↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「足し算しかできない無能」と追放された俺、切り捨てられた一万人の力を合計して神託王国を救う  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/45

第3話「消えた百二十袋」

「消えた百二十袋は、どこにいった?」


 俺の問いかけに、ミラはランタンを持ったまま硬直した。


 無理もない。彼女の目から見れば、ここは天井近くまで麻袋が積み上げられた、豊かで安心な備蓄倉庫にしか見えないはずだ。


「……何かの間違いじゃない? だって、ちゃんと奥まで袋は積んであるし」


「なら、一番奥の列、上から三段目の袋を開けてみろ」


 俺が顎でしゃくると、ミラは恐る恐る倉庫の奥へと進み、言われた通りの袋の結び目を解いた。


 パラパラと、乾いた音を立てて床に落ちたのは麦ではない。ただの黄色い藁くずだった。


「えっ……嘘。どうして」


「その下もだ。一番下の段にある二十袋の底を触ってみろ」


 ミラがしゃがみ込み、麻袋の底へ手を伸ばす。直後、彼女は「ひっ」と短い悲鳴を上げて手を引っ込めた。


「濡れてる……それに、カビの酷い匂い。中身が全部腐って、泥みたいになってる……」


「外側だけ乾いた袋を被せて、数をごまかしているんだ。お前たち村人が立ち入らない奥の列にダミーを置き、下段には使い物にならない廃棄品を敷き詰めている。まともに食える麦が入っているのは、手前の八十袋だけだ」


 俺は暗闇の中で、それぞれの袋が持つ『重量』『湿気の偏り』『鼠に食い破られた損害』を明確な数値として知覚していた。


 視力ではない。対象を一つ一つ数え上げたわけでもない。ただそこに『在る』という事実が、俺の頭の中で自動的に計算され、一つの答えとして出力されているのだ。


 なぜ、自分はここまで正確に誤差の計算ができるのか。


 記憶のない頭の奥底で、見えない歯車がカチリと噛み合うような奇妙な感覚があった。まるで、この冷徹な計算こそが、かつての俺の『仕事』そのものであったかのように。左手首のΣの紋章が、脈打つように微かな熱を帯びた。


「どうして……真っ暗なのに、シグにはそこまで分かるの?」


「分からない。だが、俺の答えを信じる必要はない。袋を開ければ確かめられる」


 震える声で尋ねるミラに、俺は短く答えた。


 村は冬を越せない。その冷酷な事実を前に、ミラはランタンを取り落としそうになりながら踵を返した。


「お、お父さんを呼んでくる! こんなの、神官様たちの前で証明すれば……っ!」


 数分後。


 見張りの目を盗んでミラに連れられてきた村長ドルフは、藁の詰まった袋と腐臭を放つ麦泥を前に、その場にへたり込んでいた。


「馬鹿な……あり得ん。祝福税を納めたあと、この倉庫には確かに冬越し用の麦が二百袋残っておった! 神託碑も、春まで足りると証明してくださったというのに!」


「村長。その神託を受けたのは、いつだ」


 俺が問い詰めると、ドルフは白髪頭を抱えながら呻いた。


「徴税官のヴァルド様が倉庫を封印された、秋の収穫祭の日だ。碑は青く光り、『今この時点の備蓄ならば、村は春まで飢えない』と……村人全員の前で、女神様のお答えが響いたのだ」


「なるほどな。謎は解けた」


 俺は壁から背中を離し、ドルフを見下ろした。


「神託は嘘をついていない。その日の倉庫には、本当に冬を越せるだけの麦があったんだ」


「どういう意味だね!?」


「答えには時点がある。秋の日に正しかった備蓄量が、その後も変わらない保証にはならない。ヴァルドは正しい神託を村人に聞かせたあとで、倉庫の封印を悪用して麦を運び出した」


 ドルフが息を呑む。


 神託が示した過去の答えを、現在まで効く保証書のように扱わせたのだ。答え自体を歪める必要すらない。誰も自分の目で倉庫を確かめなくなれば、正しかった神託ほど強固な目隠しになる。


「中身をすり替え、村人には『神託で安全が保証された倉庫だ』と思い込ませる。過去の正解を隠れ蓑にした、計画的な横領だ」


「そんな……女神様の御言葉を欺くなど、大罪ではないか! だが、百二十袋もの麦を、一体どうやって運び出したというのだ。誰にも見つからずに……」


「それを今から調べる」


 俺は拘束されたままの腕をドルフに向けた。


「縄を解け。入り口の扉を開けてくれ」


 ドルフは迷った末、俺の縄を解き、音を立てないように倉庫の重い扉を僅かに開いた。


 夜の冷たい空気が流れ込んでくる。俺は倉庫の入り口付近の地面にしゃがみ込み、土の表面へ意識を集中させた。


 俺の『総和』は、同じ目的に属する力や損害を合計できる。


 対象は、この地面に残された『圧迫による損害』。


 一つの荷車が通った程度の轍なら、風雨や人々の足跡で消えてしまうだろう。だが、百二十袋もの重量を運んだとすれば、複数台の重い荷車が、同じルートを必ず通っているはずだ。


 視界には見えない、土の粒子一つ一つに残された微小な圧力。それらを俺という演算器へ引き入れ、一つの巨大な痕跡として合計していく。


 ――総和シグマ


 左手首の紋章が熱を持つと同時に、俺の眼の前の地面に、ぼんやりとした光の帯が浮かび上がった。


 それは深くえぐられた轍の跡として、明確な一本の線を描き出していた。


「……見つけた。四台の重い荷車が、ここを通っている」


 俺が光の帯を指さすと、ドルフとミラが目を丸くした。彼らには光は見えていないだろうが、俺が確信を持って指し示す先を見て、ドルフの顔色が一気に蒼白になった。


「そ、そんな馬鹿な。その方角は……」


「王都へ続く街道じゃないのか?」


「違う。そっちは深い森へ続く道じゃ。その先には……領主様の、狩猟別邸しかない」


 ドルフの言葉に、俺は冷たく目を細めた。


 消えた百二十袋の行方。そして、この村を飢えさせようとしている元凶の居場所。


 答えは、すでに出ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。