↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「足し算しかできない無能」と追放された俺、切り捨てられた一万人の力を合計して神託王国を救う  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/45

第5話「数字なんて役に立たない」

リタの熱が下がり、広場には安堵の空気が広がっていた。


 だが、根本的な問題は何も解決していない。村の備蓄はダミーと廃棄品を除けば、もってあと数日。横領の証拠である轍を見つけたとはいえ、奪われた食料を取り戻すには時間がかかる。


 村人たちが再び不安げに顔を見合わせる中、俺の耳に小さな声が届いた。


「どうせ、いくら数えたって無駄なんだよ」


 広場の隅で、先ほどまで怯えていた少年が膝を抱えて呟いていた。


「数は神託が決めるんだ。神官様が『春まで足りる』って言ったのに、今は足りない。だったら、俺たちが泥棒を数えたって、明日にはまた変わるかもしれないじゃないか。数字なんて……役に立たない」


 少年の言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中に再び、冷たくひび割れた声が響いた。


『こんなもの、私の人生で絶対に使うことはない』


『面倒くさい。消えてしまえばいいのに』


 深い緑色の黒板と、俺を否定し、忌み嫌う顔のない大衆。


 彼らは俺を恐れたわけではない。ただ、理解しようとせず、見ることすら面倒だと切り捨てたのだ。だから俺は、彼らの前から姿を消した。俺は誰にも望まれず、何の役にも立たない存在だからだ。


 ……本当にそうか?


 痛む頭を押さえながら、俺は大きく息を吐き出した。


「役に立たないだと?」


 俺は少年の前まで歩み寄り、その目を見下ろした。


「計算を放棄して、他人に答えを委ねた結果が今のこの村だ。数字が役に立たないんじゃない。お前たちが、自分の目で見て数えることをやめたから、奪われたことにすら気づけなかったんだ」


「だって……俺たちには、神託みたいな力はないし……」


「嫌われることと、役に立たないことは同じではない」


 俺は少年にそう言い放ち、ドルフ村長をはじめとする村人たちを振り返った。


「奪われた麦を取り戻すには、最低でも三日はかかる。だが、今のままではその前に飢え死にだ。お前たち、各家庭に少しは余分な食料を隠し持っているだろう。豆でも、干し肉でも、少しずつでいい。今すぐここへ持ち寄れ」


「し、しかし……それは冬を越すための、最後の……」


「ここで出し惜しみをして全滅するか、すべてを数え直して生き残るか、自分で選べ」


 冷徹な要求だったが、先ほど俺がリタの命を救い、痛みを引き受けた事実が彼らの背中を押した。


 一人、また一人と、村人たちは自宅へと走り、隠し持っていた袋や壺を抱えて戻ってきた。


 少しカビの生えた干し肉、底に少しだけ残った豆、硬いパンの欠片。どれも一つ一つは取るに足らない、今日一日の飢えさえ凌げるかわからない「小さな余剰」だ。


「これで……全部です。俺たちが持っている、本当の全部だ」


 ドルフが震える声で告げる。


 俺は持ち寄られた食料の山に意識を向けた。


 俺の『総和』は、同じ目的に属する数字を合計できる。


 彼らが自発的に差し出した、生き延びるための熱量。そのすべてを、ただの事実として計算式に組み込む。


「……三日分だ」


 俺は正確な計算結果を口にした。


「無駄遣いしなければ、村の全員が三日間食い繋げるだけの熱量はある。これで、奪われた麦を取り戻すための猶予ができた」


 その言葉に、村人たちは安堵の息を漏らし、互いの手を取り合った。


 絶望に染まっていた広場に、微かな希望の光が差した瞬間だった。


 ふと、ミラが思い出したように声を上げた。


「そういえば、隣のフェル村でも、最近似たようなことがあったって聞いたわ」


「似たようなこと?」


「うん。枯れて使い物にならなくなった畑の土を、数日かけて蘇らせた女の人がいるんだって。銀色に光る長い髪の……。その人も、神託にはない不思議な力を使ってたらしいわ」


 銀髪の女。枯れた土を蘇らせる力。


 それがどんな力かはわからないが、少なくとも、俺の『総和』と同じように、神託という絶対的な計算機から弾き出された『異端』であることだけは確からしかった。


 左手首のΣの紋章が、仲間の存在を感知したかのように微かな熱を帯びる。


「……行くぞ、村長。まずは領主の別邸だ」


 俺が歩き出そうとした、その時だった。


「おや、随分と活気があるじゃないか。これなら、私の心配は杞憂だったようだな」


 広場の入り口に、武装した十数人の兵士を引き連れた男が立っていた。


 豪奢な外套を羽織り、薄ら笑いを浮かべるその男を見て、ドルフの顔色が一瞬にして蒼白になる。


「ヴァ、ヴァルド様……! なぜ、このような時期に……」


「なに、少し『不測の事態』が起きそうでね。備えは多いに越したことはない」


 徴税官ヴァルドは、村人たちが広場の中央に積み上げたばかりの食料の山――三日分の命を繋ぐ希望――を一瞥し、冷酷に笑った。


「その食料、すべて今すぐ没収させてもらう。……女神の御名においてな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。