第91話 夜明けの森
ここはどこだ? 真っ暗で何も見えない。なんか体が痛い。思った時には全身が強烈に痛くなる。
「いた……いててててて!」
まともに動けず、地面に倒れ横たわってしまう。そもそもここは地面なのか。
「ガウル」
「うわあ! 痛い痛い!」
暗闇から急に声がして、全身を震わすそれすら痛みが走る。
「誰!」
「僕だよ、カーリーだよ」
「驚かすな!」
「ごめん」
「ところでここは、いてて」
「ガウルはその……えっと……」
カーリーは何も答えない。俺は立つどころか、少し体に力が入るだけでも激痛に襲われる。
「ここどこ!」
「山下の街から、ちょっと離れた森の中だよ。ガウルはその……うーんと」
カーリーは何を悩んでいるんだ? さっきから暗闇のどこかからともなく声がする。
「なんかこう……良からぬ影響を受けて。大人になったんだよ」
「……馬鹿にしてるのか?」
「ほ、本当の話だもん! 大人になったガウルが暴れたから、皆で一生懸命止めたんだ! よし! これで大丈夫だ!」
暗闇で何も見えず、カーリーが嘘をついているかも分からない。分かっていることは、強烈な全身の痛みと、暗すぎて怖い! 眼の前すら見えない!
「なんで俺はこんな暗い場所に、それとこの痛みはなに!」
「それは心配ないよ、筋肉痛だよ」
「筋肉痛?」
「うん。急に体を動かすと怒っちゃうんだ。ガウル結構暴れていたから」
「そうなのか」
「うん……ところでさ」
「なに?」
「鳥使いって……何か分かる?」
急に訳の分からないことを聞いて来る。鳥使い……鳥を使う?
「鳥を使うの?」
「ごめんね、変なこと聞いて」
本当に変なことを聞かれた。暗闇の先から、草木の揺れる音が迫って来る。
「幽霊だ! いてててて」
真っ暗で誰が来たかも分からない!
「ここにいたか! 戻ったのか?」
声からしてハチだろう。
「戻ったってなに?」
「お前それは……覚えてないのか?」
「ガウルは何も覚えてないよ」
「そうか……それならそれで」
「助けてハチ……全身筋肉痛になった。動けない」
「そりゃあ……大木一本ぶん投げてりゃ」
「大木を投げた?」
本当に何が起こったんだろう? 大木って……木のことだと思うけど……投げた?
誰かが急に、俺の体に触って驚く。
「誰! いてててて!」
「俺だハチだ! 見えてないのか?」
「だって真っ暗じゃないか!」
「あたり前だろ、森の奥深くすぎる。ほらとっとと……こいつ動かして大丈夫だよな?」
「問題ないよ」
「カーリー、ちょっと手を貸せ」
ふたりして、俺の体に触るからあちこち痛い。
「痛い! 痛いよ!」
「ちなみに……怪我はないか?」
「筋肉痛が痛い!」
「ガウルに怪我はないよ」
「ならいい」
ハチの背にのり、ハチが一歩一歩歩き出す、それすら痛い!
「もうちょっとゆっくり歩いて」
「そんなに痛いのか?」
「痛いよ! いてててて」
ハチが暗闇の森を歩いて行く。
「どうして見んな怖くないの?」
「何が?」
「真っ暗なの」
「ああ、俺はこの森で育ったようなもんだからな。夜は大抵こんなもんだ」
「こんな真っ暗なところで育ったの!」
「流石に夜は寝るぞ、真っ暗だから」
「真っ暗だか幽霊が出ちゃうじゃないか!」
「出ねえよ! あーでも……そうだな。真っ暗だから幽霊が出たな」
「早くこの森から出なくちゃ! いてててて」
話すだけでも、全身に筋肉痛が駆け巡る。
「安心しろ。幽霊は……皆で倒した!」
「そうなの!」
「たぶん!」
「じゃあ大丈夫だ!」
真っ暗で怖いけど。
「なあガウル、本当にさっきのこと」
「ハチ」
ハチが何か言おうとして、カーリーが止めに入る。
真っ暗の中誰も話さなくなったので、僕は両眼を必死に瞑りハチに抱き着くように運ばれていく。
「ほらついたぞ。あ!」
ハチが急に駆け出すから、全身が痛みに教わる。
「痛い痛い! 走らないでよ!」
ハチを睨むと明るかった。奥に焚火の明かりが見え、ダンネも、ドロップも、必死に焼き魚を食べているニャーがもいる。
「それ俺の魚だぞ!」
「焦げてたニャ! 頂きニャ!」
ハチがゆっくりと俺を降ろし、ニャーに向かって駆けて行く。ニャーは焼き魚を食べたまま、焚火の周りを駆け始め、ふたりして追いかけっこを始める。
「返せ!」
「返さないニャ!」
一歩踏み出した俺は、やはり筋肉痛が酷すぎるので地面にゆっくりと、もはや体が勝手に折れて行く。
「いてててててて」
座ることも辛いので、体は自然と横たわる。
「ガウル!」
ドロップが杖をもち、横たわる俺に杖を向けて来る。癒しの力が灯り始め、痛みが徐々に和らいでいく。ダンネが焚火の近くで、何か言いたげに体を左右に振っている。
「どうしたのダンネ?」
「その……どうなのかなって」
カーリーが焚火に使づき、傍に腰降ろす。
「もう大丈夫だよ」
「平気?」
「うん」
ダンネも俺に近づき、しゃがみ込んで俺を覗く。
「ガウルは?」
「酷い筋肉痛なんだよ。そっとして置いてあげて」
「わかった」
ダンネが人差し指を、俺の体に押し付けて来る。もちろん、痛みが走りダンネを睨む。
「痛い! なにして、いてててて」
