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ガウル  作者: キヌミタロ
第14章 山上山下(さんじょうさんげ)
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第90話 知識の穴

 やはりそうだ、カーリーに振り下ろした黒い剣は、何もない空間を斬り裂くのみ。何故の思考を巡らせながら、つい剣先で地面を突きはじめる。カーリーはどこへ消える? 移動自体はしている。しかし、動作の移動ではなく、点と点の移動を繰り返している。本来の移動は点から始める線となり点で終る。点から点の線こそが移動なれば、やはりカーリーは飛んでいる。ときを止めて己のみ動いたか? いや、流石にそこまでの芸当は出来ないだろう。

「ふむ」

 既にカーリーに対する怒り殺意は無くなり、興味という好奇心が湧いてしまった。世はひとつなれば、移動手段もひとつなり。如何にして点から点へと移動する? ひとつ方法があると言えばある。理であるふたり、ヒキコウモリとトゥビラだ。ふたつの理は己の空間を形成し、それをこの世にペタリと付けた状態を維持していた。つまり、この世から別の空間へ移動し、移動先の空間ごと、この世の別の場所に移動する……なるほど。

 それが出来るのであれば、子キツネのカーリー。ただの人にあらず。輪廻の縁を司る三光の道標、それが「知識の人」と称する子供。目隠し男が考えた通りの男でなく、少々落ち込んでいたこの身に、好奇心と言う泉が湧き溢れる。澄んだ泉が川となり、心地よいせせらぎとなり全身を循環していく。いまから試すこと、正解であるなら……もはやそこには敬意しか見当たらないだろう。

 空気、葉、木、土、石、草、虫、己の香りの中に、カーリーの微かな香りを嗅覚で抽出する。居場所は分かっている。先ほどは眼前まで近づけた。知識の人は気配に慣れてはいない。皆に危険を及ぼさないように離れたか? もしくは僕を絡めとる罠か? 気配を消し去り音も消す。闇の森へ歩き続け、再びカーリーを眼前に捉える。

「カーリー」

 僕はそっとカーリーに手を伸ばす。音に反応したカーリーがその場から瞬時に移動して見せた。しかし、同時に僕もカーリーに同席した。僕の存在をカーリーにくっつけたんだ。そっとカーリーの肩を掴む。カーリーは全身を震わせ怯えていた。可愛そうに、手から本心を伝え、カーリーはすぐに落ち着きを取り戻す。初めて、カーリーが真っすぐ僕を見ている気がする。

「どうして……」

 僕はカーリーから手を離す。両眼を必死に瞑り、両手を自身の前で回転させる。

「カーリーは不確定だった。このウルガ帝国に来た頃から、他国と違い感覚が研ぎ澄まされていたのは事実。それを見抜いたのは、まさしくカーリーだ。本来の僕であるなら何かと尋ねるところ。しかし、僕はいまひとつにふたつとなっている。三光の道標が器を直したといえ、それは応急措置にすぎない。ふたつの混在する記憶を、たったひとりが保持してしまった。僕がこのまま子供に戻ってしまえば、恐らく思考そのものが崩壊してしまうだろう。それだけは回避しなくてはいけない。だって僕が可哀想じゃないか。僕は人を苦しめたり、殺めようなどと……まあ、怒りに身を任せ、カーリーに良からぬ情を抱いてしまったのは事実。しかし! しかしどうしても! 研ぎ澄まされ冴えて行く思考が、カーリーの不確定さを煩わせてくる。三光の道標によれば、知識の人となるカーリー。そしていま君は、理のような動きをして見せた。どうして僕がカーリーと一緒に飛んだか分からないだろう? 君の存在に僕の存在をくっつけたのさ。そのとき、僕はガウルでなくカーリーとなった。ほんの一瞬だが、点から点を移動するカーリーと同存在になれば。飛び終えた僕の存在をガウルに書き戻すだけでいい」

 カーリーはしっかり話を聞いている。真っすぐに僕を見て、いつものように全身を震わせていない。

「さて、僕はカーリーに興味が湧いた。純粋な興味さ。フォクシネル共和国で随一の頭脳を持ち、空間すら飛び越えて見せた知識の人カーリー。君の知識の底を試させてくれ。世界の構造を理解しているか? 上からだ、上から順に言ってごらん」

「と……」

 急かしはしない。その先の言葉を好奇心を携えて待つ。

「鳥使い」

「そこまでだ、もういい」

 間違いない。知識の人カーリーは、世界の構造を理解している。ならば答えはただひとつ。

「全てを理解しているな?」

 カーリーは無音で頷いて見せた。素晴らしい。鳥使いの存在を知るのであれば、創世の世、理をもって世となることを理解できるはず。そして、鳥使いを知るのであれば、全世の存在を知るところであろう。カーリーを見据え、腰を降ろし喜びのあまり尻尾を振り始める。

「カーリー、教えてくれ。君は人なのかい?」

「僕は……僕は死んだんだ」

「ほう。またどうして?」

「ちょっとした不注意さ。足を滑らせて川に……」

 フォクシネル共和国は雪国、川に落ちればひとたまりもないか。

「それで……僕はたぶん死んだと思うんだ。凍てつく川に流されて、そこをポテト……三光の道標に助けられて……その……ひとりが何を考えたか人工呼吸を」

「そういうことか。責を外された三光の道標が、人の子に触れたということか」

「うん……その日から僕は……この世の全てを知ってしまった。絶対に人が到達しちゃいけない領域まで……子供の僕に耐えられるはずが無かった。この世で何が起こったかも知っているんだ! ガルウの……ガウルの過去も全て知っている! あんなこと起きちゃいけないんだ!」

