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「足し算しかできない無能」と追放された俺、切り捨てられた一万人の力を合計して神託王国を救う  作者: 他力本願寺


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第19話「魔法を消す子ども」

王都に潜む巨大な敵に対抗するため、俺たちは『魔法を消す子ども』の情報を追い、東の魔石鉱山へと辿り着いた。


 岩肌をくり抜いた巨大な蟻の巣のようなその場所は、ルミナリア王国の熱源や動力源となる魔石を掘り出す、むせ返るような土埃と欲望の吹き溜まりだった。神殿の威光も、ここでは『利益』という数字の前に薄れがちになっているらしい。


 俺とイネラが監視の目を盗んで坑道へ潜入しようとした時、岩陰から不意に人影が現れた。


「奇遇だな。お前たちもここへ来たか」


 神殿の法衣の上に軽鎧を纏い、双剣を帯びた女騎士。別行動をとったはずの異端審問官、イクアだった。


「お前こそ、調査の進み具合はどうなんだ」


「最悪だ」


 イクアは忌々しげに顔をしかめ、坑道の奥を顎でしゃくった。


「神殿の過去の記録を洗い直した結果、この鉱山の産出量が数ヶ月前から異常に跳ね上がっていることが分かった。神託はそれを『適正な利益』と算出しているが、現場の地盤への負荷や事故の件数が完全に記録から抹消されている。さらに、お前たちが追っている『災厄の子』が、その利益の隠れ蓑として地下に幽閉されている可能性が高い」


「なるほど、利害は一致したな」


 俺は短く応じ、イクアを先頭にして迷路のような地下坑道へと足を踏み入れた。


 カカン、カカンと、遠くで鉱夫たちがツルハシを振るう音が反響している。空気は深く潜るほどに重く熱くなり、微細な魔石の粉塵が肺を焼く。


 見張りの鉱夫たちをイクアの体術で気絶させながら、最深部の採掘区画へと辿り着いた時、俺たちはついに目的のものを見つけた。


「……ひどい」


 イネラが思わず口元を覆う。


 剥き出しの岩壁に打ち込まれた太い鉄の鎖。その先に、ボロボロの貫頭衣を着た十歳前後の少年が繋がれていた。色素の抜けたような真っ白な髪と、酷く痩せ細った手足。だが、その瞳だけは、周囲の闇よりも深い虚無の色を宿して俺たちを見つめ返してきた。


「大丈夫? 怪我はない?」


 イネラが少年のそばに駆け寄り、その細い腕の擦り傷を治そうと、右手首の曲線の紋章を光らせた。


 淡い紫色の治癒の光が、少年の肌に触れる。


 だが、次の瞬間。


 ふつり、と。イネラの手のひらから、光が音もなくかき消えた。


「え……?」


 イネラが戸惑い、もう一度魔力を練ろうとするが、少年に触れている限り、彼女の『積算』の能力は完全に機能しなかった。


 異変を察知し、イクアが少年の肩を掴んで拘束を解こうとする。


「対象指定。この鎖と私の――」


 イクアの双剣の紋章が光を放とうとしたが、それも少年の肌に触れた途端に、電源を落とされた機械のようにスッと光を失った。


「私の『均衡』が、発動しない……?」


「退け、二人とも」


 俺は二人の間に割って入り、少年の腕の鎖を直接掴んだ。


 左手首のΣの紋章に意識を集中し、俺自身の筋力と、背後のイネラたちの意思を『総和』しようと試みる。だが、熱を持つはずの紋章は冷え切ったままで、計算式そのものが頭の中から真っ白に拭い去られるような感覚に陥った。


