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ガウル  作者: キヌミタロ
第14章 山上山下(さんじょうさんげ)
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第88話 山下守護ヴォルド

 眼をしっかりと見開いたヴォルドに案内され、お婆ちゃんと同じ様な広間に案内される。広く畳敷きの奥が一段上がっている。一番気になったのが、やはり暗い。人の気配が無いからではなく。強烈な視線、山上へ続く山道の殺意とは違う。純粋に「見」とした強烈な視線。右からか、ゆっくりと顔を右へ向ける。開いた戸の先には廊下の曲がり角から先が見える。暗すぎる。ただならぬ気配が襲って来る。

「改めまして」

 ヴォルドの声に驚き、慌てて正面を向く。

「山下守護のヴォルドとなります。以後、お見知りおきを」

 一段上がったその場所で、ヴォルドが深々と頭を下げる。

 正座をしているガルデが、俺に顔を向ける。

「ガウル、名前を言いなさい」

「ガウル」

「僕にじゃない、ヴォルドにさ」

 そうか、ヴォルドに言うのか。

「ガウル」

「です」

「です?」

「ガウルです。言葉遣いもしっかりしなさい」

 そう言えばいいのか。

「ガウルです」

「よし、頭を下げろ」

「お待ちください!」

 ガルデの言葉に、ヴォルドが慌てて左手を伸ばす。

「何を驚いている。ガウルよりヴォルドのほうが上じゃないか。ガウルはこの国に来たばかり、ならば序列を教えるのが親の責務だと思うが?」

 ヴォルドは伸ばした手を戻し、自らの顔を上から拭っていく。

「こういうときだけ真面目になる」

「ここはヴォルドでも譲らん」

「どうか長にだけには」

「長は関係ないだろう!」

 ガルデが急に大声を出す。うるさい。

「あるわい! 長の孫に頭を下げさせたと耳に入れば、俺の立場が危うくなる!」

「頭を下げさせるのは僕だ! 何も問題はない!」

「相変わらず強情な……殿に似ましたな」

 ヴォルドは嫌気がさしたのか、荒いため息をひとつ。

「という訳だ。ガウル、頭を下げろ」

 俺は頭をこくりと下げた。

「そうだね、僕の言い方が悪かった。まず正座で座りなさい、胡坐をかかない」

 ガルデの真似をして正座になる。何か背後で動く音が、皆も正座しているのだろう。

「両手を前に置き、深々と頭を下げる」

 ガルデが頭をゆっくりと下げる。その動作は綺麗だ、やってみよう。ガルデを見ながら真似をする。ガルデが起き上がり、俺も起き上がる。

「よし、その感じでヴォルド。山下守護に頭を下げろ」

 嬉しそうな笑顔の反面、ヴォルドは左手で完全に顔を覆い隠している。

 改めて、ヴォルドに向かって深々と頭を下げる。頭を上げようとして、ガルデの手に頭を抑えつけらる。

「良しと言われるまで頭を上げるな」

「面をお上げください。こんなの知れたら、俺の首が本当に飛ぶ!」

 ガルデが頭から手を離し、俺はゆっくりと顔をあげる。ヴォルドが額の冷や汗を拭っていた。しかし瞳は真っすぐだ。そこに揺らぎはない。

「真っすぐだ」

 その言葉にガルデが笑う。

「そうとも。色々と教わった、ヴォルドは信用できる」

「俺を信用しているならば、ご子息の頭を下げさせるのはやめてくれ」

 ヴォルドは深く深呼吸をする。そして、俺の背後に眼を向ける。

「しかし、大勢の子をお連れに。キツネに、イヌに……ん?」

 ヴォルドはが首を前に出す。またニャーだろうな。

「この子はネコだよ。実は、ガウルについて話したいことが。とても真面目な話だ」

 ガルデは、俺の詳細をヴォルドに話してくれた。ちょっと長いので、俺は欠伸をしてしまう。そこをガルデに軽く頭を叩かれた。そして、ガルデが話し終える。ヴォルドは難しい顔を見せている。

