第21話「増え続ける魔石」
上の層の採掘エリアは、完全に阿鼻叫喚の地獄と化していた。
足元から突き上げる激しい地響きと共に、肺を焼くような灼熱の風が吹き荒れる。カンテラの薄明かりの中、俺は目を疑う光景を見た。岩壁の至る所から、青黒い魔石の結晶が刃のように突き出し、目に見える速度で異常な成長を続けていたのだ。
「ひぃぃっ! なんだこりゃあ!」
「掘れば掘るほど増えるなんて聞いてねえぞ!」
「逃げろ! 岩盤が保たねえ!」
鉱夫たちがツルハシを放り出し、出口である昇降機の方角へ向かって殺到している。だが、急速に肥大化する魔石の塊が坑道の幅を次々と狭め、逃げ道を物理的に塞ぎつつあった。
数百人の鉱夫を連れてここから脱出する。その俺の計算は、前提となる時間が圧倒的に足りないという致命的な破綻を示し続けていた。
「シグ! あそこを見て!」
イネラが青ざめた顔で指差した先。むき出しになった巨大な岩肌の奥深くに、一際巨大な魔石の塊が、まるで生物の心臓のように不気味な脈動を繰り返しているのが見えた。
通常の魔石が地脈の力を蓄える速度とは次元が違う。鉱夫たちにツルハシで傷つけられ、魔力を刺激されるたびに、際限なく増殖の速度を上げているのだ。
……あり得ない。自然界の法則を完全に無視している。
この異常な増殖。それは、ただの鉱石の性質ではない。魔力や物質、あらゆる『増加中』の事象を無限に拡張し続ける、何者かの悪意ある力が初めからあの石の中心に埋め込まれていたのだ。
脳の奥で、氷のような痛みが走る。
記憶の欠片がフラッシュバックする。純白の無機質な空間に立っていた、あらゆる数字を飲み込み、際限なく拡張し続ける恐ろしい男の影。
坑道の底で、鉱山の監督が言っていた「神託が利益を保証している」という言葉のカラクリが、明確な論理として理解できた。
神託碑は『採掘を増やせば短期利益も増える』と予測した。それ自体は今も正しい。神殿の連中は、予測文を『採掘を最大化せよ』という命令へすり替え、地盤の悲鳴や異常な熱が現れても、神託への反逆として現場の停止判断を封じたのだ。
答えが正しかったからこそ、止まる責任を誰も引き受けなかった。その果てが、この制御不能な時限爆弾というわけだ。
「第一坑道の天井が崩れるぞ!!」
前方を走っていた鉱夫の一人が、血を吐くような絶叫を上げた。
メキメキメキッ! と、坑道を支える太い木の支柱が、信じられない角度に折れ曲がる。天井の岩盤に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、今にも数百トン、数千トンの岩が頭上から落ちてこようとしていた。
「ルミナ様、我らに力を!」
「死んでたまるかぁっ!」
数人の鉱夫たちが必死に岩壁に手を当て、土を固める微弱な魔法や、自身の腕力を高める身体強化の加護を使って、崩れゆく天井を強引に支えようとする。
「私も手伝う!」
イクアが瞬時に彼らのもとへ走り、双剣を抜いた。彼女の右手首の『均衡』の紋章が光を放つ。彼女は支柱にかかっている絶望的な負荷の数字を、周囲の強固な岩盤へと強制的に分散させ、崩落の時間をわずかに引き伸ばした。
だが、焼け石に水だった。
増殖魔石から放たれる圧倒的なエネルギーは、彼らの必死の抵抗を嘲笑うかのように膨れ上がり、天井の亀裂をさらに深く、広く削り取っていく。
「駄目だ、魔力の根本を断たないと……このままじゃ全員潰されるわ!」
イネラが叫ぶ。彼女の『積算』は、小さな変化を時間をかけて積み上げる能力だ。この一瞬で起きる巨大な崩壊を止める即効性はない。
俺の『総和』で鉱夫たちの力を束ねたとしても、あの無限に膨張し続ける魔力と質量には物理的に押し潰されるだけだ。
「……止められるのは、お前だけだ」
俺は背後に立つ白髪の少年を振り返った。
あらゆる魔力的事象を無に帰す力。彼が触れれば、あの無限の拡張すらも初期化できるはずだ。
「ゼロ」
俺が名を呼ぶと、ゼロはビクッと肩を震わせ、顔面を蒼白にして激しく首を横に振った。
「駄目だよ……! 俺は、やらない!」
「どうしてだ。お前ならあの魔石の暴走を消せる」
「消せるさ! 俺が力を解放すれば、あの気味の悪い魔石の魔力は完全に消え去る。でも……!」
ゼロは、必死に天井を支えている鉱夫たちを、震える指で指差した。
「俺の力は、対象を選べないんだ! 俺がここで力を放てば、魔石の暴走は止まる。でも、同時にあの天井を支えているおじさんたちの『土を固める魔法』も、『身体を強くする加護』も、全部一括で消し飛んじまうんだよ!」
俺は息を呑んだ。
それは、計算を完全に狂わせる最悪のジレンマだった。
増殖を止めなければ、魔石が坑道を圧迫し、熱と圧力で全員が死ぬ。
だが、増殖を止めても、支えの魔法が消えた瞬間に天井が崩落し、数百人が生き埋めになって死ぬ。
対象を選べず、ただ等しくすべての魔力を無に帰してしまうという『零化』の致命的な欠陥。彼が坑道の底で、自分自身のことを「疫病よりタチの悪い災厄」と自嘲し、自己否定を強めていた理由が、痛いほどに理解できた。
彼は自分の力を使えば、敵だけでなく、味方ごと何もかもを台無しにしてしまうと知っているのだ。
「俺は……やっぱり、ただの災厄なんだよ。何もない、誰の役にも立たないゼロなんだ……っ」
ゼロが両手で自身の顔を覆い、しゃがみ込む。
彼に無理やり力を使わせることはできない。同意のない力は束ねられないし、何より彼自身がその結果に耐えられないだろう。
俺の頭の中で、生存確率の数字が刻一刻とゼロに近づいていく。
その間にも、頭上で雷鳴のような致命的な亀裂音が鳴り響き、パラパラと大量の土砂が俺たちの足元へと降り注いだ。