全身の筋肉痛に耐えながら、ダンネを睨みつける。ダンネは逆に笑顔だ。
「お返し。それに……」
「それに?」
「手掛かりと言えば……手掛かりかなと思って……」
表情を硬くしたダンネが、焚火に近づき腰降ろす。変わりに、目隠しをしたオオカミが俺を見下ろしていることに気づく。
「うわあ幽霊だ! いててててて」
何をしても全身の筋肉痛に襲われる。
「この子は誰だ?」
ドロップが目隠し男を見上げる。
「その……ガウルだよ」
ハチがどこかで「あ!」と言い、急いでこちらに戻って来る。
「この目隠しをしてるのが、俺の育ての親で。こっちがガウル」
「森の奥にいたのか?」
「違う……さっきまで……ほら、大木とかさ……」
「そんな馬鹿な」
目隠しの男が、しゃがみこんで俺を観察し始める。
「こうなる前に、俺が馬鹿話みたいに説明してたろ……本当なんだよ。もう説明はいらないと思う
「子供じゃないか。先ほどの存在はどこへ消えた?」
全身の痛みが和らぎつつ、目隠し男……の雰囲気に覚えがある。ゆっくりと起き上がり、ドロップの杖をそっと、目隠し男に向けて行く。
「どこかで……」
「いや、君と会うのは初めてだ」
情報の点と点が、瞬時に線となり繋がる。
「そうだ! 山下のお屋敷で俺たちを見ていた人だ! どうして、お屋敷で」
「黙れ」
ハチが目隠し男を眺めている。
「山下のお屋敷で……なんだ?」
目隠し男は逃げるように、暗闇へと消えて行く。実際、逃げているのだろう。
「おい! ちょっと待てよ!」
「追うな。少し整理をしてくる」
ダンネが俺の隣にやってくる。
「あの人がどうしたの?」
「山下のお屋敷で、死んだふたりのうちのひとりだよ」
どうしてそんなことが分かるのか、とても変な感じだ。不気味な現象を理解できるのに、そこに対する恐怖は無い。頭が非常に冴えている、色々と物事が理解できそうなほど、今なら難しい話も理解できるかも。ここから逃げて行った目隠しの男、目隠し越しに見える気配は、山下屋敷の視線となる。強烈でいて、どこか優しさを感じさせる視線。視線と気配が同じなれば、点と点が線となる。と言う訳なんだけど……やっぱり難しい話は好きじゃない。覚えられない。
「んー……」
声を漏らし、ドロップが俺に顔を向ける。
「どうしたの?」
「思い出せなくて」
山下屋敷へ向かい、話を聞き、視線に気づき、部屋に残る死に感づいた……そこから先を覚えていない。
「ねえ、山下のお屋敷に行ってから……」
「から?」
ダンネが俺の袖を引っ張る。
「山下の屋敷を出てから、カーリーの助言でほとりまで行って、ガウルが疲れたから、ガルデさんにおんぶしてもらって、宿をとって寝た。そしたら、ガウルがフラフラ歩いて森に入るのを、カーリーが目撃したから。皆で助けに来た。という流れよ」
「へえ、そうなんだ」
「覚えてないの?」
「うん。気づいたら真っ暗な森の中にいた」
思えば、カーリーがすぐ傍にいたな。
「ねえカーリー」
「なに?」
「俺どうしたの?」
カーリーが、あのカーリーが。ゆっくりと体を動かし、俺へ振り返る。いつもは両眼を必死に瞑り、震えているカーリーの眼は……異常なほどに澄んでいる。とても綺麗な眼をしている茶色の眼。暗がりにあってなお、しっかりとその眼が印象深い。
「ガウルは帝国に来てから、感覚が冴えすぎていた。きっと、過去のガウルが暮らした土地なのだろう。分かりやすく言えば、昔を懐かしみ喜んだ記憶が爆発しちゃったんだよ。ガウルの記憶が、過去の記憶に押し負けた。みたいな話かな」
カーリーが何か話してるけど、まったく耳に入らない。それどころじゃない、カーリーが俺を真っすぐに見て、話をしている。これは一大事だ。
「カーリー、普通に話せるようになったの」
「……うん」
ダンネとドロップが、カーリーに近づいて行く。俺はゆっくりと立ちあがり、服についた土を軽くはらう。
「すごいじゃない! これから普通に会話できるの?」
「僕も話したい!」
ふたりに見られ、カーリーが取った行動が、両目を必死に瞑ることだった。
「ごめん……ま、まだ無理かも……」
駄目なのか。俺が近づいたときには、いつものカーリーに戻っていた。
残念、俺ももうちょっと話たかった。
「美味しかったニャ」
ハチの魚を食いつくしたニャーが、手に持つ木の棒で、葉を擦っている。ハチはそれを気にせず、俺に近づいて来た。
「さっきの話。山下の屋敷で何があった?」
「それは……」
伝えようとして口を閉ざす。
「ねえハチ」
「あの人のこと困らせたい?」
「は?」
「答えてよ」
「困らせたくはないな」
「じゃあ、言わない。あの人のためだよ」
「なんだよそれ……」
悪態をつきながらも、ハチも理解しているだろう。人には知られたくない事実と言うものを、大なり小なり抱えている。何も言わず、無言でハチは闇を見る。闇が薄まり、森の輪郭が浮かび上がってくる。目隠しの男について、知っていることをハチに伝える必要はない。ただし、ハチに伝えるべき、ひとつのことは確かにある。
「ハチ」
ハチが素早く振り返る。
「なんだよ?」
「いま、この世の死者が蘇り、普通に生活をしている」
ハチは「は?」と声を漏らす。