 俺の力も、消えた。


 いや、正確には、俺たちがこの少年に触れている間だけ、一切の魔力的事象が『存在しなかったこと』にされているのだ。


「無駄だよ」


 ずっと黙っていた白髪の少年が、ひび割れた声でポツリと呟いた。


「俺に触ると、魔法も、加護も、全部無意味になるんだ。神託の奇跡だって、俺のせいで全部消えちまう。……だから俺は、疫病よりタチの悪い災厄なんだとさ」


 少年は自嘲するように笑い、鎖をカチャリと鳴らした。


 彼が魔法を消す災厄として恐れられ、ここに幽閉されている理由。俺の頭の中で、彼のもたらす現象が明確な一つの数字として結像する。


 どんな巨大な数字を掛け合わせようと、その存在を強制的に『無』に帰す性質。


 それは紛れもなく、俺がかつて知っていた数字。あらゆる演算を初期化する、『ゼロ』の概念そのものだった。


「お前の力は無意味を作るんじゃない。結果を『ゼロ』に戻しているだけだ」


 俺がそう告げると、少年の虚無の瞳がわずかに見開かれた。


 だが、彼との対話を進める前に、俺の知覚が別の異常を捉えた。俺たちがゼロから手を離し、能力が戻った瞬間のことだ。


「おい……あれを見ろ」


 俺は坑道のさらに奥、分厚い鉄格子の向こう側を指差した。


 そこには、通常の魔石の何十倍もの大きさまで肥大化した、青黒い岩の塊が脈動していた。ただの鉱石ではない。それは、まるで生物のように周囲の地脈から魔力を吸い上げ、目に見える速度で『増殖』を続けていたのだ。


「なんだ、あれは……記録にあった産出量の異常な増加は、あの石のせいか!」


「神託が答えたのは、『掘り続ければ短期の利益は増えるか』という予測だけだ。利益が増えるという答えは正しい。だが、掘り続けろという命令でも、安全の保証でもない。あんなものを採掘目標として追い続ければ、遠からずこの鉱山ごと吹き飛ぶぞ」


 イクアが愕然とし、俺が最悪の計算結果を口にした、その時だった。


「その通り。だが、吹き飛ぶ前に掘り尽くしてしまえば、我々には一生遊んで暮らせるほどの莫大な富が残るというわけだ」


 背後の闇から、松明の明かりと共に数十人の屈強な男たちが現れた。


 先頭に立つのは、豪奢な毛皮を羽織った鉱山の監督だ。彼らは皆、ツルハシや長剣で武装し、俺たちを完全に包囲していた。


「神殿の審問官殿が、わざわざこんな地下の掃き溜めまで視察とはご苦労なことだ。だが、その増殖魔石は我々にとって文字通り金の卵でね。神託が利益を保証している以上、余計な口出しをされて採掘を止められるわけにはいかんのだよ」


「貴様ら……神の奇跡を悪用し、己の欲望のために地脈を破壊する気か!」


 イクアが双剣を抜き放ち、鋭い声で糾弾する。


 だが、監督は下劣な笑みを浮かべ、顎でゼロを指した。


「なんとでも言え。お前たちがいくら高尚な加護を持っていようと、その『災厄のガキ』のそばにいる限り、魔法は一切使えないのだろう? 都合がいい。秘密を知ったネズミどもは、その気味の悪いガキもろとも、深い穴の底で永遠に黙っていてもらおう」


 監督が合図をした瞬間、俺たちの足元の岩盤が、あらかじめ仕掛けられていた仕掛けによって轟音と共に崩落した。


「しまっ……!」


 イクアが声を上げる間もなく、俺たち三人と鎖に繋がれたゼロは、足場を失い、深い縦穴の底へと真っ逆さまに落下した。


 強烈な衝撃と共に、冷たく湿った岩の床に叩きつけられる。


 見上げると、数十メートル上の縦穴の入り口が、分厚い鉄格子によってガシャァンと閉ざされるのが見えた。


「くそっ……!」


 俺は痛む身体を起こし、上を睨みつけた。


 ここは鉱山の最深部、使われなくなった廃坑の底だ。ゼロの『零化』の領域のせいで、俺の総和も、イネラの積算も、イクアの均衡も発動しない。完全にただの非力な人間として、物理的な密室に閉じ込められたのだ。


 そして、俺たちのすぐ横にある岩壁の向こう側からは。


 ドクン……ドクン……と。


 あの巨大な増殖魔石が、限界を超えて肥大化していく不気味な脈動の音が、まるで時限爆弾の秒針のように響き続けていた。

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