↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「足し算しかできない無能」と追放された俺、切り捨てられた一万人の力を合計して神託王国を救う  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/45

第14話「左右は等しくなければならない」

地下水路の淀んだ空気を切り裂き、抜刀された双剣がギラリと光った。


 神殿の異端審問官、イクア。逃げ場のない狭い空間で、圧倒的な殺意を向けられているというのに、彼女の瞳には怒りも憎しみも、一切の感情が存在していなかった。


「……処刑を実行する」


 無機質な宣言と共に、イクアが一歩を踏み出す。


 魔力を使い果たしたイネラは立ち上がれず、俺も広場の数千人から受けた疑似的な痛みの反動で、まともに足に力が入らない。


 だが、イクアは無防備な俺たちの首を即座に刎ねることはしなかった。


 彼女は双剣を交差させ、俺とイネラに向けて真っ直ぐに突き出した。


「対象指定。お前と私。そして、そこの女と私」


 イクアの右手首にある、二本の平行線を思わせる紋章が発光する。


 直後、俺の身体を苛んでいた激痛の半分が、空気を伝ってごっそりと引き剥がされた。同時に、隣で息も絶え絶えだったイネラの顔に、わずかに血色が戻る。


 代わりに、イクアが小さく呻き声を上げ、その顔に苦痛の皺を刻んだ。彼女の息が荒くなり、足取りが微かにふらつく。


「な、何を……っ」


 イネラが戸惑いの声を上げる。


 痛みが引いたことで思考がクリアになった俺は、現状の数字を瞬時に計算した。


 俺の疲労と痛みが減り、イクアが増えている。イネラの魔力残量が増え、イクアが減っている。


 彼女の能力は『均衡』。二つの対象間で、傷、魔力、疲労などを等しく移し替える力。


 イクアは、瀕死の俺と自分を天秤にかけ、傷を『等分』したのだ。さらに、魔力枯渇状態のイネラと自分の魔力を『等分』した。


 一度に比べられるのは、双剣がそれぞれ指定した二対象の、同じ種類の量だけ。傷と金貨のように単位の違うものは直接交換できず、傷や魔力の総量そのものも減らせない。


「これで、お前たちと私の疲労と魔力は、完全に等しくなった」


 イクアは荒い息を吐きながらも、双剣をピタリと正眼に構え直した。


「神殿の法は絶対であり、常に公平だ。無抵抗の弱者を一方的に殺すことは許されない。戦いの条件は揃えた。さあ、武器を取れ、異端者」


 彼女は本気だった。


 自分自身に意図的なハンデを負わせてまで、戦いの条件を同じ結果に揃える。そうすることでしか、自分の正義と公平性を保てないのだ。


「馬鹿か、お前は」


 俺は壁から背中を離し、剣も抜かずにイクアを見据えた。


「俺たちの傷を半分お前が被ったところで、三人の傷の『総量』は一切減っていない。右と左で中身を移し替えただけで、根本のダメージという原因は何も解決していないんだ」


「結果が等しいこと。それこそが完全な公平だ」


「違うな。同じ結果を押し付けるのは、公平じゃない。思考停止の平均化だ」


 俺の言葉に、イクアの眉が微かにピクリと動いた。


「あの広場を見たか。基準体格の成人へ向けた薬を、神殿が『一人一瓶』という規則に変え、全員へ等しく飲ませたせいで、体力の少ない子供や老人が死んだ。条件の違いを無視して結果だけを等しくするのは、暴力でしかない」


「……異端者が、神託を愚弄するか」


「事実を言っているだけだ。俺たちはその薬害の証拠を止めるためにここへ来た。お前が信じる神殿と市民の関係が本当に『公平』だと言うなら、今すぐあの広場へ戻って、天秤にかけてみろ」


 俺はイクアに一歩近づいた。双剣の切先が喉元に迫るが、止まらない。


「神殿が特効薬を売って得た『利益』。それと、薬を飲んだ市民が紫斑に苦しみ、命を落とした『損失』。その二つが、本当にお前の言うように等しく釣り合っているか、比較してみろ」


 イクアの双剣が、僅かに震えた。


 彼女の能力は、二つのものを比較し、均衡させること。だからこそ、彼女の精神構造は「左右が等しいこと」に強烈な執着を持っている。


 利益と損害。それがもし圧倒的に偏っているとすれば、彼女の信じる神殿の公平性は根底から崩れ去ることになる。


「……神殿が、意図的に不均衡を生み出していると、そう言うのか」


「そうだ。上の連中は今、神殿の奥で配給の帳簿と薬の在庫を燃やして、証拠を隠滅しようとしている」


 俺が言い切ると、イクアは深く沈黙した。


 彼女の中で、異端審問官としての命令と、自身の能力の根幹である『公平原理』が激しく衝突しているのがわかった。


 やがて、イクアはゆっくりと双剣を下ろし、鞘へと収めた。


「……お前たちの処刑は、一時保留とする」


 イクアは冷徹な眼差しのまま、踵を返した。


「神殿の奥、『財庫』へ案内する。そこにすべての記録と薬の在庫が保管されているはずだ」


「案内するって……審問官のあなたが、私たちに協力するの?」


 イネラが信じられないというように尋ねる。


 イクアは振り返らずに答えた。


「協力ではない。私は私の目で、神殿の天秤が本当に釣り合っているかを確かめるだけだ。もしお前たちの言葉が偽りであり、神殿が正しかったと証明されれば、その時は直ちにその首を刎ねる」


 徹底した公平原理主義。単なる能力装置ではなく、その思想そのものが彼女の強さであり、同時に危うさでもあった。


「上等だ。案内しろ」


 俺たちは、一時的な休戦状態となった異端審問官の背中を追い、迷路のような地下水路を神殿の深部へと進み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。