「呪いの類……か」

 顎に左手を添えて、人差し指を何度も動かすヴォルド。

「何かわかるかい?」

「しかし……いや、まさかな」

 どうやらヴォルドは何か知っているようだ。

「何か分かるの?」

 ガルデがまた俺の頭を軽く叩く。

「なんで叩くの?」

「言いかい? 目上の人に対する言葉遣いを覚えるんだ。敬語を覚えなさい」

「敬語?」

「敬語」

「わかった」

「一点だけ、話を聞いて引っかかることがある」

 ヴォルドが左手を見る、俺もガルデも釣られて、右を向いてしまう。誰もいない廊下なのに、ハッキリと視線を感じる。そこに誰も立っていない。けれど、そこに誰か立っていてもおかしくないんだ。怖くなってガルデに抱き着く。

「幽霊だ」

「幽霊?」

「この屋敷には幽霊がいる」

「怖い話しないでって言ったのに」

 後ろからダンネの小さな声が聞こえてくる。

「視線を感じますかな?」

 ヴォルドの声に驚いて顔を見る。怖がる僕とは正反対に、ヴォルドは笑顔を見せていた。

 ガルデが僕の背をさする。

「説明して欲しいな」

「時代の流れと言いますか」

 これを見ろと言わんばかりに、ヴォルドは無い右脚、存在する腰下を二回叩く。

「この屋敷に、呪いをかけた男がおりましてな。山上への取り計らいを手記に残して命を……」

 ヴォルドが咳ばらいをする。

「そんな男がおりまして。その後、当時の全員が視線を感じる様になりましてな。噂話や幽霊話ではなく。ハッキリとした視線です。みな怖がる故に、ここには殆ど自分しかおりません。昨今はそんな話も聞かなくなりましたが……死者が蘇り、生者として普通に暮らしている。それに近い気配は感じています。気のせいではない足音が夜更けにするのでよ、この屋敷は」

「ダンネ、抱き着かないでよ」

 背後でドロップが、小声でダンネに注意している。

 ガルデが首を傾げる。

「その話、いちども聞いたことないな」

「その……亡くなったのが山上の者故、こればかりは」

「誰が死んだ?」

「若と言えどこればかりは、お許しを」

 ヴォルドは深々と頭を下げる。どうやら話す気はないようだ。

「なら、他に分かることはないか? どんな些細なことでもいい」

「もうひとつ……しかしこれも」

「言ってくれ」

「いま話を聞いて、辻褄が合う男がひとり。先代皇帝のザバラ、元は自分の配下になりますが。皇帝斬りにやられてから塞ぎこみ隠居の身に。よからぬことを口にしていたため、隠居を薦めたのが俺なのだが……」

 ヴォルドはまた口を閉ざす。

「言え」

 ガルデのひと言で、ヴォルドが顔を上げる。

「息子を見たと呟くのですよ。しかし息子は」

「死んでいる」

 ヴォルドは頷いて見せる。

 誰? と、尋ねていいものなのか。そんなこと思いつつ、ガルデの顔を見上げてしまう。ガルデはそんな俺の顔すら読み取った。

「皇帝ザバラとユリの間に産まれた子、ガルガと言って……僕の面倒を見てくれた兄さんだ。風邪を引いて、ふと亡くなってしまった。つまり、ザバラが息子を見たのが事実なら、ガルガ兄さんが生き返ったことに……そんなこと本当にありえるのか」

 いまとても難しい話をしているかもしれない。俺はゆっくりと振り返り、この場に相応しいであろうカーリーを確認する。カーリーはカーリーしてた。

「あの……なんか大きい布あります?」

 鳴れない敬語で確認をとる。

「布?」

「このカーリーに被せると。カーリーは普通に話すようになる」

「布……掛布団で宜しければ」

 ガルデが立ち上がり、無言で去っていく。場が沈黙を占める、気まずい。念のためダンネを確認すると。ドロップに近づき、今にも泣きそうになっている。ニャーがずっと、右の廊下を眺めている。俺も改めて確認する。