 カーリーが泣き始めてしまう。そうか……地獄の蓋を開いたか。

「子供が知るべきことじゃない」

「だからこそ! ガウルがしようとしていることも」

「シー」

 それ以上口にしてはいけない、己の口に人刺し指を添えて見せる。創世の世がどこで見ているか分かったものじゃない。まあ、そんな余裕があるのか、という話ではあるが。

「また意地悪な尋ねた方をするね。僕の何を理解している」

「三本柱持ってして」

 僕は振っていた尻尾を止める。こいつ……本当に全てを理解しているな。

「僕はガウルが正しいと思う」

 これは思ってもない答えが返ってきた。

「それはまたどうして?」

「この世はおかしいことだらけだ……だから」

 つい大声で笑ってしまう。

「子供の口から出る言葉じゃないな」

 世の仕組みの不完全さなど、知るには大人になってからで良い。子供のときに複雑かつ緻密な構造など理解できようがない。しかし、カーリーは既に全てを理解している。なのに、両目を必死に瞑り震えていた理由、その答えはただひとつ。

「知識とは? 何か分かるかい?」

「僕で言うと……この世の全てになる」

「まあそうだね。しかし知識はこの世の全てではない。カーリーは、人の眼を恐れているのではない。人の心が読めないことを恐れているね」

 カーリーが顔を背ける。

「知識というのは過去の遺産。ただし、人の心は瞬間の閃き。実はそこに思考はない。見て考える、というのは考えている当事者の話で、そのときの受けては瞬間の閃きで感情を高速で動かしている。全てを知りえても人が理解できないであろう、何故なら人は人を理解できないように作られている。不完全さを用いて荒波を立たせ、その変化を持って循環の流れを作り出す。受容と摩擦を繰り返し、答えなき善悪を未来永劫説き続ける存在こそ人である。そうでなければ……僕の地獄が理解出来ない。ただし、カーリー。今から言うことを良く聞いてくれ。人類の中にも、僕の友達はいたんだよ」

 カーリーが驚いた表情を見せる。当然だ。

「嘘だ」

「事実だ」

「嘘だ! あれだけの所業をしておいて!」

「事実だ。知識の子よ、君はそれを理解しているが、納得できず逃避しているだろう?」

 またカーリーが顔を逸らす。

「何故人の生涯に幕が存在しているのか。世の構造はひとつの人生でたどり着ける思考の量ではない。まさにカーリーが見せた通り、事実の知識も納得できなければ否定してしまうだろう。ひとつ助言をしよう。人の存在を恐れてはいけない、恐れるべきは人の狂気だ。カーリーは人を学べていない。人を学ぶんだ、誰がどこで何をする? 誰がどこで何を考えている? そして誰が次に何をする? 人の群れは川なればこそ、船に穴開けば川底へ沈みゆく。沈んだ船を引き上げられるのは己のみ。沈まないように、人を理解するんだ。この世の知識に人は存在していない。理解できぬからだ」

「狂ってる」

 また、思ってもいない返事がくる。つい笑ってしまう。

「それ見たことか、カーリーの言葉に僕は驚いているぞ」

「それが……それが出来てなんで……」

「父……ガルデの言葉を借りるなら。僕はあのとき何もしていない。ときの流れということさ」

「あなたはどうして……そこまで人のことを考えられる……」

 もしかして、いま僕はカーリーに怒られているのだろうか? 今度は僕が、カーリーからそっと顔を逸らす。おかしくて笑みを零してしまう。

「どうしてだろうね。山下の街に入る前に見た景色。覚えているだろう?」

「うん」

「思ったことないかい? そのときが、永遠に続けば良いと思ったこと」

 全てを理解しているカーリーが、今度は驚いた表情を見せてくる。

 森の闇を見据え、牙を剥けて唸りをあげる。もう少し話したかったが、誰かがこちらまで追って来たか。

「カーリー、一旦お別れだ」

「僕は」

「ガウルを支えろ。僕ではない、子供の……俺を」

 カーリーが頷いて見せる。

「あと申し訳ないけど、上手いこと取り繕ってくれ」

「……え?」

「カーリーが僕を打ち負かしたなんて、流石に不自然だろう? それと今の会話もそれとなく消して置いてくれ。あの地獄を子供に見せるべきではない。説明はいらないね?」

「うん……わかったよ」

「ひとつ問う。星落とし、助けてくれたのはカーリーだな?」

「うん」

「ありがとう。本当に」

 カーリーは僕を理解してくれている。だからこそ付いて来た、だからこそ助けてくれる。

「その……」

「ん?」

「ありがとう」

 どの感謝なのか理解できない。人は人を理解できぬ。

 死してなお、これは解明できそうにもない。

「それと、難しい状況で勘違いされやすいが。僕が俺であり、俺が僕となる。同一人物だ忘れるな」

 俺は無邪気に笑って見せる。今の体であるからこそ、記憶の底を理解出来る。

 この状態で子供に戻っては非常にまずい。そこはカーリーに任せよう。

 カーリーは信用できる。知識の人、全てを悟りし者……また友として。

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