最近だと新たな旅人さんの数も減ってしまって、ライセンスの役割も変わってしまったんです。なので、必要事項も昔よりも随分減りました。以前は毎日この役場も賑わっていたんですけどね。もうしばらくそちらの椅子でお待ちください」
聞くところによると、はじまりの町を訪れる旅人は昔よりもかなり少なくなったらしい。手持無沙汰で待っていると、随分と古そうなポスターが目に入ってきた。それによると、ライセンスを持っていると融通してもらえる、というのは10年前に制度が変わって無くなってしまったそうだ。リズとエルは驚いて、はっと顔を見合わせた。
「ねえ、リズ。君どこから10年前の情報なんか手に入れたのさ。確かにライセンスを持った旅人なんか、ここ最近は君の故郷には来ていなかっただろうに。はあ、伝統っていうのは廃れるものだね。どうりで、僕がライセンスのことを知らなかったはずだ」
「家の近くに来た旅人さんは持ってなかったけど……シャリーがそう言ってたのよ。それにしても、はじまりの町を訪れる旅人の数が減っている、なんておかしな話ね。旅人の数自体は増えているはずよ。それに旅人が少ない、と言うわりには町に人がたくさんいるじゃない」
自分の言ったことが間違っていたため、焦ったようにリズは話題を変えた。閑散とした役場内ではエルの返事はよく響く。
「リズ、そんなこと分かりきってるじゃあないか。旅人よりも観光客が多いだけさ」
「エル、旅人と観光客の違いなんてないでしょう。旅をしているのなら、みんな旅人よ」
「リズはわかってないなあ。観光客は旅を生業としていないんだよ。旅人は旅を生業として、旅とともに生きるんだ。リズも錬金術でお金を稼ぎながら旅をするんでしょう」
少し納得がいかない顔をして、リズは頷いた。ちょうどその時、ライセンスを発行し終わったという声がかかる。
「リズさん、エルさん。ライセンスの発行が終わりました。あなた方の旅路が幸多きものにならんことを」
ライセンスに使われている紙は、昔から変わらないらしい。そのため、触れるとなつかしさをなぜか覚える人が多いとか。その例に漏れず、リズも感慨深げにライセンスを撫でながら、なつかしさを感じていた。そんなリズをエルは冷めた目で見つめている。
「リズ、撫でているのはいいけど落とさないでよ!何だか不安になっちゃう」
「落とすなんてしないわよ!これは私の旅のはじまりを記念するものなんだから、大切にするの」
役場を出た後も、ずっとライセンスを撫で続けている様子にしびれを切らして、エルはリズの気を逸らそうと話しかけた。しかし、見るからに気もそぞろな彼女には全く届かないらしい。このままでは延々と撫で続けていそうだ。
「そういえば、役場に入る前に困ったことがあるって言ってたけど、何だったの」
エルが尋ねると、リズは撫で続けていた手をピタッと止めてため息を吐きながらこう答えた。
「この町、郵便局がないのよ。これじゃあ、手紙を送れないわ。それに回復ポーションを売る場所もないの。売ろうと思って持ってきたのに。この町で食料品とか必要なものを買ったら、お金がなくなっちゃう」
「うーん……それなら配達鳥を飼うのはどう?これから先も郵便屋さんが無い町があるかもしれない。この機会に飼うといいかもよ。お金は、うん、次の町で何とかするしかないね」
次に何をするか大まかに決まったらしい。ちなみに、配達鳥は、各地の郵便局に手紙を届けてくれる鳥のことだ。値段は決して安くはないが、旅人に重宝されている。こうしてリズ達は、はじまりの町一番の市場へ入っていった。
「凄い人とお店の数!これだけお店があったら、配達鳥も手に入れられるかしら?」
「見てよ、リズ!ここの店の野菜とても安いよ!しかも羊向けの牧草まで売ってる!」
さっきまでリズを冷めた目で見ていたエルとは思えないほど、弾んだ声だ。もちろん、リズも興奮して弾んだ声になっている。そんなリズ達を道行く人は、微笑ましそうに見ながら通り過ぎていく。
「いらっしゃい、嬢ちゃん達!しかも羊のお客さんとは珍しい。どうだい、ここは一つサービスしてやろう」
恰幅のいい、八百屋のおじさんはリズ達に声をかけた。さっきまでエルが大興奮して見ていたお店の人だ。あれだけ大きな声で話していたからだろうか、サービスをしてくれるらしい。おじさんの話を聞いてエルはさらに喜んでいるようだが、リズは先ほどまでの自分たちの姿を思い出して顔を赤くした。
「サービスって言うけれど、いったい何をしてくれるの?」
リズは気恥ずかしさを紛らわせるために、少し早口で尋ねた。
「お嬢ちゃんたちが野菜をいっぱい買ってくれたら、これをやるよ」
そう言って、八百屋が指さした先にはたくさんのカブが転がっていた。しかも特大サイズである。まだ旅をし始めたばかりのリズやエルにとっては見たことのないものだ。
「何、このカブ!普通のカブの3倍くらいありそうね」
「リズ、もしかして貰うつもり?これを運ぶのは僕でしょう。さすがにこんなに大きなカブは運べないよ」
「おう、羊君の心配は無用だ。何もこれをそのままやるわけじゃあない。ポタージュにして持たせてやる!どうだ、買っていくだろう」
結局宣伝に負けて、リズ達は野菜を予定よりたくさん買わされたうえにポタージュを大量におまけされてしまったようである。これで、配達鳥を買うお金はなくなってしまい、リズは困り果てて、市場の外れで座り込んでしまった。
「エル、どうしよう。このままじゃあ、旅のはじまりにして旅の終わりがこの町になってしまうわ」
「大丈夫だよ、リズ。幸いなことに食料だけは大量にあるし、次の町に行ってお金を稼ぎつつ、配達鳥を探せばいいさ」
そう言いながら、エルはリズのリュックから地図を取り出して次の目的地を思案しているようだ。リズもエルの言葉に賛同して一緒に地図を見始めたところ、鳥の町がはじまりの町に比較的近いことに気付いた。
「ねえリズ、確か配達鳥って鳥の町だと少し手に入りやすい値段なんじゃなかったっけ」
「そうよ、ということは次の目的地は鳥の町に決まりね!」
リズ達の次の目的地が決まったようだ。
旅人ライセンス
昔はこれを持っていれば、さまざまな商業施設で融通してもらえた。今はただの名刺としてしか使えない。最近の旅人はもはや、ライセンスをわざわざ取りに来ることは無い。かつては必要事項が20項目あったが、現在ではわずか4項目である。
配達鳥
旅人に重宝される鳥。さまざまな種類が存在する。一般的には手紙などを郵便局に運ぶのだが、中には届け先に直接届けることができる鳥もいる。値段は決して安くない。
大きなカブ
ある町の特産品。正式名称はドデカカブといい、薬であるドデカアップを普通のカブに散布するとできる。あまりに大きすぎて需要はないらしい。