「もしかして、この廊下の先で亡くなりました?」

 尋ねてヴォルドに顔を向ければ、非常に驚いた表情を見せている。

「どうしてその様なことを」

「しかも、ふたり亡くなっている?」

 俺の感覚ならそうだ。右の廊下へ続く先……。


 ふたつの器が同時期にひとつ割れ、またひとつ……。


 で、ふたり亡くなっているのが何故か分かる。ヴォルドは俺を見て、完全に驚いた顔を向けている。

「なぜそこまで分かる?」

「それは……お許しください」

 知らない感覚が冴えている。男性がひとり、女性がひとり。

 そしてそこに誰もいないはずの視線、そこに立つ視線は男の視線だ。ただし見ているだけだ。対象はヴォルド、理由はもちろん定かではない。誰もいないはずの視線が、ヴォルドからゆっくりと俺にズレて来る。それを知り、怖いので気づかれないように普通を装う。


なるほど、眼はここにあれど。他は別にありか。


 俺の意識が、なんとなくチラチラしている? 慣れないことして疲れたのかな? そこへ、どこからともなく掛布団をガルデが持ってきた。

「これを?」

「カーリーに被せる」

「被せるの?」

「まんべんなく」

「まんべんなく……」

 両眼を必死に瞑り、全身を震わせているカーリーが、掛布団に包まれる。

「ガウル、ここもすぐに出よう」

 急に喋れるようになれば、すぐに出ようと言って来た。

「え?」

「一旦離れよう、ガウルの感覚が冴えすぎている」

「まあ……そうだね」

 カーリーはすぐに答えを出す。難しい話はカーリーとダンネに任せよう。

「そうだ。どうせなら、皆で川の傍に行こうよ。僕、あそこ好きなんだ」

 僕は笑顔を掛布団に向ける。掛布団は何も言わない。




 ヴォルドもつれて、川のほとりまで戻って来た。ここは本当に景色が良い。特に川のせせらぎが心地よい。山上でなく山下に住むべきだったか。まあ、どちらにせよか。無言の掛布団が、ずっと僕を……これは見ているのだろうか? 僕は首を傾げる。

「なに?」

「ガウルの感覚が、異常に研ぎ澄まされている気がする」

「合ってると思う」

 流石に、ふたり亡くなったと分かるのはおかしいか。しかしまあこの掛布団……カーリーか。カーリーはよく見ている。この子キツネは不確定だった。しかしこれで明確になった、カーリーの目的は僕だ。お婆ちゃんに言われ、外の世界を学んで来なさいは事実であり半ば嘘でもあるか。いや、その嘘は真眼をすり抜けている。何か策でもあるのだろうか、思えば鏡に伝言がまだだ。

「ヴォルド。カーリーのお婆ちゃんが、いつまでもメソメソしないのだって」

 ダンネが、俺とヴォルドを交互に見る。

「なんで、カーリーのお婆ちゃん……写し……あー!」

 どうやら気づいたようだな。ヴォルドはカーリーを眺めている。

「お婆ちゃん? 誰だ?」

「カーリーのお婆ちゃん、黒いキツネの」

「人違いじゃないのか? 知らないな」

 嘘だ、なら伝言は正しく伝わったか。

「あれ? 違うんだ」

 嘘に気づかないダンネは騙される。

 僕は大きな欠伸をひとつする。すぐに体力が尽きてしまう。ガルデに両手を伸ばして「おんぶ」とせがむ。

「どうした?」

「怖い話したから、疲れちゃった。今日はどこかで泊まろうよ」

「それも、そうだな。ガウルの話とはいえ、難しい話を子供にしすぎた」

 ガルデが背を向け、僕はガルデの背に飛び乗る。両足を交互に動かして、視点の高さを楽しむ。


 少し、視線の主に会ってみたくなってきた。

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